第二章3 『第128代自由主義者』
クセ強いっす。ではでは。
「……大丈夫かな、先生と打騎さん」
依茉は一人、近場にある讃岐うどんチェーン店でうどんをすすっていた。シンプルイズベスト、かけうどんだ。学生時代からのお気に入り。
それにしても心配でならない。うどんの味もいつもより薄く感じられてしまうほど。
常時ハイテンションな打騎があんなにも怖い顔をしていたというのだから、相当なことが裏で起きているのは分かった。だが、彼が見せてくれた引退会見と焦りに、一体どんな関連性があるのだろう。
「少しくらい説明してくれてもいいのに……私だって先生の相棒なんだから……」
予定通りならば、カウンター席の隣であの小説家と一緒にうどんをすすっているはず。ちょっぴり不満を覚えた依茉は、ぶつくさ独り言を呟きながら空腹を埋めていくのだった。
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「…………なぁ。さっきの事……怒ってるか?」
意外にも、涼晴は速く打騎のもとに辿り着いたので、情報収集のために『裏社会』を歩き出した。
だが、先刻から小説家の口が一度も開かない。打騎のほうを見ようともしないし、切れ長の目は一段と細まっている。
——アイツらはなぁ……!! オレのダチだったんだよ!!
怒りの矛先をどこに向けていいのか分からなくなり、つい親友へ怒号を浴びせてしまった。今思えばなぜあんなことをしてしまったのかという、悲しい後悔しか出てこない。
「なぁ。……なぁってば」
「はい? どうかしましたか?」
どこか間の抜けた返答だった。
「だから、怒ってないのかって聞いてるんだよ」
「貴方、あのとき自分で謝ってた事覚えていないんですか? 私がそこまで根に持つような人間に見えます? 悪いと思ってるなら、もういいですよ。私も気遣いできなかったところがありますし」
彼が最初の問いかけに反応しなかったのはたぶん、なぜこのようなことが起こったのかという推測を立てていたのだろう。現に打騎が問い詰めるようにすると、鬱陶しそうにしている。
……本当に良い友を持ったと思う打騎であった。
「……彼らが突然引退会見を、しかも同タイミングで始めたのは、間違いなく『裏社会』関連で問題があったのでしょう。しかも何日もこっちに来ていないとなると……」
一つ呼吸を開け、
「『裏社会』で、死んだのでしょうね」
——『裏社会』での、死。
それは、『才能』を失うという事とほぼ同意の事である。
そもそも『裏社会』で死ぬとどうなるのか。実は涼晴も、つい二年前までは知らなかった事だ。ふと気になって戦闘技術の師匠である毘沙門天に訊いてみたことがある。
いわく、「何か未曾有の事態が起こらない限り人間本来の生命は消滅することはないが、死んだ『才能人』の『才能』が消える」とのことだ。
つまりは、『才能人』が『裏社会』で死ぬと、生命活動を停止する代わりに『才能』が身代わりとなってしまうということ。それすなわち、現実世界での才能も失われてしまうということだ。
稀に速報のニュースで、「この人絶対引退しないと思ってたのに」と思われていた著名人が、忽然と芸能界から姿を消すことがある。これは『裏社会』で一度死んでしまったことにより、培ってきた『才能』が消滅してしまったからである。
『裏社会』での記憶も消されてしまうため、今までできていたことが途端にできなくなり、戸惑いを覚える者も少なくないという。
よって打騎の同胞である桜庭 良誠、虎走 拳正、戸刺 美針は、何者かの手によって殺害されたことになる。
だが、打騎だからこそ感じる『違和感』があるのだ。それが、
「アイツらは、そう簡単にくたばるような人間じゃねぇ。腐ってもアスリートだったんだ、腕っぷしには自信がある面子だった」
「でも、殺された。たしかに、私のようなインドア派に比べたら運動能力は飛び抜けて高いはずです。世界で活躍するような人たちなんですから」
二人の頭中には、既にいくつか仮説が立てられていた。偶然にもそれらは両者ともに合致するところが多く、考えられる筋というのが限られていることがわかる。
第一に考えられるのが、『負』の襲撃による戦死。言葉は悪いが、『裏社会』においてはこれが一番オーソドックスな死因である。
彼ら三人がアスリート系の『才能』の持ち主だったため、低級の『負』に捕食されたという考えには至らなかった。真っ先に捻り出された答えは、『新種』または『超級』。
職種が多様化に多様化を重ねている現代社会では、今までに確認されていないような新種の『負』が出現してもおかしくない。
依茉の同期である蛇川達の負の感情から生み出された彼らの中にも、突然変異を起こしたのかと思ってしまうような巨大なものがいた。
次いで、『超級』。『負』にも強さの階級のようなものが存在しており、比較的知能指数が低く言語も動物語のような者達のことを『低級』と呼ぶ。
片言を喋り身体能力も『低級』に比べて飛躍したものが『中級』、その『負』を生み出した主人の声でしゃべり、あらゆるステータスが格段に上昇したものを『上級』として分類されている。
『七福神』が住まう『宝船』の資料保管庫の記録には、かつて『超級』と呼ばれたものまでいたという。涼晴はおろか、打騎でさえ見たことがないその『超級』が、再び現れたとでもいうのだろうか?
