第一章10 『もう一度じゃなく、これからも』
少し間を開けてからの投稿になります。ここでいったんキリが付く感じです。完結には全く近づいておりません。これからもよろしく!!!!
「短い……本当に短い間でしたが、色々とお世話になりました。先生に教わったこと、絶対に忘れません。勿論、先生のことも」
「光陰矢の如し、ですねぇ。あと二日……いや三日くらいあるものだと思っていましたよ。なんだかんだ言って、新人くんと一緒に仕事している時が一番楽しかったです。それと、こっちのことに巻き込んでしまって、本当に申し訳ないです」
律儀に頭を下げると、艶やかな白髪が重力に従い垂れ下がる。
謝罪する涼晴だったが、本来謝罪すべきなのは依茉なのだ。
自分が『裏社会』に足を踏み入れてしまったから、『負』達に嗅ぎ付けられてしまった。それが原因で、涼晴だけに飽き足らず打騎の時間までも割いてしまった。
「先生が謝る必要なんてないですよ!! 右も左もわからなかった私を守ってくださったんですから、こっちがお礼しなきゃなんですよ」
「ふふ、新人くんも私に協力してくれたじゃないですか。なら、おあいこってことでいいですかね」
頭を上げ、慣れた手つきで髪を後ろに流す。隠されていた顔には、ニカっとしたいい笑顔が表れていた。
なぜ涼晴と打騎があれほど早く、依茉のピンチに駆けつけることができたのか。
まず、涼晴が打騎に譲渡した付箋の内容から。
涼晴が言っていたように、なにも打騎のテンションに呆れて適当な理由をこじつけて追い返したのではない。あの時すでに、彼の脳内には事案の主犯が何者なのか、ある程度予想ができていたという。
『明日から新人くんを自由に出歩かせますので、バレないように見張りをお願いします』
これだけで伝わるのだから、やっぱり二人は親友なのかもしれない。
いわく、依茉があのタイミングで仕事のことを思い出させてくれたから、「メイロー編集部の誰か」という答えに行き着いたらしい。編集長の享弥は、絶対にありえないという確信があった。付き合いが長く、それでいて『裏社会』の存在について直接教えていないからだ。
依茉がいい例だが、『裏社会』の存在を知るためにはまず、『才能人』から詳細を聞かなければいけない。涼晴も一応メイローに勤めていることになっているので、社内に『才能人』が自分の他にいないことは確認済み。
同時に今回の事件は、『才能人』によるものではないことが明らかになったのは言うまでもない。
そしてなによりも確証にたどり着く原因となったものが、依茉の経歴と人柄。
仕事を共にするなかで、彼女が仕事ができない人間ではないということが分かっていた。ゆえに何度も交代をさせられてきた理由が分からなかった。
享弥がそんなことをするとは思えなかったため、何かと情緒不安定になりがちな新人ゆえの行動なのではないかと予想を立てたのだという。彼は就活すらしたことないはずなのに、よくそんなことが言えたものだ。
依茉が『裏社会』に引き込まれたところを目撃した打騎は、迅速に涼晴に報告した後、すぐさま二人で戦闘に参戦したというわけだ。
彼らのとった行動は、決して賭けなどではない。日頃から働けることに対して喜びを感じ、それでいて感謝しているからこその結果だ。
『負』達のように、自分一人だけに焦点を当てて仕事をしていたなら、今回のような手法は取れなかったことだろうと思う。
そして今。長いようで短かった、一週間の研修期間が終了した。短い割にその中身は濃く、今後絶対に経験できないようなことも学ばせてもらった。
かけがえのない時間の中で、『仕事』を通じて知った、人の在り方。これからの人生、どんな障壁が立ち塞がるのかは本人である依茉でさえも分からない。だが、涼晴や打騎が教えてくれたことは必ず生きてくる。
「それじゃあ……行ってきます!!」
「はい、いってらっしゃい。……依茉さん」
軽快な足運びと、軽やかな鼻歌。
肩の荷が降りたというよりかは、ひとまわり成長できた感覚から、いつもより足取りが軽く感じる。
春風が赤髪を揺らすたび、なぜだかお世話になった天才小説家の顔が頭に浮かぶ。多分長い髪の印象が強く残っているからだろうが、今思い出してしまうと……
「……まだ、一緒に仕事したいって思っちゃうよ」
タイヤに轢かれ、独特な音を発するアスファルト。歩道を歩く人々の足音。巨大な電光掲示板から爆音で流れる広告。
それら全てが、シャットアウトされてしまったかのように聞こえなくなる。唯一耳に響いたのは自分の心臓の音だけで、どことなく不気味さを感じた。
一週間と言う短い時間の中だったからこそ、育めた関係というものは偉大だ。
隣を見ればいつも、働く人々を楽しそうな表情で眺めていた。
顔を上げたら、机に向かって真剣に原稿とにらめっこをしていた。
向かい合えば、柔らかく微笑んでくれた。
ふと気になって、何かを求めるかのような表情で振り向いた。
——スーツを着て気だるそうに歩くサラリーマンや、最近流行している服で着飾った女子高生、依茉と同じようなスーツを着て電話しているOLがいる。
ただ、それだけ。それだけなのだ。彼の顔はもう見えない。見えるはずもないのに、どこかに彼の姿を探してしまう自分がいる。
