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9 悪役令嬢、奇跡に挑戦する


 ピンポーン。


 翌日。

 朝の優雅なお茶の時間に、突然無機質な電子音が割り込んだ。

 あら、そういえばこの効果音もゲームと同じ。属性騎士エレメンタルナイトがデートに誘いに来る時に鳴る呼び鈴の音だ。

 なんだかそんな小さなことまで原作の世界を感じられて、ちょっと嬉しい。


義姉ねえさまー? 迎えに来たよー?」


 それにしても、誰かしら。この元気な声は。

「おーい、義姉ねえさまー……」

 声は、だんだんに近くなる。


義姉ねえさま? もしかして、寝惚けてる?」


「ひゃぁあああ! あ、アクア⁉︎」


 すぐそばで声がしたかと思うと、突然視界に現れたアクア。つい情けない悲鳴が出た。

「ごめんごめん、そんなに驚くと思わなくて。……おはよ、義姉ねえさま」

 ケラケラと明るく笑って、あっけらかんと挨拶をする義弟アクア。挨拶を返すことも忘れ、シルヴィアは唖然とその姿を見やった。


「貴方……なんだか随分と雰囲気が変わったのね……? それに、義姉ねえさまって……」


 昨日までの眠そうだった重い瞼はなくなり、水色の瞳がキラキラと宝石のように眩い光を湛える。

 厭世的な雰囲気も脱力した表情もどこへやら、今彼女の目の前に立っているのは仔犬のような元気と好奇心に満ちた少年。

 その佇まいは、無気力キャラ? なんですかそれは、と言わんばかりだ。

 あまりに溌剌としたその姿に、目の前に立たれてもしばらく誰かわからなかったほどである。


 シルヴィアの反応に、アクアは晴れ晴れとした顔で笑う。

「うん。義姉ねえさまと話をしたら、なんか吹っ切れてさ。何も、怖がることはないんだーって」

 だからさ義姉ねえさま、と上目遣いでアクアは笑んだ。

 ちょうど朝日に彼の銀髪が反射してキラキラと輝き、満面の笑みのアクアの表情が眩しいほどアップに迫る。それだけで完成度の高い、一枚のスチルのようだ。


「これからは僕、今までできなかったぶん義姉ねえさまと仲良くしたいんだ。……駄目?」

「っ、駄目なわけ……っ!」

 そんな天使のような微笑みで迫られて、否と言えるはずがない。


 良かったぁ、とアクアがその腕に抱きつく。

「ちょっとアクア、流石にこの距離は近すぎるんじゃなくて⁉︎」

「えー? 姉弟ならフツーだよ、フツー。義姉ねえさまってば、ここはもう貴族社会の常識もしがらみも関係ないんだから、気楽にいこー?」




「たった一日で、随分と打ち解けたもんですねぇ」

 背後から、呆れたような声がした。

「クレイ? 私も驚いているのよ、これは……」


 慌てて言い訳のような言葉を口にする。

 クレイには昨日の段階で、お互いに少し分かり合えたと思う、くらいの報告しかできていなかったのだ。それでいてこの仲睦まじさを見せつけられたら、蚊帳の外に置かれた気分にもなるだろう。

「まっ、俺は関係ないから良いですけど。家族の仲が良くなったなら、良いことじゃないですか」

 そういう彼の言葉が少しだけ拗ねて聞こえてしまうなんて、自惚れがすぎるだろうか。


 シルヴィアの腕に抱きついたまま、アクアはじろりとクレイを見る。

義姉ねえさまったら、まーだこんな胡散臭い護衛、そばに置いてるの?」

「っ、クレイは胡散臭くなんかないわ、大事な護衛よ?」

「そうですね、たった一年しかクレージュ家に在籍されなかった誰かさんよりは、よっぽど身近な存在かと」

「ちょっと、クレイも挑発しないの!」


 ――えーっ、なんで二人の間にバチバチと火花が散ってるの⁉︎


 こんな展開、シナリオでも見たことないし、どう収めれば良いのかもわからない。

 慌てて(でも優雅さは保てる程度に)シルヴィアはカップの紅茶を飲み干し、にっこりと立ち上がった。

「そ、それじゃ行きましょう。アクア。オリヴァー様のところに案内してくれるんでしょう?」

「っ! うん、義姉ねえさま!」


 帰ったらいろいろ話すから、と視線にメッセージを込めてクレイを見つめれば、フッと苦笑いで息をついてクレイが見送りの支度を始める。

「はいはい、それじゃ行ってらっしゃい。おじょーさま」




○   ○   ○   ○   ○   ○   ○




 前を歩くアクアの銀髪が足取りに合わせてホワホワと揺れ動く。撫で回したくなるくらい愛くるしい光景だ。銀色のひよこのような、柔らかで愛らしいふわふわの髪。

 同じ銀色の髪なのに、一方の自分の髪は重たいくらい真っ直ぐで硬い。ウェーブを掛けたいというシルヴィアの要求にクレイが四苦八苦してようやく作り上げたのは、悪役令嬢の化身とも言えるこの縦ロール。

 可愛げのない自分にそっくりの髪質だわ、とついつい嘆きがこぼれでる。


 ……っと。そんなことを考えている場合じゃなかった。

 なにしろ、シルヴィアの立場でオリヴァーに会うのは初めてなのだ。(前世では何度もヒロインの立場で会っているけれど)

 少しでも、前情報を手に入れておかないと。

「ねぇ、オリヴァー様ってどんなお方なの? 学校の先輩だとは聞いているけど……」


「んー? 別に、なんていうか……お節介で、面倒臭い先輩」

 ちらりとシルヴィアを一瞥してから、少しぶっきらぼうにアクアは答えた。

「でも今になって考えると、すごく面倒見が良くて、色々気にかけてくれてたんだと思う。いっつも冷めてる僕のことを、本気で心配してくれる人だった。

正義に熱くて、礼儀にはうるさいけど誰にでも平等で、明るい人。……なんで僕のことにそんな気を配ってくれるのか、わかんないくらい」


「真っ直ぐな方なのね」

 話を聞く限り、ゲームでの人物像とそう乖離はなさそうだ。

 そして、ゲームの中で描写されていた水と炎の属性騎士エレメンタルナイトの関係性――何かと世話を焼きたがる炎と、それをウザがる水、というのもどうやら一緒らしい。


(それにしても学校の先輩、後輩の仲だったのね……なるほど!)


 ゲームブックでは、水・炎の関係性はあまり良くないという説明しかなかった。その割にただの属性騎士エレメンタルナイトの間柄としては妙に距離が近い二人。

 その不可思議な関係に前世の自分は妄想を捗らせていたが、こういう設定があったとは。今になって明かされる公式の関係性にニマニマが止まらない。

 幸い、前を歩くアクアにこの表情が見られることはない。思う存分、表情を緩めることができる。きっと今、自分は他人には見せられないようなデヘデヘな顔を晒していることだろう。


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