第二章1 『虚空の襲来』
一応章分けしておりますが、一章の半分くらいで二章は終わるつもりです。今後もよろしくお願いします。
人間は日々生きていく中で、知らぬ間にあるものを生み出している。大きく分けて、『正の感情』と『負の感情』に分けられるそれは、すでに言葉に出てきているが『感情』と呼ばれる。
ささやかな幸せをはじめ、不意に訪れる大きな幸せに、人々は胸を躍らせるものだ。反対に『負の感情』というものは忌み嫌われていて、一見すると不必要なように感じられる。
確かに、一喜一憂によって精神が削られるのは文字通り元気をすり減らせる大変な作業だ。もしも『負の感情』のみが一気に押し寄せるなんてことがあったら、おそらく人間の心の器は砕け、氾濫が起きる。そうなったら周りも巻き込んで一大事を起こしかねない。
だが、それらの経験が我々人間を強くする。ゲームでいうところの経験値や強化素材に当たる存在なのだ。彼らが人間にとっての『悪役』を演じることによって、我々人間を強くしてくれている。
そんな、人間が成長するためには欠かせない存在である『感情』が集約され、虹の大地として形成されたのが『裏社会』。
人々の記憶に混合された感情も集まるその地は、日本国内のみならず、他国の観光名所などまで生成されている。場所によっては、右を向けば富士山を見上げて、左を見ればナイアガラの滝を見下ろせるようなところまである。
無論、それらだけで形成されているわけではない。立ち寄った『才能人』がくつろげるように公共のスペースも設けられていて、レストランやカフェの料理は案外美味いと評判だ。
流行の最先端である原宿でさえも追いつけないような奇抜な外装をしたカフェに、今日も『才能人』がくつろいでいるようだ。
「打騎のヤツは今日も来れないってさ。仕方ねぇっちゃ仕方ねぇけどなぁ……」
「やっぱ、アイツがいねーと盛り上がらねーよなぁ……」
それぞれオレンジジュースとリンゴジュースを、虚空を見つめながら長いストローでちゅうちゅう飲み進める。
屋外テラスで男二人、一切盛り上がることなく飲むジュースのどこに美味しさがあるのだろう。美味しいのは美味しいのだが、やはりあの『太陽』がいないと気分が上がらない。
——投野 打騎。今や野球界に留まらず国民的スターとなった彼は、この残念な男達の友人である。
白いキャップをかぶっているのが、プロテニスプレイヤーの桜庭 良誠。右の目元に傷跡があるのが、プロボクサーの虎走 拳正。どちらもオリンピックの金メダリストである超有名人。まぁ、『裏社会』にいるのだから当然といえば当然なのだが。
数年前に打騎と出会ってからというもの、練習や公式戦の合間を縫ってはこのカフェで談笑するのが恒例になっている。だが、今は見てわかる通り、打騎の姿はない。今日は大事な公式戦があるらしいので、『裏社会』に足を運ぶ余裕すらないという。
「あんた達ねぇ……。そんなにクヨクヨしてるとメダルが泣くわよ。てかジュースて!! 顔に似合わないもの飲んでるわね!?」
凛として落ち着いた印象を受ける声が、だんだんと近づいてくる。
彼女の名は戸刺 美針。彼らと同じくオリンピックのフェンシングで金メダルを獲得している実力者だ。何やら男達の飲んでいる意外な飲み物に驚いていたようだが、彼女も彼女で全長50センチはあるかと思われるパフェを運んできた。
「しっかたねーだろぉ? いつもは打騎が面白い話題振ってくれるんだしさぁ……」
「その言い方だと私の話が面白くないみたいじゃない……!!」
怒りを抑えながらパフェの氷山の一角を削り取り、口に運ぶ。周りの景色に勝るとも劣らない奇抜な発色をしたジェラートは、見かけによらずスッキリとした味わいで非常に美味。
その割には目の前でへたっている男達がみっともなくて、何だかこっちまで不甲斐なく感じてしまう。
「なんか面白れぇ話題ないか?」
「そうはいうけどもね、私達やってることがやってることだから、興が乗るものが違いすぎるのよ」
「その点アイツは、そんなの関係なくズカズカ入り込んでいけるんだから羨ましいぜ……。最近は文月 涼晴と絡んでるらしいけど。あ、俺もそれもらっていい?」
戸刺が頷くより速く、虎走がジェラートに刺さっていたウエハースを抜き取って口に放り込んだ。流石プロボクサー、腕の俊敏さは伊達じゃない。
「んで、どうするよ? なんか面白いことあった?」