「ありがとうございました、文月先生」
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事務所にいた時よりも、一層濃いコーヒーの香りが鼻に届いた。「帰ってきた」という、いい合図にはなっているのかもしれない。
『メイロー編集部』。まさか自分が志望した会社で、憧れの文月 涼晴に会えるなんて思ってもみなかった。しかも、会ったなんてものじゃない。一つ屋根の下で、生活を共にしたのだ。
……なんかいかがわしいけども。
「た、ただいまです。ただ今戻りました!!」
忙しなく稼働を続けているコピー機を除き、オフィスは刹那の静寂に包まれた。しかしすぐに現状を理解してくれた同期のメンバーが、勢いよく駆け寄ってくる。
そして、もはや恒例となってしまった、アレが始まるのだった。
「依茉っちーー!! お疲れ様ーー!! マッサージ無料でしてあげるーーっ!!」
「うひゃああぁあぁ!?!?」
……今日はどうやら真正面からのセクハラらしい。蛇川の小さな手が胸を覆う。
「だからいつもやめてって……!!」
「ごめんね!! 本当にごめん!!」
いつものように、妙に艶めかしく揉まれるなんてことは起こらなかった。彼女は唐突に涙声になり、両手も背中に回して抱きついてきたのだ。
突然の出来事に驚きを隠せない依茉だったが、何か問いかける前に蛇川が己の気持ちを吐露し始めたのだった。
「あたし、ずっと依茉っちが羨ましかったの。あたしだってここに入るためにすっごい努力してきたのに、あたしなんかよりも出来る人はいっぱいいて……。何をやっても上手くいかないあたしに比べて、依茉っちは簡単にこなしてたから……あたしが焦ってただけなのに、上手くいかない理由を依茉っちに押し付けてた!! でも……でもね、気づいたの。あたしは依茉っちにはなれないけど、同時に依茉っちはあたしになれない。だから、あたしはあたしらしくいたいって。誰かに嫉妬するんじゃなくて、あたしを磨くって決めたの!! ごめんなさい!! 今までのこと、許して欲しいの!! あたしともう一度、ちゃんと友達になって欲しい!!」
「わ、わかったわかった!! なるから!! 押しつぶされるから!! いったんやめて!!」
彼女のそれは、泣きじゃくる子供のようで、依茉も対応に困った。
だが、蛇川がヒートアップして早口になっていく最中、白髪の小説家が言っていたことを思い出したのだ。
——編集部に戻ったら、きっと面白いことが起こりますよ。
そういうことか。なるほど、そりゃ面白いわけだ。同期のメンバーの負の感情が抜き取られたから、表裏のない正確になったというわけだ。
「あー、なるほど」と納得する中でも、依茉の同期は彼女に近寄って思いの丈を暴露し始める。押し寄せる人と声の波に押し潰されそうになったが、享弥が引き抜いてくれた。
「なにやらお祭りの最中みたいだったけど、大丈夫かい?」
「あはは、ありがとうございます……」
「それで、どうだった?天才小説家の担当編集をしてみて」
苦楽を共にした小説家の顔を思い浮かべながら、
「当然、楽しいだけじゃありませんでした。辛いことや苦しいことだって、少なからずありましたけど、それ以上にためになることばかりで……。いい経験になりましたよ」
「そりゃよかった。万々歳ってやつだね。それじゃあ心機一転、頑張っていこうね。ここからが君の腕の見せ所だよ?」
「はい!! まずはなにから——」
コン、コン…………。
依茉にしてはぎこちない笑顔を浮かべ、自分のワークデスクに向かおうとした時だ。
突然、開いたドアを軽く叩く音が、オフィスに鳴り響いた。最初は同期か誰かの立てた音だと思っていたのだが、反射的に音源の方向へと視線を向けると。
そこには、いるはずのない人の姿があった。
心配になるほど細い体つき、女性的な顔立ち、亜麻色の薄手のコート。そして何より目を惹くのが、長い長い白髪だった。
柔和な笑みを浮かべているその男の存在は、蛇川をはじめとした新人たちをどよめかせた。
「どうも。少し、お邪魔しますね」
もう聴きなれてしまった、優しくて包み込まれるような温かな声。本当は聞こえてはいけないはずなのに、彼の声が聞こえたことにどこか安心感を覚えている自分がいる。
「文月……先生? どうして、ここに?」
涼晴を不審がっていた同期達は、その名を聞いた途端に背筋をビクッと震わせた。
依茉にとっては見慣れた姿、言い慣れた名だが、蛇川達にとってすればありえない存在なのである。それが「天才」というものだ。
「どうしてもなにもないじゃないですか。私だって一応ここに勤めてることになってるんですから、場所くらい知っていますよ」
彼の前方を塞いでいた同期のメンバーは袖にはけるようにして、彼の歩く道を作り出す。
当の彼は依茉が聞きたい事とずれた回答をしながら、彼女に歩み寄ってくる。
「そ、そうじゃなくてですね。なんでここに来たのかって聞いてるんですよ」
「あぁ、そういう事でしたか。いやはや、私としたことが読解を失敗するとは。……どうも。久々、というわけでもないですかね、編集長」
どうやら用があるのは、依茉ではなく編集長の享弥のほうらしい。しかし、この後に及んでなんの用があるのだろう?
