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6 悪役令嬢、義弟と再会する②


(どうしてそんな言葉を言われたんだっけ……)


 属性騎士エレメンタルナイトの執務室へと続く長い廊下を渡りながら、シルヴィアは一生懸命記憶を浚う。

 アクアに最後に会ったのはもう三年も前、まだ前世の記憶を取り戻してなかった頃のことだ。


 アクアは、元々クレージュ家の傍系に連なる一門の出身であった。

 傍系の三男ではあったものの保有魔力量が飛び抜けて多かったため、本家であるクレージュ家が彼を養子として引き取ったのだ。

 その結果、次代聖女候補と次代属性騎士(エレメンタルナイト)の二人を輩出することになったのだから、クレージュ家当主としてはこのうえないほどの成果だろう。

 いかに聖女・属性騎士エレメンタルナイトが政治に直接関係することがないとはいえ、その功績は社交界的にも無視できるものではないからだ。


(本当にお父様は貴族として優秀だこと)

 苦い気持ちで、嘆息する。


 しかし実際のところ、義理の姉弟と言っても、その実情はほぼ他人に等しい。

 家族間の交流などないまま、アクアは養子として迎え入れられて一年も経たないうちに寄宿学校へと進学してしまった。

 一応その間に何度か彼と顔を合わせたことはあるのだが、そのたび彼は心底疎ましそうにシルヴィアから目を逸らして彼女を拒絶していた。まるで、彼女の存在を無視するかのように。


 ――そして、彼が家から離れて寄宿学校に行くことになった前日。

 突然、アクアはシルヴィアに向けてそんな言葉を放ったのである。




「……この部屋ね」

 薄暗い廊下を通り抜け、水の意匠の施された扉の前までたどり着く。目的の場所まで辿り着いたことで、回想をやめた。

 今回の訪問が快く迎え入れられる可能性は、ほぼ無いだろう。それでも、これからの関係を築くための小さな一歩にはなってほしい。

 すぅ、と息を吸ってから、執務室の扉をノックする。


 「どうぞ」と答える声に、以前の面影はあるような、ないような。

 迷う暇なんて、ない。いやに重たい木製のドアを押し開けて、シルヴィアは明るい執務室へと足を踏み入れる。


「あれぇ、義姉あね上。久しぶりー」

 覚悟を決めて足を踏み入れれば、席を立つこともなく薄い水色の瞳が無感動にシルヴィアを迎え入れた。表面上は友好的だが、決して心を許していない冷めた瞳。

「ええ、久しぶりね。……アクア」

 その視線をしっかりと受け止めて、シルヴィアはにっこりと笑みを形作った。




 ――ゲーム上でのアクアは、攻略対象のキャラ付けをするのであれば、「無気力系少年(ショタ)」であった。

 ヒロインが訪ねて行っても、最初の頃は眠たげな顔でただ面倒臭そうに対応するだけ。デートの誘いをしても「疲れるからヤダ」の一言で却下されることが多く、序盤の好感度上げにはかなり苦労させられるキャラだ。


 水の属性騎士エレメンタルナイトが司るのは、「清浄」と「癒し」。

 確かに彼のマイペースで可愛らしい姿には癒される……が、そんな理由から攻略という面では、彼の性格は癒しというよりむしろプレイヤーの泣き所であった。

 ちなみにアクア攻略の鍵は、こまめなプレゼントと執務室での会話。どちらも消費ポイントの効率があまり高くない行動だ。


 少なくとも三年前の彼にそんな無気力な性格は見られなかったが、はてさて、原作シナリオは現実の彼にどのような影響を及ぼしているのやら……




「今日はどうしたの?」

 やる気のない声色。執務机に肘をついて、あどけない表情がシルヴィアを見上げる。


(くっ……!)


 ――思わず胸を突かれた。その光景が、ゲームでのものと同じだったからである。

 ふわふわな猫毛の銀髪。幼気いたいけな美少年の、媚を含んだ上目遣い。色白の肌に差す薄桃色のぷくぷくの頬っぺたが幼さを残していて、それがまた庇護欲をそそってくる。後ろの窓から差し込む光が、頬のふよふよの産毛を黄金色に輝かせる。


 いくら転生しても、オタクの魂とは完全に滅びることはできないらしい。

 別人になったはずのシルヴィアの一部が、公式の生配信に悶絶するのを感じる。


(ああっ、見える……!彼の上に「お話し」「奇跡の発現」の選択肢が浮かぶのが……っ!)


