第二章2 『消失する同胞』
ちょっとダークな雰囲気が続いて違和感を感じるかもしれませんが、狙い通りです。ではでは。
「ここ!! ここで主人公が新たな力に目覚めるんですよ!! そしてバーーーッてやってドーーーンってなってよっしゃーーー!! って感じなんですけど、どうですか!!」
「なるほど!! 『目覚めた能力を上手く使って宿敵を乗り越える』んですね!! あとは肉付けしていくだけで良さそうです!!」
こんな幼稚な会話が天才小説家から出てくると思うだろうか? 擬音語ばかりで一切合切内容については触れていないというのに、なぜ目の前の赤毛の女性は瞳を輝かせているのだろう?
というかなぜわかるのだろう。
五月上旬。
彼らデコボココンビは、相も変わらずハイテンションで執筆活動に明け暮れていた。果たしてこの状況を執筆活動と言っていいのかはわからないが、あれだけの言葉で依茉は涼晴の脳内にあるイメージを完璧にくみとったようだ。
一週間にわたって行われた、特別研修期間。『裏社会』というファンタジー要素マシマシな世界での事案はあれど、無事に終了できた彼女は、次の作家の手助けのことを考えていた。
だが、そこに目の前の男が優しく手を差し伸べてくれた。涼晴は依茉の内に秘めた実力を見抜き、正式に自分の担当編集として採用したのだ。依茉も「もう少し先生と一緒に仕事がしたい」という、小さな心残りがあったので大層歓喜したものだ。
あれから何週間か仕事を共にし、より濃密な関係を築くことができた。よって彼らの仕事の質は格段に上昇し、依茉も編集に携わった『諸行交悪』は、今や若者の間でブームとなっている。
「先生、コーヒー淹れましょうか?」
「ありがとうございます、相変わらず気が利きますね。ブラックでよろしくお願いします」
「はーい」
小説の編集能力の上達だけでなく、コーヒーを淹れる技術もそれなりに磨きがかかったという話は置いておくとして。
依茉は本気で編集者としての仕事をするために、なんと契約していたマンションの自室を出て、涼晴の個人事務所に住み込みで働くことにしたのだ。
まぁ、研修期間中から住み込みしていたようなものだが、家具や生活用品も運び入れたため実質家のようになっている。
そしてなにより、依茉が事務所で生活することになって一番変わったところが、バスルームである。
以前はホテルによくあるユニットバスだったが、涼晴が気を利かせてきちんとしたバスタブを用意してくれたのだ。
なぜ今までそうしてこなかったのか訊いてみたのだが、「水道光熱費の支払いに執筆を邪魔されたくないから」という旨の、よく分からない返答をされたことを鮮明に覚えている。
彼がこの期に及んで改装工事を頼んだのも、依茉という大きな存在が隣に常駐するようになったからだろう。多分。
涼晴のことだ、絶対以前の痴漢冤罪の件を考慮してのことではないだろう。
「はい、どうぞ」
「いつもありがとうございます。そうですね、そろそろ休憩にしましょうか。何気にもう五時間は会議してますから」
「いや……五時間どころじゃないですよ。始めたのが六時半とかなので、もう六時間は経過してます……」
仕事が絶好調なのはまぁ良い……というかめちゃくちゃ良いことなのだが、両者仕事大好き人間であるゆえ、一度始めたらやめ時がわからなくなるのが最近の悩み。
もう一人ぐらいタイムキーパーみたいな人がいてもいいと思う。
香ばしいコーヒーをごくりと飲み込むと、腹部からカイロを当てたように熱が広がる。
依茉は元々ブラックコーヒーを好んで飲む方ではなかったのだが、本当の意味で新生活が始まってからというもの、もしかするとお茶よりも飲んでいるかもしれない飲料になった。
涼晴も淹れたてのコーヒーを心ゆくまで味わっているようだ。
「そういえば……最近『裏社会』に行ってないみたいですけど、大丈夫なんですか?」
現代社会で「文月 涼晴」という名は天才小説家として知られているが、依茉は彼のもう一つの顔を知っている数少ない人物でもある。
『言葉を紡ぐ者』という『才能』を操り、人の負の感情から生まれる化け物、『負』を撲滅する『才能人』に選ばれた者。ある分野に秀でた才能を持つもののみが、『七福神』から直々に力を与えられる。
「いや、そもそもですね。私達『才能人』は現世ではただの社会人なんですから、仕事があるんですよ。忙しければ忙しいほど、『裏社会』に出向くことは困難になります。私はそこそこですけど、打騎なんかは大変らしいですよ」
「確かにそうですね。練習とか公式戦とか……しかも打騎さんにいたっては世界でも活躍されてるから、なお大変ですよね」
「そういうことです。仮に『負』が大量発生するなんてことがあっても、『負』湧出管理役の布袋尊あたりが一大事になる前に知らせてくれますので、そこまで焦る必要もないんですよ」
