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第一章1 『もう一度が五度目な私』

初投稿です。読みづらいところなどあるかと思いますが、温かい目で読んでいただけたら幸いです。

「うえええええええええ!?!? また交代要望ですかあああああああああ!?!?」



 午後二時。少々遅めなランチタイムを迎えた社内を、絶叫が揺らす。とても一人の女性が出せるようなものではない爆音だ。

 社員が手にしていたコーヒーカップの水面(みなも)がわずかに揺れる。


 人間の鼓膜を容易に突き破る絶叫を真正面から受けた男は、思わず耳を(ふさ)ぐ。

 ぐぐぐ、と眉間(みけん)にしわが寄る。



「うるさいよっっ!! っていうかこれで五回目なんだからちょっとは慣れたでしょ!! いや、本当ならいけないことなんだけどねぇ!?」


「あうぅぅ……」



 上司からのお叱りを受け、へなへなと力なく床にへたり込む。その背中はつい同情してあげたくなるほど、哀愁(あいしゅう)に溢れていた。両目に涙を浮かべ、まるで人生の終わりをそのまま映し出したかのような表情を浮かべている。


 オフィスの同僚がこの光景を目にするのも、前述したとおりこれで五回目となる。

 またあいつか、とか思われているに違いない。


 彼女はおよそ三ヶ月前に、千代田区(ちよだく)にある編集社『メイロー編集部』に入社してきた、俗にいう新卒社員というやつだ。同時に、厳しい選抜を勝ち抜くほどの能力(ちから)の持ち主ということでもある。同期の社員ももちろんいるのだが、彼女はその中でも頭一つ抜けて勤勉な仕事ぶりを発揮している。



 そう、彼女は勤勉であるのだ。入社十五年を迎えようとしているベテラン社員からも一目置かれているほど、彼女はよく働いてくれている。同期からの信頼も厚く、皆そろって彼女と仲がいい。



 新人にしてはかなりの高ステータスの持ち主である彼女が、窮地(きゅうち)に立たされている理由。それは「担当交代宣告」が原因である。



 現在担当している作家から、担当を外されることである。一種、クビのようなものである。



 必死に努力を重ね、偉大なる作家たちの文章に『赤入れ』をしていれば、めったにそんなことは起こらないのだが……彼女はすでに五回もの地獄の宣告を受けている。

 例にもれず彼女も、学生時代から(つちか)った真面目さを存分に発揮して、死に物狂いで赤入れをしていた。が、運がいいのか悪いのか――おそらく後者――新人の意見には耳を貸さない、頑固一徹(がんこいってつ)な作家の担当ばかりを任されているのだ。そりゃ泣きたくもなる。



「と゛う゛す゛れ゛は゛い゛い゛ん゛て゛す゛か゛ぁ゛……?」



 ついに大粒の涙がオフィスの白い床にこぼれた。絶望する彼女の前の黒々としたデスクから、覗き込むようにして彼女の様子を確認しているのが、編集長の龍原 享弥(たつはら きょうや)である。



 彼も彼で相当苦労をしているようだ。理由は至極単純、宣告の都度こうやって、彼女が彼に助けを求めて泣きついてくるからだ。



 オフィスをまとめ上げるものとして、社員にアドバイスをするのは当然のこと。だが、いくらなんでも同じ人物に、しかも同じ用件で五回もアドバイスをするとなるとネタが切れてくる。言い方は相当悪いが。



 やれやれ、と言わんばかりに首を左右に振る。これも彼に与えられた『仕事』なのだ、完遂する義務がある。

 それに彼女は新人とはいえ、大切な部下の一人だ。モチベーションを下げるわけにはいかない。こんなにも素晴らしい人材が次も必ずやってくるかと言ったら、その可能性は相当低い。



「まぁ、私からはドンマイ!! としか言いようがないんだけどもね、残念ながら。でもね、君は本当に頑張っていると思うよ。書類の提出期限はきっちり守るし、遅刻なんてしたことないでしょ。いい結果っていうのはね、そうやって地道に努力を重ねてきた人のもとにやってくるものさ。後は、諦めなければの話だけどね」


「だと、いいんですけどね……ぐすん」



 鼻をすする。涙を(ぬぐ)う。再び、立ち上がる。タイトスカートを軽くはたき、気合を入れなおす。


 彼女の名は金鞠 依茉(かなまり えま)。二十二歳、恋愛経験は無し。その代わりに文章に触れることができる仕事に就くため、人生をかけて努力をしてきた。その割には未だ目立った結果が出せていない、ちょっと残念な新米編集者。



 どうやら絶望の(ふち)から這い上がってきたと思われる彼女の顔には、不安の色は一切見えなくなっていた。気合十分となった彼女を見て、享弥(きょうや)安堵(あんど)に胸をなでおろした。ここで「私辞めます」なんて言われてしまったら、この編集部にとって大きな損害となるに違いない。



 何度交代宣言を下されても、(かたく)なに彼女をクビにしないのは、依茉(えま)の努力家精神に目を見張るものがあるという証拠である。



 だが、彼女が交代の宣告を下されてしまった悲しい現実はどうやっても揺るがない。たとえオフィスの(おさ)である享弥(きょうや)であったとしても、現状を変える力は持ち合わせていない。