「『負』達による被害として考えるか、もう一つの予想として考えるか。どちらを取るかによって、事態は難航しますよ?」
「何のためにお前を呼んだと思ってるんだ? 分担して調べりゃ、その分早く済むだろうが」
レンガで造られた建物の密集地帯、通称「レンガ市」まで来たものの、今後の探索予定は確定できない。それもそのはず、前回の事案に比べて圧倒的に原因の特定が難しい。
依茉がいたことにより様々なヒントが湧いて出てきたが、今回は被害者が『裏社会』のことを忘却してしまっているので、会ったところで死人に口なしといった状態なのだ。
「……とんでもないことに手を出そうとしているのかもしれませんよ。それでもやりますか」
「たりめーだろ。アイツらの仇を討ってやらねぇと、死んでも死にきれねぇ」
「……貴方らしいですね。全く呆れますよ。でも、嫌いじゃないです。力を貸しましょう」
「へっ……。素直じゃないねぇ、親友」
ゴツ、と拳を打ち合わせた、その時。
純真無垢といえばそう聞こえるかもしれないが、明らかなる『悪意』が込められた声が響いた。
「みィィィィィィつ、け、た」
瞬時に声がした方向へ両者顔を向けると、先ほどまで誰もいなかったはずの空間に、見知らぬ男が立っていた。
細身ではあるが男性らしい体つきをしていて。身長は涼晴と同じか少し低いくらい。ジャケットのフードを目深に被っているため顔は見えないが、三日月型に裂ける口元は確認できた。
異質な雰囲気をまとう不意の来訪者に、打騎はぶっきらぼうに問いかける。
「誰だ、お前。見ない顔だな」
上体を不気味にゆらゆら揺らす男は、打騎の問いかけを聞くと、耳障りな狂笑をするのだった。
「ク、シシシシ……シ!! あぁ、つい最近『そのコトバ』を聞い、たなぁ。今頃は涙ちょちょぎれの引退、会見ってところ、かぁ? つか、お前ら。まんまと俺の術中に、ハマったってわけ、だ」
独特な言葉の切り方をする男。彼の言い放ったその言葉の中に、涼晴と打騎、両者の怒りの導火線に火をともすかのようなワードがあった。
「引退」。ジャケット男がそれを知っているということは、彼がこの惨状を引き起こしたと言っているようなもの。
この男が。
今まで築いてきた友情を。
こ ん な 奴 に ア イ ツ ら は
こ ろ さ れ た
「『長音記号』ッッッッ!!!!」
「『紅炎曲球』ァァァァ!!!!」
こめかみのあたりを何かが千切れるような感覚が襲ったと同時に、二人は絶叫し、一撃を放っていた。
『長音記号』は真っ直ぐ男の眉間を目掛けて撃ち出され、『紅炎曲球』は空中に炎の曲線を描きながら、頭上から強襲する。
着弾とともに爆発音が響き渡り、虹の大地が揺れ動く。鼻につく焼け焦げた臭いと硝煙が立ち込め、めっきり男の姿は見えなくなってしまった。
せめて奴の死体を拝んでやろうという心持ちで、煙がはけるのを待っていると。再び緊張感のない少年のような声が聞こえてくるのだった。
「あぁ……。痛い、いた、い、なぁ。もしかして怒ってるの、かぁ?」
クシシ、クシシシ。
奇妙な笑いとともに、彼は姿を現したのだ。それも五体満足、手足の欠損はおろかかすり傷すら見られない、完璧な状態のまま。
怒りの感情をむき出しにして放たれた、必殺級の技をまともに喰らって立てるわけがないのに。
「なっ……!?」
「……っそだろ、オイ。たしかに直撃したはずだぞ!? まともに立てるわけが……!!」
驚きあえぐ二人を嘲笑うように、ニタニタと笑みを浮かべる。巻き上がった旋風によって、ついにフードの内側の顔が外界に晒された。
ミルキーブルーの爽やかな髪は顔の左半分を覆い隠している。片目しか見えていないが、目つきが非常に悪く、今まで何人もの人間を殺めてきたと言われても納得がいってしまうほど、威圧感がある。
全体的に少年のような顔立ちの男は、どこからか取り出した棒付きの飴を咥え、またゆらゆらと揺れ始めるのだった。
「いいねぇ、いいねぇ。元気がいい。勢いがいい。威勢がいい。あの『才能人』共と一緒だ。んじゃんじゃ、さっさと……」
ゆ、ら、ゆ、らと脱力しきった腕を持ち上げ、右手で『拳銃』を作る。ニタニタ笑いは続けたまま、涼晴と打騎を指差す。
「アイツらみたいな『社会のゴミ』に変えてやるよォォォォォォ!!!!」
