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30 悪役令嬢、訣別する②


 ――クレイが姿を消して、二週間ほどが経った。


 表面上は普段どおりに振る舞いながらも、シルヴィアの胸にはぽっかりと大きな穴が空いたままだ。

 何をしていてもどこか上の空で、集中できない日々。最後に心から笑ったのはいつだったろう。


 日常生活は問題なく送れている。

 元々クレイが担当していた身の回りの諸々は、妖精が引き継いでくれたらしい。

 朝起きれば食卓には食事が並んでいるし、鏡台の前に座れば身だしなみは整う。それでも、言葉の通じない相手との生活は虚しい。

 クレイと交わしていたちょっとした会話がこんなにも一日のハリになっていたのだな、と失って初めて気づく。

 でも、今更それに気づいたところで何にもならない。


「ふぅ」

 机の上に現れた手紙に目を通してから、シルヴィアはそれをくしゃりと丸めた。

 ハルカからの様子を心配する手紙は、ここ数日毎日のように届いている。お話聞きたいのでお茶でもどうですか、と誘う文面に、彼女はまだ一度も返事を返せていない。

 ――聖女候補としてなすべきことには、ちゃんと取り組んでいるはずだ。今はそれ以上のことを、自分に求めないでほしい。彼女の優しさすら……今はとても煩わしい。


 身支度を終え、淡々と外出の準備を整える。


 ――そこで。


「ピンポーン」

 唐突に、部屋の呼び鈴が鳴った。


 属性騎士エレメンタルナイトの誰かからのお誘いだろうか。申し訳ないけれど、しばらくはお喋りに興じるような気分になれそうもない。お断りをさせていただこう、と無防備にドアを開けた……その瞬間。


 ドアの隙間から、ガッと勢いよく手が伸びてきた。抵抗する間も無く、外側からの強い力でドアが簡単に開け放たれる。そのこじ開けた空間から、誰かが体当たりをするような勢いでシルヴィアへと駆け寄る。

 あっという間の早業。シルヴィアには、身構える隙もない。


「おはようございます、シルヴィアさま! 今日は属性騎士エレメンタルナイトの皆さんと外でお茶をしようってお話になったんです! 支度も何もかもできていますから、一緒に出掛けましょう!」




 相変わらずの、相手の顔色を読まないハルカの全力タックル。

 体当たりこそしてこなかったものの、その勢いでガシッと力強く両手を握られる。


 太陽のように明るく、分け隔てなく周囲を照らすハルカ。クレイとの訣別の原因であるはずの彼女を、それでもシルヴィアは憎みきれずにいる。


「えぇとハルカ……気持ちは嬉しいのだけれど、私は……」

「無駄ですよ、シルヴィアさま! 今日フリーの属性騎士エレメンタルナイトの方は、すべて抱き込み済みです。シルヴィアさまが執務室へ行っても、誰も居ません!」


 だから行きましょう、と、どや顔のハルカが右腕をしっかりと抱く。

「ちょ……ちょっと……」

 その勢いに呑まれ、拒絶の言葉もままならぬままシルヴィアは引きずられて行く……




○   ○   ○   ○   ○   ○   ○




「おや、ハルカ様。本当にシルヴィア様を連れて来られたのですね。やはり貴方にお願いして正解でした」

 テラス席でカップを並べながら、フォーリアがにこやかにシルヴィアを迎えた。

「はい! 無理やり連れて来ました!」

 満面の笑みで、ハルカは悪びれずに胸を張る。


「無理をお願いして申し訳ありません、シルヴィア様。最近の皆さんには疲れが見えてましたので、思い切っておやすみをしようとハルカ様と私で提案したのです。

――今日は冬の朔日ついたち。皆で風花かざはなこずえ落としを眺める一日としませんか」


「根を詰め過ぎては、却って効率は下がってしまう。適度な休息は必要だ。ハルカ殿の提案も、もっともだと思ってな」

 属性騎士エレメンタルナイトの中で一番厳格なアースが、フォーリアの言葉を肯定する。目尻が多少緩んでいるところを見るに、彼もこの集まりに満更ではないようだ。

 実際に見回してみれば、アクアを除く四名の属性騎士エレメンタルナイト全員がその場に顔を出していた。

 唯一の欠席者であるアクアは昨日、シルヴィアと奇跡の発現に取り組んだばかり。今日はダウンしているのだろう。


 確かにこれでは、この場に参加しなくとも聖女試験を進めることはできない。

 シルヴィアは諦めたようにゆっくりと頭を振ると、手招きに応じてテラス席へと歩みを進めた。




「……温かい」

 注がれたお茶を飲んで、思わず呟いた。

 季節は冬へと突入した。もう気温はずいぶん低くなり、朝晩に吐く息は白く曇るほど冷え込みは厳しくなってきている。それなのに、渡されたお茶はまるで今沸かしたばかりのようにもうもうと湯気を上げ手の中で熱を伝えてきているのだ。お茶の入っているポットはガラス製で、保温性には優れていないのに不思議なことだ。


