第二章5 『合わさる手と手、迫る亡霊』
更新ペース上げていきましょうかね。ではでは。
空気を切り裂く音が、何度も何度も聞こえてくる。
依茉は二人の男性の、苛烈すぎる殴り合いを、ちょこんと座りこんで眺めているのだった。
小説家はもろに鉄拳を喰らい、額からダラダラと鮮血をこぼしている。野球選手は鼻と口から血を流し、ひとたび咆哮すると辺りに真っ赤な斑点模様が出来上がっていく。
先に謝っておくが、とっくの昔に依茉は、彼らの常軌を逸した行為を止めている。なぜ仲の良い二人が殴り合わなければならないのだ? 彼らいわくこれは一種の『特訓』らしいのだが、かつてこのような特訓があっただろうか。不良マンガじゃあるまいし。
「…………フラフラじゃないですか。もうやめましょう?」
このセリフを口にするのが、もう何回目かすらも覚えていない。十回に到達したあたりから、カウントすることを諦めたことは、ありありと覚えている。
「まだ……まだ!! 打騎も、いけ…………ますよね!!」
「あったりめぇだろ……!! いつもの練習に比べりゃ、こんなの屁でもねぇよ…………!!」
さっきからずっとこの調子。何が彼らを突き動かしているのか。変にプライドが邪魔しているのか。
両者声の威勢がいい割には、足取りはおぼつかない様子で、酔っぱらいの千鳥足のようになっている。互いに接近していき、よろよろとなさけなく拳を振りかぶり、
「がっ」「ぐっ」
まるで電池が切れた玩具のように、全く同じタイミングで虹の大地に顔を付けたのだった。
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「もう……むりれす……ひんじゃいましゅ…………」
「なんかもう……意地というかヤケだったもんな…………」
「ヤケを起こして血は吐かないでしょ……。はい、タオルとお水です」
ここまでくると、『担当編集』というよりかは部活のマネージャー的な役職になりつつある依茉は、燃え尽きたボクシング選手のようになっている男性二人を介抱するのだった。
「なにも二人が殴り合う必要なんてないじゃないですか。はたから見たらただの仲の悪い不良の喧嘩ですよ」
「ひどい言われようだな……。でもよ、新人ちゃん。これには大きなわけがある。なにも可愛い親友をボコりたくてやったわけじゃないんだよ」
大きくごつごつとした手で、隣に座る涼晴の頭を乱雑になでる。どこか恥ずかしそうにした小説家はおそらく、『可愛い』と言われたことが原因でのことだろう。
「四家 白秋の能力が、『才能の力を打ち消す力』だってことが分かったんだ。昨日の『宝船』での収穫だよ」
「そ、そんな!! そんなのズルじゃないですか!! …………で、えーと、それがどういった理由で殴り合いに発展したんです……?」
「昨夜の電話でのことだよ。電話切ろうとした途端に涼晴が、『才能以外の力を消すとは言っていない』とかいう屁理屈言うもんだから、今日『裏社会』で特訓することにしたんだよ」
まるで涼晴が悪いように言っている打騎だが、出された案に便乗した時点で共犯である。
『才能による攻撃の無効化』。
『裏社会』に息をする『才能人』にアンケートを取ったら、間違いなく「チート」だの「バランスブレイカー」だのといった、耳を塞ぎたくなるような罵詈雑言が寄せられることだろう。
だが涼晴は、その文章のいわゆる『穴』を見抜いた。四家の狂行による狂人っぷりに気押され、あたかもその能力が完璧なものであると錯覚していたのだ。彼らの扱う『才能』も、便利かつ強力ではあるものの、完璧ではない。ゆえに四家のもつ『虚空』にも、何か弱点があるのではないかと思った次第だ。
『才能による攻撃が通用しないのならば、素の人間の攻撃ならば、通るのではないか?』
一度しか拳を交えていないことから、このような仮説を出すのは時期尚早すぎるといわれても、なんらおかしくはない。だがその仮説の淡い色を濃くする材料として、打騎が伝えた『虚空』の概要は原文そのままであるという事実がある。
