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34 護衛騎士、回想する③


「君が、教会が紹介してきた人材かね」


 ――クレージュ家の当主に出会った途端、クレイは昔の感覚を思い出した。そうだ、人はこうして嘘にまみれた顔をしているのだったと。


「ふむ、その年で教会推薦とは立派なものだ。娘の護衛、是非ともよろしく頼むよ」

(教会が余計な口出しをしおって。監視は目障りだが、次代聖女は奴らにとっても貴重な存在。教会の狗を護衛に一匹つけるぐらいは、致し方ないか)


 にこやかな口調と、その裏で吐き捨てられる男の本音。そのどちらをも受け止めて、クレイは頭を下げた。

「はい、必ずや次代聖女となる方を守り抜きましょう――」

 



 次代聖女、シルヴィアという少女と過ごして、ひと月。早くもクレイは結論を出していた。

 彼女ほど、聖女に相応しい人間はいない。彼女であれば、何の未練もなく聖域につくことができるだろう、と。


 クレージュ家当主による教育は無駄なく、そつなく、そして徹底的に管理されていた。知識を与えども体験は与えず、感性を教えながらも情緒の芽を摘む。

 必要な知識、必要な感情、それらを一貫して施されたシルヴィアに、未練など芽生えるはずもなかった。彼女はただ、聖女になるために育てられたのだから。


 今日も彼女は小さな身体に不釣り合いなほど分厚い本を持ち、家庭教師のもとへと向かう。

 「立派な聖女になるためには、一日も休んでいる必要はないのよ」と、一人前に淑女レディの口調で言いながら。

 傍に控え続けていたことで、少しずつシルヴィアはクレイと言葉を交わすようになってきた。彼女の言葉に嘘はなかったけれど、心もなかった。ただ、空っぽの器に入れられた言葉を出力しているだけ。


 ――ああ、これくらい機能的な人間であれば、アンナのような後悔を抱くこともないだろう。


 そう、クレイは安堵の息をつく。

 その評価は変わることがないと。……そのときはまだ、そう思っていた。




 最初のきっかけは、家庭教師の都合による突然の休講だった。

 「それなら、部屋で自習をしなきゃ」と、即座にきびすを返そうとしたシルヴィアに口をついて出たのは、気まぐれが引き起こした提案。


「せっかく時間ができたんだし、花見でもしていきませんか? おじょーさまにだって、多少の休息は必要ですよ」

「でも、庭園のリエッタはまだ咲いていないわよ?」

 意外にも休憩の提案を一蹴されなかったことに、クレイの口角は思わず上がる。

「花見をする場所は、庭園だけじゃないんですよ、おじょーさま」


「ちょっとクレイ、ここ、使用人の畑がある方向じゃない? 花なんて、どこに……」

「良いから、良いから」

 シルヴィアのいぶかしげな反応を無視して、クレイは彼女をお目当ての場所へと誘導する。

 その場所へと着いた途端、気乗りしなさそうだった彼女の表情が、驚きへと塗り替えられていった。

「なにこれ……すごく、綺麗……」

 シルヴィアの口から、驚嘆の声が洩れる。


 畑一面に広がるのは、絨毯のように敷き詰められた桃色の花たちだった。まるで手毬のように丸くて小さい愛らしい花は柔らかな風に揺れ、畑の模様をさざ波のように変えていく。

 素朴な春の風景。それは生き生きとした生命の芽吹きを全力で歌い、春の到来の喜びを表現する。


 シルヴィアは目の前の光景に息を呑み、驚きのあまりあんぐりと口を開けたままその場に立ち尽くしていた。……予想以上の反応だ。

「グローサの花です。畑では冬から春になる間、グローサを植えるんですよ」

「っ! これがグローサ! ……ええ、農業の本で読んだことがあるわ。収穫のできない冬の終わりにグローサを植えて鋤きこむことで、土の栄養を与えて畑を元気にするんだって」


 一貴族の少女がそんな知識まで履修済みであることに、クレイはあらためて舌を巻く。彼女の勉強量の多さには、驚かされるばかりだ。

「……でも、こんな可愛らしい花を咲かせるなんて知らなかった。本で得た内容は実用的な話ばかりだったから。……こんなに綺麗な姿を見せるなら、芝生広場に植えても良いのに」

「グローサの花は、三日程度しか保たないんですよ。だからこそ、春を伝える風物詩として庶民の間では愛でられているんです」


 その反応の良さに気を良くしたクレイは、畑に踏み込んでグローサの花を手折る。

「……抜いてしまうの?」

「ええ。グローサの花には、別の楽しみ方もあるんですよ。ちょっと待ってくださいね……と。ほら、見事なもんでしょう」

「……っ!」


 感嘆の声すら出て来ないような感極まった表情で、シルヴィアはグローサの花でできた花冠を受け取る。キラキラした目で手の中の花冠をためつすがめつして観察する彼女の顔は、今まで見たこともないほどの喜びであふれていた。

 しばらくじっくりとそれを鑑賞してから、「えいっ」とシルヴィアは花冠をかぶる。


「どうかしら? 似合う?」

「……ええ。とても、お似合いですよ」

 頬をバラ色にしてきらきらとした表情でこちらを見るシルヴィアは、まるで花の妖精のように可愛らしい。

「私も、クレイの花冠を作ってあげたいわ。作り方を教えてくれる?」

「もちろんです、おじょーさま」


 ――その笑顔が、年相応のとても眩しいものだったから。

 クレイは、深く考えずに思ってしまったのだ。もっと、彼女の喜ぶことをしてあげたいと。いろんな美しいものを見せてあげたいと。


 ……それが大きな矛盾なのだとは、そのときの彼はまだ、気づいていなかった。


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