気迫の乗った一声はなぜか突っかかることなく放出され、同時に『見えない何か』が突撃してくる。
『見えない攻撃』は二人の目の前の地面を抉り、砂煙を発生させる。男は最初から、煙幕を起こして目をくらませることを目的にしていたようだ。
「くそッ!! なんなんだよアイツは!!」
「分かりませんよそんなこと!! 今はとにかく、生きることだけ考えてください!!」
両者同速度で並走し、煙幕の中を突き進む。あたりを見渡せど、あの狂人の姿は見当たらない。なかなかに奇抜な格好をしていたため目立つかと思ったが、なぜか見つけられない。
「ウシャヒャァァァァッッ!!」
独特な掛け声と共に、真横から長い脚が現れる。鞭のようにしなるそれは見事に涼晴の腹部にクリーンヒットし、走行を止めさせた。
「ぐあっ……」
鈍痛が衝撃波となって身体中を駆け巡り、全身が痺れ始める。放物線を描いて体が宙を舞う中でも、青髪男の笑みが見える。
あれは悪魔だ。容赦を知らない、物の生命を途切れされるために生まれた、非情な悪魔。
レンガの外壁に強く背中を打ちつけ、そのまま地面へと無様に落下する。当然受け身など取れるはずもなく、落下によるさらなる痛みが体を襲う。
「つ………あ……っ」
頬にできた切り傷からは赤黒い血液が滴り落ちてくる。口に流れ込んだ鉄味の液体を味わいながら、体を起こす。
悪魔が、弱った人間を見逃すわけがない。
「クシ、クシシシィッ!! 愉快痛快滑稽無様だァァ!! なぁ、怖いかぁ? ここで俺に殺されたらぁ? お前の偉く大層な才能はぁ? 消えて無くなるんだぞぉ!?」
「テメェ!! こんなことをして何が目的だ、答えろ!! あと三秒後に首が有るか無いかは、テメェにかかってるぞ!!」
体を奇妙にくねらせて涼晴に歩み寄る狂人の前に、バットを構えて立ち塞がる。
すると男には不必要な可愛らしさで、不満そうに頬を膨らませた。再度右手を打騎にかざすと、今度は平坦なトーンでものを言った。
「あぁお前に用はないから。うん。さっさと消えて? ほら死ねよ」
途端、爆風も爆風、とてつもない衝撃波によって打騎の体は宙に投げ出された。バットも右手の支配から逃れ、どこかへと消えてしまった。
叫び声すら聞こえることなく、打騎は吹き飛ばされてしまったのだ。
「打騎ィィィ!!!! ……ぐあああっ!!」
男は涼晴の腕を思い切り踏みつけ、彼が立ち上がるのを無理矢理押さえ込んだ。突き立てた右脚に体重をかけ、顔を近づけてくる。
「用、があるのはな、お前だけなんだよ。あの暑苦しい野郎の仲間にちと手を、出してやった、ら、お前も反応すると思って、なぁ。案の定引っかかってくれ、た、なぁ。さてさてぇ? お目当ての『鍵』は、どこにある、んだァ?」
「か、ぎ……? 何ですか、それ……は?」
涼晴には、彼の言う『鍵』と言うものが何なのか、全くわからなかった。事務所の鍵なら依茉に預けてあるはずだし、その他に鍵なんて持っていない。まるで意味がわからない。
……黙り込んでしまった涼晴に呆れたのか、それとも諦めてくれたのか、足を退けた。しかし顔は遠ざけることなく、むしろ鼻と鼻が触れ合うくらいまで近づけてきた。
「もしや、今持って、ないとか言うのか? なら、それならぁ? もう少し時間を、空けてから、殺そうか。そうしよう、そうだそうだそうしよ、う。そっちのほ、う、が面白、いかぁ」
クシシシ、クシシシシ。
奇妙な笑い声は至近距離から聴くと脳に永遠と刷り込まれそうで危険だ。
遠ざかっていく彼の背を、全身を縛り付けている痛みに悶えながら睨みつける。
「貴方は……一体………」
ぐりん、と腰を折り、狂笑に塗れた顔を見せる。重力に従って垂れ下がる髪は、まるで柳のようだ。
咥えていた飴を、力任せに噛み砕く。
バキンッ…………
「ん? 俺は、第128代『自由主義者』、四家 白秋。お前ら『才能人』の敵、とでも言っておこう、かなァ。三日後に、『ラ・カルデラ』で待ってるから、な。……ク、シッ」
クシ。 クシシ。 クシシシ。 クシシシシ。
ク シ シ シ シ シ シ
狂笑は、しばらく涼晴の脳を揺らし続けた…………。
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