第五章52 『悪魔か神か、地獄の業火 2』
第五章のボス級キャラ討伐!!ではでは!!
『裏社会』は『才能人』の楽園のようだと聞いていたが、これを楽園ととらえることができるのは、目玉がビー玉の人間だけだ。
……虹の大地を黒く焼き焦がす戦火。倒壊した西洋、中東風の建物。はるか彼方から民を見下ろす富士の山も、頂上付近が少し欠けてしまっている。
これが戦争による被害ならば納得いってしまうところもあるが、問題なのはこの惨状を引き起こしたのがたった一人の人間だということ。『才能人』中最強の実力を有する猪切 蓮司でさえ、一瞬だけではこの地獄絵図を創ることは不可能だろう。
上空に浮かぶ『七福神』の住居、『宝船』。燃え盛る烈火を映すように、船底がオレンジ色の染まっている。神を自称する人間は、つばを飛ばして発狂する。
「神は私、ただ一人だけでいいィィィッッ!! 待っていろぉ、『七福神』ンンンッ!! お前たちも、骨も残さず食ってやるゥゥゥゥゥゥゥゥッッッッ!!!! ヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!!!!」
ガシャ、ガシャ、ガチャ、ガチャ。騒々しい音を立てて焦土を突き進む機神を、あわれむような目つきで眺めている者が、二人。一人は両手で主人の体を受け止めている。
金鞠 斎迅が装甲を変形させて胸部に形成した巨大砲台より放たれた、『神の裁き』。同心円状に拡大し、破滅の光はまばたきをしている間に『裏社会』を火の海へと変えてしまった。
斎迅の前に立ちはだかった男は、真っ先に光の餌食になった──わけではなかったのだ。
『性格交代』の代償に足をとられ、意識外に体勢を崩してしまったところを彼女──グレモリーが救出したのだ。俗にいう『お姫様抱っこ』をされたボロボロの男は、なにやら不満そうに顔をしかめている。
「グレモリーよぉ」
「なぁに?」
「……どうしてさっきから、顔に胸を押し付けてくるんだ」
「あら、年頃の男の子ならおっぱい好きかなー、って思ってたんだけど。嫌いだったかしら?」
「好き嫌いはどうでもいいんだけど、今は殺し合いの最中だ。助けてくれたことには感謝してる、でも無料授乳サービスを頼んだ覚えはねぇ。……あの野郎を、どうやって殺せばいい?」
ほんの数回力をぶつけあっただけで、金鞠 斎迅が見た目以上に強敵だということが分かった。注意すべきはあの鉄くず置き場のような、金色の装甲。外面にまで飛び出してきている大小様々な歯車が駆動することによって、走行全体の形と機能を変えることができるようだ。
『神の裁き』という名の極大レーザーは、大砲型に変化したことによって放たれた、『裁き』よりも『大量虐殺』のほうがよっぽど似合う力。
おそらく、大砲以外にもまだ変形を残している。
しかし変形のすべてを把握したところで、あの装甲は変形せずとも強力なのだ。『体言止め』の壁すら破壊し、万年筆の切り払いをぶつけてやっと相殺できる程度。まともに相手をしようものならば、十分とて持たないかもしれない。
黒く焼け焦げた大地から跳躍すると、機神はさらにその姿を変えた。通常よりも背中や肩甲骨に該当する箇所が肥大化していて、どうやらジェットエンジンが搭載されているらしい。
斎迅はこちらを気に留めることもなく、『七福神』が待つ巨船へと飛翔した。
「方法はあるわ……。一つだけ、ね」
ふわり、と静かに着地すると、主人を二足で立たせる。彼女は身長が二メートルもあるので、少々かがむようにして彼の肩に手を置いた。そして顔を見合わせ、涼太郎を諭すのだった。