「ほえぇ……。ていうか、『七福神』の方が直々に伝えにいらっしゃるんですか? なんか扱い荒くないですか……?」
「彼らも私達に命のかかった『仕事』をさせてるんですから、責任を感じているんでしょう。たぶん」
明後日の方向を見て適当に流す涼晴。彼が次『七福神』に会ったとき、なんらかの刑を実行されないことを祈る。
「そんなことより、もうお昼ですね。新人くんは、何か食べたいものありますか?」
現在の時刻は十二時過ぎ。どこの店も混み始める時間帯なので、あまり悩んでいる時間はない。
突然振られた問いかけに頭を捻っていると、聞き覚えのある男の声と、勢いよく扉を開ける音が事務所いっぱいに響き渡った。
「涼晴っ!! 今時間空いてるかっ!?」
「う、打騎さん? いらっしゃい……で、いいんですかね?」
いつもはフランクな印象を受ける打騎だが、今日だけはいつもと異なる雰囲気を感じる。何か、心の底から焦燥に駆られているような……
ズカズカ大股で歩みを進め、瞬く間に休憩中の涼晴の前まで来ると、血相を変えて話を始めるのだった。先程の話じゃないが、「一大事」なのかもしれないと察した依茉は、黙って二人の会話を聞くことにする。
「頼む、涼晴。オレに力を貸してくれ」
「なんですか藪から棒に。貴方らしくもない」
「あーそうじゃなくて!! そうだ、とりあえずこれ見ろ!! 話はそれからだ!!」
頭をくしゃくしゃと掻きむしった後、勢いよく自分の携帯電話を突きつける。画面に映ったそれは、まごうことなき『引退会見』だった。
記者の質問とカメラのフラッシュに総攻撃されている男は、依茉でさえ顔と名前を知っているほどの有名人だった。
——桜庭 良誠。今世界中から注目されているプロテニスプレイヤーだ。
いつぞやに宣材写真で見た晴れやかな顔つきはどこかへ消えてしまったようで、今は絶望に沈んだ、暗い顔をしている。
「桜庭 良誠……ですか。彼が、どうかしたのですか?」
「コイツだけじゃねぇんだよ、ほら……」
画面をスワイプすると、先程の引退会見とほぼ同じような景色の映像が流れている。
順に虎走 拳正、戸刺 美針という、誰しもが知っている有名人ばかりだ。しかしなぜ、このタイミングでそろって「引退」など……
「珍しいこともあるものですねぇ。まさか金メダリストが同タイミングで引退発表とは」
「…………おい、気づかねぇのかよ」
打騎の声は、今までに聞いたこともないほど重く沈んでいて、依茉は少し鳥肌がたった。
涼晴はその後数秒間画面を凝視していたが、打騎が言いたい『それ』に気づいたのだろう、眉間にしわを寄せた。
「まさか……そんなこと、あり得るんですか」
「現にこうして起こったことなんだ。受け止めるしかねぇだろ」
「ですが……話が見えてきませんね。なぜ貴方が彼らを」
そこまで言いかけたが、その後は打騎が涼晴の胸ぐらを思い切り掴んだため聞けなかった。いや、今の彼に続きを聞かせてしまったら、おそらく取り返しのつかないことになっていたかもしれない。
「う、打騎さん!? 何してるんですか!?」
予想だにしない行動に動揺し、打騎を抑えようとした依茉だったが、次の彼の言葉によって行動が抑制された。
「アイツらはなぁ……!! オレのダチだったんだよ!!」
その瞬間、依茉と涼晴は『それ』を察した。
彼が何を言いたいのか、言いたかったとしても、なぜ言葉にできないのか。
これは、『裏社会』で起こった事案であるということ。それを想像するのは容易かった。
「…………悪りぃ。……少し、頭に血が上った」
こうすることでしか自分の怒りを鎮められないことを歯がゆく思うような表情を浮かべ、涼晴を掴んでいた右手を緩める。涼晴も解放された後は力無く、ワークチェアに深く座った。
張り詰めた緊張感によってもたらされる沈黙が続いたが、打騎はポツリと呟き、その場を後にした。
「色々済んだら『裏社会』に来てくれ…………待ってるからな」
あんなにも声のトーンが落ちている打騎を見るのは、これが初めてだった。それは涼晴も同じで、四年前に出会って以来彼が落ち込んでいる姿など見たことがなかったので、言葉を失った。
だが、彼がしたい事と、今自分が思っていることが同じであるということに賭け、席を立つ。
「新人くん。ご飯、一人で済ませてください。少し……用事ができたので」
白髪をたなびかせて走り去る彼を止められる度胸など、今の依茉に存在していなかった。ただ一言、「いってらっしゃい」としか伝えられず、寂しげな空気が事務所内を蹂躙していった。
面白かったらブックマーク、レビューや感想などよろしくお願いします!!マジで!!!!
Twitterアカウントもよろしくぅ!!!!
@kareha_henshin