 享弥(きょうや)は文字通り、頭を抱えて悩んだ。相当部下思いな上司であることは間違いないだろう。



 すると。数十秒と口を閉ざしていた彼は何か妙案を思いついたようで、口角を吊り上げた。それはそれはいい笑顔であった。



「よし、君に編集者としての実力を上げてもらうために、一つ試練を与えよう」


「し……試練ですか」



 突如、財宝を守る番人のようなセリフを放つ上司に、依茉(えま)心底(しんそこ)不安になった。三ヶ月という短い期間の中でしか共に働くことができていないが、享弥(きょうや)がこんなキャラではないことは既知の事実だ。



「人間的な部分はもう十分に出来上がってると思うから、あとは編集者としての技能面を成長させよう。そのためにも、最先端(さいせんたん)かつ最高峰(さいこうほう)の実力を有する作家のもとで、修業をしてもらうことにするよ。あ、話はつけとくから、そのへんはドントウォーリー」



 彼の言葉が意味することはただ一つ。『仕事がもらえる』ということである。



 依茉(えま)の顔に一層明るい光が差し込んだように見える。彼女は自分の心臓が、その鼓動のBPMを高めていくのが分かった。

 自覚しているところもあるが、依茉(えま)は根っからの社畜人間なところがあるため、仕事がもらえるとなったらどんな状況でさえ喜びを感じ、それに対して懸命な努力をするのだ。



 ――だが、この時彼女に任された仕事が、今後の人生を大きく揺さぶることになろうとは、誰も知る(よし)もなかった。



 仕事をもらえるという喜びに浮かれ、同期が見守る中デスクへと帰還していく。桃色の風呂敷(ふろしき)を開け、弁当箱を取り出すと、楽しそうに昼食を開始した。


 ……呑気(のんき)なものだ。



~~~



 ――明日の早朝六時ちょうど、このメモに書いてある住所まで行ってくれ。いいかい?二階がないから一般家屋よりも平べったい建物があると思うんだけど、その中に入るには条件がある。なんでも、仕事の邪魔をされたくないから、六時から六時一分までの間でしか玄関を開けてくれないらしい。面倒だろうけど頼んだよ、依茉(えま)くん……



「うぎゃああぁぁぁぁ!!!! こんな時に限って寝坊しないでよ私いいぃぃぃぃぃっっっ!!!!」



 学生時代、不良グループから散々いじられていた赤毛を疾風が揺らす。少女漫画の主人公かと突っ込まれんばかりの、ありがちなトーストを口に咥えての猛ダッシュ。目指しているのはいつものオフィスではなく、そこよりもさらに遠い、小さな建物。



 今日の顔合わせ次第で、天国か地獄かどちらに化けるかわからない個人事務所。いったいどんなところなのだろうと考えている暇はない。今はそこにたどり着くことだけに尽力(じんりょく)する。



 ただ、一つ気になる点があるとするならば。編集長が例の先生とやらの名前を、教えてくれなかったことだ。彼なりに何か意図があってのことなのだろうか?はたまた、別に理由があるのか?



 ちなみに今彼女は、二十二年という短い人生の中でも、数えるほどしかない全力疾走をしている。さらに付け加えて言うと、この状態をキープできなければ確実に遅刻まっしぐらであり、ほんの少しでも気を抜くことは許されない状況にある。やはり布団(ふとん)の魔力というのは末恐ろしいものだ。



「神様仏様ぁ!! どうか私の命をお救いくださいぃぃ!!」



~~~ 



 ――時刻は午前五時五十九分三十三秒。ギリギリセーフである。

 彼女が静かにガッツポーズをしたのは言うまでもない。到着したころにはもう息も絶え絶えで、今にも倒れてしまいそうだった。



「ノック……しなきゃ…………」



 肩で息をしながら、よぼよぼと例の建物へと歩み寄る。当然体を支えるための杖など持ち合わせているわけもないので、何度か前方へと転倒しかける。しかし不屈の精神が働いたためか、依茉(えま)は危なげながらも倒れることはなくドアまでたどり着いた。



 その瞬間だった。



 それを引き起こしてしまったのはたぶん、思わず安堵に身を(ゆだ)ねてしまったからだろう。若干古びた木製のドアをノックしようと近づいたのはいいが、石畳が若干隆起していたことに気づけなかった。



 案の定そこに足を引っかけ、バランスを崩してしまう。視界がぐらりと揺らぎ、平衡(へいこう)感覚が失われていく。



「わわわわっ!?」



 両の手をヌンチャクのように振り回し、体勢を整えようとするが。努力も空しく、彼女の体は建物の方向へと倒れこんでいく。



「いや……」




 し……ん。




 本当ならば、彼女の絹を裂くような悲鳴が、早朝の街を揺らすことになったはず。しかしそんなことは一切起こらなかった。訪れたのは、気味が悪いほどの静寂。彼女がここに足を運ぶ以前の状態にまで時間が巻き戻ったかのようだ。



 奇跡的に体勢を立て直した?いや、そんなことが彼女にできるわけがない。依茉(えま)の声が聞こえてきたのは、体が地面と四十五度の角度になった時だった。マイケル・ジャクソンでもあるまいし、その絶望的な状況からの復帰は極めて困難だろう。

 ましてや彼女は運動が大の苦手であり、学生時代の体力テストは基本E判定だったという悲惨(ひさん)なもの。



 ならばなぜ、彼女の悲鳴は途中で途切れたのか。それは彼女が『消えた』からだ。



 跡形もなく、痕跡(こんせき)すら残さず、一瞬にしてその姿を消してしまった。この世ではない、『どこか』別の世界に。



 人気(ひとけ)のない早朝の通りに一つ、風が吹き抜ける。春風にしては少し、冷たかった。

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