「アナタはきっと嫌がるかもしれないけれど……涼晴にも協力をしてもらって、あの男を止めるの。アナタ一人で勝てる相手じゃないって、身をもってわかったでしょ?」
「つまりは復讐を諦めろと? いいか、俺はあのクソ野郎を殺すために、ここまで来たんだ。できれば……お前たちは巻き込みたくなかった。それでも涼晴がステージを作ってくれたから、こうしてチャンスができたんだよ!! ……今さら、助けてくれだなんて言えるかよ。俺はただの馬鹿で、友達の一人も守れなかった男だ。死んで体を取り戻しても……ずっとあの時から変わらないまま……ッ!!」
『いいんですよ。貴方は、貴方のままで』
ずっとうつむいていたからか、気づけなかった。聞いたことのあるおだやかな声の主は、文月 涼晴に違いない。顔を上げると、先程までグレモリーの腰に備わっていた分厚い書物が浮いていて、開かれたページに彼が映っていたのだ。
春風のように温かな笑顔。こんなものを受け取っていいのかと、涼太郎は自問する。
「どういう……ことだ」
『少し前の私に、貴方はとっても似ているんです。いや、私が貴方に似たんでしょうか? それは置いておくとして……。私も、自分の力だけでなんとかしようと思っていた時があったんです。一人で悩んで、一人で戦って、一人で苦しんで。次第に、視界が狭まっていきました。そんな時依茉さんが、私の手を取ってくれた……。私は彼女の手に助けられ、自分は一人なんかじゃない、もっと誰かに頼ってもいいんだと気づきました』
「でも……それでも俺がやらなきゃ!! エマは……!!」
『禁忌全英書』のページがわずかに波打つ。とたん一層輝きを増した。古紙に映る涼晴は、向こうから白い手を伸ばしてくる。
『依茉さんは、私たちが思っているよりもずっと強くなりました。でもどこかおっちょこちょいで、ドジで、頼りないところもあります。私も貴方も、依茉さんを助けたいと思う気持ちは、同じなんですから。さぁ……真に、心を通わせる時ですよ』
「……………………分かった。お前の言葉を、もう一度信じよう。その代わり……絶対に奴を止めるぞ!!」
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「神は人間を辞めてなれるものではない。命が惜しければ今すぐ立ち去れ」
荒削りの木杖を構える寿老人。彼を筆頭に、他のメンバーも臨戦態勢へと移行する。毘沙門天も気合で二日酔いを克服し──治ったとは言っていない──、三叉槍をジャランと鳴らす。
普通、偉大な権力と実力をあわせ持つ『七福神』を前にすれば、尻尾を巻いて逃げだすのだろうが斎迅は違った。なぜならば、彼は神を自身の成長のためのエサだとしか見ていないからだ。
ギャアアアア!! と歯車が回転し、凶悪に鈍い光を放つジャマダハル型の刃が、腕部に出現する。それらをこすり合わせるようにしながら、
「ヒャヒャヒャッ!! 神を侮辱するとはァ、イイ度胸をしているなアアァァッ!? 特別にお前たちは……バラバラにしてから食ってやろォォォォォォォォッッ!!!!」
──七対一の、壮絶な戦い。
『宝船』の大広間はグランドホテルのロビーなんかめじゃないくらいに広いが、さすがにこの人数となると戦いずらい。とはいえ小回りの利く毘沙門天、大黒天、福禄寿は忍者のごとく壁を走行し、かかんに刃と打ち合う。
すでに何体かの神が吸収されているのであろう。装甲をまとっているとはいえ、あまりにも戦闘能力が高すぎる。とても生身の人間が出せる火力ではない。三叉槍、打ち出の小槌、発勁までもが軽くいなされてしまう。
ならば、もう一波。
