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36 悪役令嬢、護衛騎士と再会する


 冬の感謝祭。

 それは、今年一年の聖女の働きに感謝と祈りを捧げるアースガルドの祭典である。一年間無事に過ごせたことを喜び、聖女の慈愛にこうべを垂れ、次の年へと思いを馳せる一日。

 この日は姿を忍んで聖女がアースガルドに降り立つ日といわれており、女性たちは聖女が気兼ねなく祭りに加わることができるようフード付きの外套で顔を隠して祭りに参加する。

 元々これは、教会で行われていた小さな行事だった。しかし、アースガルドが豊かになるにつれ祭りの規模は拡大していき、今では街ぐるみで行われる大きなイベントとなっている。


 ――そう、つまりは。久々の、強制イベントである。




義姉ねえさま、本当に一人で行くの? 絶対に邪魔をしないから、僕を連れて行ってよ。義姉ねえさまが心配なんだ」

 アースガルドへと続く転移陣。その前でシルヴィアを待ち構えていたのは、アクアだった。

 うるうるとした瞳で上目遣いにねだるその姿を目にすると、庇護欲をくすぐられるその愛らしさに何も考えず頷いてしまいそうになる。しかし、シルヴィアは断固とした意志で首を振った。


「ごめんね、アクア。心配をかけるのはわかってるけど……今日は、私一人で行きたいの。確かめたいことが、あるから」

「あの護衛騎士……クレイのこと?」

 見透かされて、思わず肩が跳ねる。


「なっ、貴方気がついて……!」

「そりゃあ、もう。義姉ねえさま、すっごくわかりやすいもん。嫌でもわかっちゃうよ」

 寂しそうにそう言うと、ねぇ義姉ねえさま、とアクアはシルヴィアの手を取った。アクアの真剣な瞳が、じっとシルヴィアを見つめる。まるで冬の湖面のようなまっすぐにキリリとしたその瞳。


「僕じゃダメなの? 僕だったら、絶対に義姉ねえさまを悲しませたりしない。聖女になっても、ずっと傍に居る。きっと幸せにするから……」

 それは、笑って流すことのできない真剣な告白だった。

 必死の覚悟で、アクアは訴える。傷つきに行くことはない、僕に守らせて、と……


 それでも、シルヴィアは切ない表情で首を振った。

「ありがとう、アクア。貴方の気持ちはすごく嬉しい。……でも、ごめんね。駄目なの。それでも私は、どうしてもクレイのことが……」

「……うん、わかってた。ただ、伝えたかったんだ。……行ってらっしゃい。義姉ねえさまの想いが実ることを、願ってる」


 傷ついた顔で、でも精一杯笑顔を作ってアクアはシルヴィアを見送る。

「ありがとう、アクア」

 慰めも言い訳も、却って彼を傷つけるだけだろう。シルヴィアはそれ以上振り返らずに、転移陣へと足を進めた。


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