 ……もちろん、錯覚だ。


 内心悶えるシルヴィアを前に、アクアはつまらなさそうな口調で淡々と告げる。

「聖女試験が始まった今、僕も義姉上もクレージュ家とは無関係だ。僕はそこを忖度そんたくするつもりはないよ?」

「わかってるわ、そんなつもりで来たんじゃない。ただ、聖女試験が始まったから、まずはご挨拶をと思ってね。私と貴方は、知らない仲ではないんだし」


 脳内でゴロゴロと悶えている「田丸りさ」の分身を努めて無視して、シルヴィアは口を開く。

「ふーん、意外。義姉上のことだから、てっきり初日から「さっそく今後の方針の相談と、奇跡の発現を行いましょう!」とか言い出すかと思った」


 興味のなさそうな顔で、アクアは正確にシルヴィアの当初の予定を言い当てる。

「そ……、そんなせわしない進め方、するわけないじゃない!」

 ぎくり、と身体が強張ったのを、なんとかオホホ、と高笑いで誤魔化した。


 ――その高笑いが消えると、しん、と執務室は静寂に戻る。


(き……気まずい……!)


 何も言わずに、冷め切った視線でシルヴィアを見るアクア。

 その目から逃げるように彷徨ったシルヴィアの視界にはっと、あるものが飛び込んだ。

 救いを求めていたシルヴィアは、何も考えずに声を上げる。

「あら!あの絵、もしかして貴方が描いたの?」

 指差した先にあるのは、来客からは見にくい位置に掛けられた一枚の風景画だ。


「そうだけど、技巧に関して何やら述べるつもりなら――」

「もう少し近くで見て良い? これって、貴方が通っていた寄宿学校の風景?」

「あ、まぁ――そうだけど……」

 慣れない会話に頭を真っ白にさせたシルヴィアは相手の反応を気にすることもなく、会話のとっかかりを求めて飾られた絵へと突進する。




 それは、芝生広場を題材にした風景画だった。

 噴水を中心に、若者たちが思い思いの姿で憩う様を描いた絵画。その奥には、煉瓦細工の学校らしき建物も描かれている。

 色の塗り方やパースの取り方に拙さは見られるが、それを上回る温かさがある穏やかな景色。


「素敵な絵ね……」

 思わず呟いた。

「不思議……表情は描かれていないのに、皆が幸せそうにしているのがわかるわ。耳をすませば、笑い声が聞こえてきそう。春の柔らかな陽光まで感じられる。――貴方の学校生活は、きっと良いものだったのね」


「…………っ!」

 一息ついたところで、いつの間にか横へきていたアクアと目が合った。信じられないというような表情で、唖然と立ち尽くしたアクア。

 そこで、自分のやらかしにようやく気がつく。


(し、しまった〜〜〜!! アクア相手に絵の話はNGだってこと、すっかり忘れてた……!!!)


 ――そう。

 ゲーム内のアクアは、絵を描くことを趣味にしながらも、それについて何か言われることを極端に嫌がるキャラだったのだ。

 好感度の高さは関係ない。少しでも絵に関することを話したら、即終了。褒め言葉であっても、関係なし。

 わかりやすすぎるほどの徹底した禁句タブー


(知ってたのに……っ、わかってたのに、地雷原にそのまま突っ込んだなんて、私のバカバカバカっ!)


 恐る恐るアクアの様子を盗み見る。

 よほど驚いたのか、口があんぐりと開いたままアクアは硬直している。怒っている、というよりは予想外の出来事に固まっているような感じだ。


 しばらくしてようやく衝撃から立ち直ったアクアは、ぎこちなくシルヴィアの顔を見上げる。

「驚いた……、あの義姉上がそんなことを言うなんて……きみ、本当に義姉上?」

「と、当然じゃない。何を変なことを言ってるのよ」


 さっきからこの義弟、指摘が鋭すぎない?

 背中に嫌な汗を感じながらも、シルヴィアはぎこちなく笑む。


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