弁財天がかき鳴らす琵琶の音色が床を崩し、足をとらえる。その隙に重攻撃役の布袋尊と恵比寿天に加え、寿老人の小規模爆破によって装甲を崩す。
ガラン、ガラァン!! と外装の一部が崩れ落ち、内部の機構と斎迅の肉体が垣間見えた。
「どうだみたか、ただに人間が!! おれっちたちはまだ力を抑制してるんだ!!」
「そうかそうか……。殺すッッッ!!!! ンンンンならばならばならばァァァァ!! 跡形もなく消して」
「させっかよォォォォォォッッ!!!!」
激しい戦闘の衝撃によって割れてしまった窓から、見覚えのあるシルエットが──三つ。
一人は長身で床につくほど長い髪の持ち主で、グラマラスボディの悪魔グレモリー。
一つは飛び込んでくるなり斎迅を殴り飛ばした男。それもそのはず、彼は斎迅に対して最も憎悪をたぎらせている。彼の名は文月 涼太郎。
そしてもう一つ。亜麻色のコート、簡素なジーパン、雪のように白い長髪の──文月 涼晴。
ついに目がおかしくなってしまったのかと、『七福神』は皆同時に目をこすった。だが、煙が晴れてくっきりと見えるようになったその場所には、たしかに同じ容姿の人間が二人、得意げな表情でたたずんでいるのだ。
「うそ…………増えた…………?」
「な、なにがどうなっとるんじゃ……!!」
「スズ、お前……」
驚きあえぐ皆を落ち着かせるように、涼晴は至って冷静に経緯を伝える。それはそれは、信じられないようなことだった。
「『禁忌全英書』が、奇跡を起こしたんですよ。私と涼太郎、二人をつないでいたのはずっと、『禁忌全英書』とグレモリーですからね。まぁ、なにはともあれ……これで彼を止められますね!!」
こちらも驚いたようにわなわなと震えている。しかし、爪を立てて首元をかきむしりながら言い放った彼の言葉からは、少し趣旨からずれたことで怒っていることが分かった。
「キサマ……キサマキサマキサマァァァァァッッ!!!! 神である私よりも速く、そのような奇跡を起こすことなど許されないぞぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!! 死に値するゥゥゥゥゥゥゥッッ!!!!」
コークスクリューのようにひねって打ち出されたジャマダハルのような刃。しかしそれが二人の肉体を引き裂くことはなく、こちらも二つに分身した万年筆によって受け止められた。
斎迅の突進突きはジェットエンジンのスピードも加えられて非常に速く力強かったが、『禁忌全英書』のは遠くおよばない。
背後にひかえたグレモリーが、一文を朗読する。
「『序文:第二項 『救いの光』降り注ぐ地に、邪悪は栄えぬ。邪なるものは、天の矢によって焼き払われるであろう』」
……どんな屈折をしたらそうなるのだろう。屋外から数本の光が何度も折れ曲がりながら、最後は一本の矢となって男に突き刺さる。光の矢はたけり狂ったように燃え始め、次第に装甲ごと男を炎で包み込んでいくのだった。
「アアアアアアアアアアアアアアッッッッ!?!? ああうううあああうううあああうあううあうあううああ、ああ熱いィィィィィいいいぃぃィィィ!! 熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いィィィィィィィィィィィィィィ!!!! 熱いよォォォォォォぉおおおおおおおおおおおおおぉぉぉおおぉおおおぉおぉぉ!!!!!!!!」
『虫唾が走る』とは、まさにこの時のために作られた言葉だと思う。
あれだけのことをしておいて。あらゆる人間の未来を奪い取って。『熱い』? 『痛い』?