「いやキラーパスすぎない? 変に意識して面白くしようとしないでさ、普通でいいのよ普通で」
「その『普通』がいないから困ってんだよ……」
会話が弾む未来が訪れないと悟った虎走は、サクサクサクと、薄味のウエハースを食べ進める。
その時、何やらおかしな音が耳に入った。
ウエハースだから「おかしな」というわけではなく、今この状況下で起こり得ないような音が鳴ったのだ。
その音は虎走が鳴らした咀嚼音と非常によく似ていたため、最初はなんの気無しにスルーしようとしていたのだが。
「…………ん? あれ、誰だ?」
桜庭が少し遠くを見つめ、不思議そうにつぶやいた。どうやら虎走が聞き取った音というのは、桜庭が視認した『とある人物』が歩いてくる音だったようだ。
ザッ、ザッ、ザッ……と。至って普通の、重くも軽くもない歩行音。特に危機感は感じられない。だが、虎走と戸刺、が桜庭が見つめる方向に人を確認した時、その人物の容姿が違和感を与えた。
裾や袖をはじめとした、ありとあらゆる箇所がボロボロのジャケット。青、白、黒、黄を基調としたデザインで、落ち着いた雰囲気の中にもどこか荒々しさを感じる。
下はこれまたダメージジーンズという、傷が目立つ服装。太腿から脛にかけて鎖が巻き付いており、かなり不気味だ。
体つきは若干細身だが、たたずまいから男だと推測できる。猫背気味で、少々俯いている。
肝心の顔はというと、フードを目深に被っているため口元しか見えなかった。その口にはどうやら、棒付きの飴が咥えられているようだった。
「おーい!! あんま見ねぇ顔だけど、もしかして新入りか? よかったら一緒にお茶しようぜ!!」
彼らが感じた違和感というのは、その容姿にある。というのも、桜庭が言った通り彼ら三人にはパーカー男の姿を見るのが、今日が初めてだった。皆二十六歳と打騎と同じ年齢で、『裏社会』に入ったのもほぼ同時期である。
だが、あのような風貌の『才能人』は、見たことがなかった。それゆえの違和感だった。
桜庭が軽く手を振って暖かく誘ってやると、男は彼らに気づいたようでゆっくりと顔を持ち上げた。それでも目元は見えなかった。
ジャケット男は脱力しきった右腕を持ち上げ、桜庭らが座っているテラス席を指さした。
瞬間、カフェの建物全体が、爆散した。
「なに……っ!?」
短く毒づき、落下の衝撃を和らげるため受け身を取る。即座に同胞の安否を確認すると、同じく受身に成功していたようだ。
流石スポーツ選手、身体の使い方は完璧。すぐさま臨戦態勢に移行し、各々得物を利き手にかまえる。
桜庭はテニスラケット、戸刺はフルーレ、そして虎走は己の拳。本当ならばここに打騎のバットが入るはずなのだが、今はいない。雀の涙ほどの不安が脳裏をよぎる。
幸いカフェには彼らしか客がいなかったため被害者は出なかったようだが、建物は見るも無残な瓦礫の山へと姿を変えていた。ここは彼らの憩いの場でもあったためか、怒りの熱が湧き上がってくる。
「アンタ、何者? こっちはお茶に誘っただけだと思うのだけれど。無意識に挑発していたのならごめんなさいね」
フルーレの剣先を、延長線上にあるパーカー男の眉間あたりにつける。特に威圧を込めたつもりはないが、それだけで殺気を感じたのだろう、男は歩みを止めた。
だが、『お前は誰だ』という質問に対して、答える気はなさそうだ。棒付き飴を加えた口は、全く動く気配がない。
「見えない攻撃……ってことは、光学迷彩か? 科学者にしては似合わない服装だな」
「新参者だからって『裏社会』を荒らしていいってわけじゃあない。お前の名は何だ、答えろ」
すると、ようやく男の口元が動いた。
ゆったり、ゆったりと。嫌な笑みを浮かべ。
「お前達に名乗るつもりはない。俺が欲するのは……『禁忌の鍵』だけだ」
彼の言っていることは、三人ともまるで意味がわからなかった。だが、男をここで止めなければ、おそらくだが今後の『裏社会』の安寧が失われるような気がしてならなかった。
「ははっ……。ならしかたねぇ。ここでお前を止める!! いくぞお前ら!!」
「「応ッ!!」」
閃光の如きスピードで、ジャケット男に迫る。だが、彼は動かなかった。まるで三人が、そうしてくることを読めていたかのように。
再度右手を彼らにかざし。
「『虚無に消えろ』」
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