「よっ、天才小説家くん。僕に何か用かな?飲みの誘いなら是非とも乗りたいね」
「それはそれとして興が乗る話ですが、今日はもっと別の要件で来たんですよ」
そういえば編集長と文月先生はたまに飲みに行くって言ってたな。最近ビール飲めてないなぁ……あの味が恋しくなってきた!!
意外にもビール好きな依茉は少し心を躍らせたが、場の雰囲気にそぐわないため顔に出さないように堪える。
目の輝きを抑え込めていると、涼晴は思いも寄らないことを提案するのだった。
「……新人くん——いえ、依茉さんを私にください」
「は? 結婚でもするんか?」
「そそそ、そんなわけないでしょ!! そうですね先生!!」
デリカシーのない人と本音と冗談の区別がつかない人がコンビを組んだら、こうも厄介だとは。
依茉は耳まで真っ赤にして、ブンブンかぶりを振る。
「おやおや、新人くんはそっちの方が良さげですか?」
「だから違うって言ってるじゃないですか!!」
……絶対分かっているくせに、悪戯っ子のようにニヤニヤ笑いながらからかってくる。
「仲良いねぇ、君たち。それで、一体全体どういう事なんだい?依茉ちゃんが欲しいって」
「……この一週間で、新人くんはかなりの成長を遂げました。編集長も『諸行交悪』二巻の原稿を読んでくださったのなら、ご理解いただけると思います。本当ならば、今日で研修期間は終了する予定でしたが……欲しくなったんですよ、彼女の力が」
「で、でも!!私なんかがいたらむぐぅ!?」
依茉の言葉の尻尾は、とある行動によってちょん切られてしまった。
……涼晴は優しく自分の人差し指を、依茉の口に当てて無理やり黙らせたのだ。
この行為に再び依茉は羞恥心を感じ、顔に火が灯ったかのように赤面するのだった。涼晴は流石デリカシーのなさの権化といったところか、全く気にしていないようだった。
「彼女が欠けるということは、このオフィスにとって大きな損害になりかねないでしょう。ですが、私は新人くんに、私の文章を預けてみたくなったんです。どうか、お願いします」
深々と頭を下げる小説家に、流石の享弥も困惑する。いつも飄々としている彼が、こんなにも改まった態度になるのは久しぶりに見た。しかもあんなことを体験した彼の口から出るような願いではなかったため、尚更だ。
依茉という大きな戦力が欠けるのは、彼のいう通り大きな損害になりかねない。だが、あの涼晴が太鼓判を押すほどなのだから、それに便乗してやるもの、彼女のためになるのかもしれない。
「分かった、とりあえず頭を上げてくれ。……いいかい文月、お前は勘違いをしているぞ? このオフィスにはな、依茉くん以外にも優秀な人材はいるんだ。文月がそこまで言うのも珍しいからなぁ。あとは、依茉くんがどうしたいかだね」
涼晴の黒い瞳には、勿論依茉の顔が写っている。依茉は自分がどんな顔をしているのか分からなかった。
彼の瞳に映る、期待に満ち溢れたいい笑顔をしている自分の顔を見るまでは。
「わ、私でよかったら、是非ともお力添えします!!」
「はい。今後とも、よろしくお願いしますね。新人くん」
両者固く握手を交わし、周りは大きな歓声と拍手に包まれたのだった。
が。
「そういえば文月。三巻の原稿今日までのはずだけど、ちゃんと持ってきてくれてるよね?」
ピシッ……
なにやら、一気に現実に引き戻されたかのような、重苦しい空気がオフィスに充満する。
ぎし、ぎし、という錆びたブリキの人形の如く首をぎこちなく回転させる涼晴と依茉。
両者笑顔で顔を見合わせて最悪の事実を確認したのち、光のスピードでオフィスを後にするのだった。
「仕事ですよォォォォ新人くんんんん!!」
「なァァァァんでおわらせてないんですかァァァァァァァ!!!! いぃぃまいい雰囲気で終われそうだったのにィィィィィィィィィィィィ!!!!」
……はてさてこの先、どうなるのか。不安でしかないデコボココンビだが、見届けるとしよう。
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