そんな生ぬるいものでは、到底許されない。何をしても、許すつもりはないが。
「「ツェ……アアアッッ!!」」
ズドドッ!! 『速読拳』がみぞおちに二度、立て続けに突き刺さる。しかし攻撃の手は止めない。否、止めてはならないのだ。
何度も、何度も。過去の因縁、未来の救済、今の怒りをぶつけるように。『閃光執筆撃・斬』、『漆黒執筆撃・斬』で両足を斬り飛ばす。そして新たな体術、『超・長音突蹴』を叩き込んでいくのだった。
ついには『白黒の双剣』を『禁忌全英書』から取り出し、容赦なく体を切り刻んだ。ただで死んでもらっては復讐にはならないので、わざと『禁忌全英書』の力で回復をおこないながら。
「ヒャアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!! いぃぃ……嫌だあああァァァぁあああぁぁあぁああああああァァァアア!!!! 死ィッ、死ぬ!! 死に……ぐおらうぉッ!? 死にたくなひいいいいいいいいいいいいいいいいいいィィィィィィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!!! 死にたくないよォォォォォォぉッッ!!!! 死にたくないィィィィィィ!!!!」
二人が短く咆哮しながら斬撃を浴びせるなか、男はずっとこのような調子で泣きわめいていた。醜いのは言うまでもない。彼は目の前の男のうち一人の人生を、『十四』という非常に短い地点で消し飛ばしたからだ。だのに自分は『死にたくない』と。
……反吐が出る。
彼の命乞いに耳を傾けるなんてするわけもなく、ひたすら『回復』と『斬撃』を繰り返した。が、ここでとある人物が廊下より登場したことで、二人はいったん攻撃の手を止めて後ろに下がる。
「あ…………あああああぁぁぁぁああぁぁあッッ…………!! え…………依茉ぁぁ…………!! わ、私を……私を助けてくれぇッ……!! 今までのことはッ、全て謝る!! なんでもする!! 何でも買うッ!! 頼むゥゥ……頼むよぉぉッッ!! 死にたくないんだはあああッッ!!!!」
赤髪の女は無言のまま、両足を切断されて床で這いまわることしかできないあわれな男を見つめていた。が、すぐに歩き出して──『阿修羅の腕』を装着した手を伸ばして父親を助ける……わけもなく、右手でわしづかみにした男の頭を、自身の方へと引き寄せた。
「『自分の娘が妾に乗っ取られていることにすら気づけないとは……。お前はエマの親でもなんでもない。エマの記憶を消したこと、リョータローを殺したこと。そして……妾の美しい肉体を、性欲のはけ口にしたことッッ!! ……妾はエマのかわりに、オマエヲコロシニキタンダヨ』」
頭蓋骨を砕かんばかりに力をこめると、次の瞬間『救いの光』以上に苛烈な勢いの紅炎が、彼の体をくまなく包み込んだ。さながらまゆのように全身をおおう炎たちは、どこか男の姿を嘲笑しているように見える。
それだけでは飽き足らず、阿修羅は依茉が発動するときの何倍もの威力で『阿修羅拳』を数十発撃ち込んだ。そうとう、体をもてあそばれたことが気に食わなかったらしい。
「あああああああああああああああッッッッッッッ!!!! 嫌だああああああああああああああああああああああああああああああああああああッァァァァァァァァァァァ!!!! 許してぇ!! 許してくださいぃぃぃぃぃぃぃいいいいっっいうういいいぃいいい!!!! 熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱いいいいいいいああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」
「『そうかそうか。ならばもっとだらしなく泣けばいいッッ!! 涙で炎を消してみればいいッッ!! その炎を全身にまとっても、この女は涙一つこぼさず、耐えて見せたがなァッ!! さっさとくたばれこの、外道ッッ!! お前の顔など、もう見たくもないわッッッ!!!!』」
燃え盛る怒りをあらわにした阿修羅が、乱暴に親指を下に向けると。火だるまになった男の真下に渦が発生し、アリジゴクの巣のように飲み込んでいった。
どうやら『冥界』へと強制送還されたらしい。男は飲み込まれていくときも泣きわめいていて、最後の最後まで依茉に助けを求めていた。
彼が完全に飲み込まれて静寂が訪れたとき、ぽつりとつぶやかれた。
「さようなら。もう、あなたのことは覚えていません。だって……私の記憶は、あなたが消したんでしょう?」
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