「まさかここに来て小説家の仕事が活きてくるとは思いもしませんでしたよ」
「いやもっと誇ってもいいところだとは思いますけどね?」
相当喉が渇いていたのだろう、男二人は一気に水を飲み干すと、表情に活気が戻ったようだった。
しかしどうしたものか。涼晴の立てた仮説が本当に当たっていたとして、彼の純粋な戦闘能力だけであの四家 白秋に打ち勝てる気がしない。
打騎も同じくして、珍しく腰が引けている様子だ。
とらねばならない仇がある。だがそれを達成するには、立ちふさがる壁が巨大すぎる。
「…………なぁ、涼晴。一つ、提案があるんだけど、聞いてくれるか」
血がにじんで斑点模様になったタオルを被り、表情を見せずに話し始める。タイミングが突発的だったこと、今までに類を見ないような声音だったため、三人を緊張感が包み込んだ。
「……何でしょう」
「お前が……仇を打ってくれ」
涼晴も依茉も、全く同じタイミングで息を詰まらせた。打騎のことだから、てっきり単身で突っ込んでいったりするんだろうと、なかば楽観的な感情があった。なにぶんそういった予想が脳内の大半を占めていたのだから、より一層驚いた。
「どうしてですか!? 今回の件に関しては、私は何もかかわっていないじゃないですか!! 貴方が友人の仇を打たなければ、理屈が合いませんよ!!」
立ち上がり、回復しつつあった体力を使って肩をつかむ。だが、打騎は前を向こうとはしてくれない。
「奴は……お前をご指名なんだろ? お客の期待に応えてやるのが、経営者側の使命なんじゃないか?」
「そんなことを言ってごまかさないでください!! なんで……」
「オレの『才能』の力が弱まったからだ」
彼が何を言っているのか、理解ができなかった。というよりは、『理解したくなかった』のほうが、心情的には正しいかもしれない。
「『熱き血の戦士』は、吹き飛ばされたあの時、おそらくだが能力の一部を欠損させられたみたいだ。その証拠に、いつもより『熱血』が薄まってる」
「だから……私に……?」
「まったく、情けねぇ話だよな。自分の力を失うのが怖いからって、お前に重い荷物を背負わせようとしてるんだから。こんなんじゃ……アイツらにも……笑われるよな……」
だんだんと涙声になりつつあった打騎は、顔を見られたくない一心で、両手で顔を覆った。だが指の隙間からは、ぽつり……ぽつり……と、美麗な雫がこぼれているのだった。
『才能』を失うという恐怖。それが彼の中で「仇をとらねばならないが、戦うことはできない」というジレンマになっているのだろう。心に芽吹いた悪しき芽は、根を全身に張り巡らせては縛り上げる。恐怖に打ち勝てないような、貧弱な体に成り下がってしまう。
涼晴は、今の彼の状況が四家によって仕組まれたことなのだと気づいたのだった。あえて涼晴の『言葉を紡ぐ者』の欠損をすることなく、力をふるえる状態にした。
逆に打騎の力を弱め、無理やりにでも小説家との一対一に持ち込もうという算段なのだろう。
「もう大丈夫ですよ。皆まで言わなくても、貴方の苦しさは分かりますから。……打騎の覚悟は、私が引き継ぎます。そして必ず、四家を止めてみせます」
うずくまる「友」の体を引き寄せ、胸に抱きとめる。震える肩にそっと触れ、心を落ち着かせようとする。
小説家の顔は、言葉と行動の温かさとは裏腹に厳しくなっていた。どうやら覚悟を決めたようだった。凛々しくも勇ましい、『戦士』の表情。
「打騎、私からも一つ、お願いがあります。今日一日、特訓に付き合ってください」
「…………勿論だ、相棒」
拳を打ち合わせ、決戦のその日までともに力を高めあうことを誓った二人は再び立ち上がり、ゆっくりと歩いていくのだった。
……決戦の日は、もうすぐそこだ。
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