「お気づきですか!」

 対面に座っていた雷の属性騎士エレメンタルナイト、ライカがカップを脇に置いて身を乗り出す。

「実はこれ、ボクの新しい発明なんです! このポットの下に敷いているコースターの機構が特徴でして……」

 活き活きと自身の発明について語り始めるライカ。普段なら夢中で聞くはずのその話をぼんやりと聞きながら、シルヴィアは漫然と焼き菓子をつまみ始める。


「……大丈夫ですか?」

 気がつけば、ライカの説明は終わっていたらしい。気遣わしげな視線がシルヴィアに向けられていた。

「あっ、ごめんなさい。少し考え事をしていて……」

 失礼なことをしたと慌てて謝罪を口にするが、ライカは首を振る。


「違います、今だけの話じゃないんです。シルヴィア様は、最近ずっと元気がない。ボクだけじゃない。皆、心配してますよ。何があったんだろうって。シルヴィア様は自分に厳しい方だから弱みを見せられないのかもしれないですけど……ボクも含めて皆、シルヴィア様の力になりたいって思ってます。何かあったら、頼ってほしい」

「あ、ありがとうございます……」


 ライカは技術や発明の話以外では、あまり饒舌じょうぜつな方ではない。そんな彼がたどたどしくも必死にシルヴィアのことを気遣ってくれている。そのことに感動しながら、シルヴィアは感謝を述べる。

「いーえ、最初にシルヴィア様に助けてもらったのはボクの方ですから。

……以前のボクは、友人というものを信じてなかった。周囲に人が居るのはこの発明があるからで、本当のボクを好きだからじゃないって思い込んでました。ボクは発明のこと以外はからきしダメで、迷惑をかけてばっかりだったから……そんな僕自身が好かれることなんてないって固く信じこんでいた。それを変えてくれたのが、シルヴィア様です」

 にっこりと笑って、ライカはシルヴィアの顔を見上げる。


「『そんな風に思うならいっそ、【役に立たないもの】を発明してみたら?』ってシルヴィア様に言われたときはびっくりしました。この人は何を言ってるんだろうって。発明は役に立つものじゃなきゃならないのに、って……でも、その言葉が妙に忘れられなくてボクが作った発明品。――シルヴィア様は覚えてますか?」

「ええ、もちろん。ドーナッツ・スタンド……よね」

 例のあの品のことを思い出すと、それだけで口元に微笑みが浮かぶ。


 ――ドーナッツ・スタンド。

 中心の柱にドーナッツを突き刺すと、柱がくねくねと踊りだす……ただそれだけのオモチャである。

「最初にあれを見たアクア君が、笑いながら言ってくれたんです。『ライカ、お前最高だな!』って。……あんなくだらない、なんの役にも立たないシロモノに。

そのときボクは、目から鱗が落ちる思いがしました。役に立たないものでも喜んでもらえるものがある、それを一緒に笑える人が居るんだ――って。今までも見えていたのに、気づいていなかったこと。それが、あんな簡単なことでわかるようになるなんて思いませんでした」

 そう言ってから、少し声を落としてライカはにやりと言う。

「ドーナッツ・スタンド事件は、本当に笑えましたよね」

 当時の事件を思い出して、鬱々とした気分だったシルヴィアもつい吹き出した。


 以前、こうして属性騎士エレメンタルナイトの皆とお茶会をしたとき。なにが原因だったのかは思い出せないが、アクアがアースを怒らせてしまったのだ。

 くどくどと説教を続けるアースと、身を縮めるアクア。楽しいはずのお茶会は気まずいものになりかけていたのだが……どのような巡り合わせか、怒るアースの後ろにはくねくねと踊るドーナッツ・スタンドが配置されていた。

「すごい奇跡でしたよね、アレ。アース様のお説教に、背後であいの手を入れるかのように踊るドーナッツ・スタンド。あれがもう、ラップのセッションに見えて見えて……ボクは笑わないようにするのに必死でした」

「途中で怒られているアクアも気がついて、可哀想だったわ。肩を震わせてぷるぷるしながらも一生懸命堪えて……」

「それなのに、オリヴァーったら気づいた瞬間に爆笑したんですから! 皆、必死に笑わないようにしてたのに……」

 ふふふ、と自然な笑みがこぼれた。ゲーム本作では見たことのない、オリジナルのイベント。あのときは、涙が出るほど笑い転げたものだ。


「ちょっと近寄りがたかったアース様がボクらと交流するようになったのも、シルヴィア様のおかげです。皆、シルヴィア様が大好きなんです。ボクらにできることがあったら言ってください」

 真面目な顔で、一生懸命言い募るライカ。その姿を見て、知らないうちに自分にはこんなにも頼れる味方ができていたのだな、とシルヴィアは実感する。

 最初のうちは周囲を警戒して、フードにその顔を隠して俯いていたライカ。そんな彼も今ではフードを外し、まぶしい金髪を惜しげもなく晒してまっすぐにシルヴィアを見つめている。

 ――自分の過ごしてきた時間は、無駄ではなかった。そう感じられるのは、本当に嬉しい。

「きっと、ハルカ様もフォーリアも同じように思ってると思います。だから、こういう集まりを企画したんでしょうね」

 ライカの言葉に、シルヴィアは素直に頷いた。


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