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28 悪役令嬢、初めてのデート⑥


「アリス、無事だったか……!」

「お父さん、お父さん怖かったよぅ……!」


 ――それから数時間経って。

 通報を受けた騎士団が駆けつけ、涙の再会が繰り広げられた。


 攫われた人たちが隠されていたのは、入り組んだ岩礁に隠されていた洞窟の中。人攫いたちが口を割らなければ、この場所に自力で気づくことは困難だっただろう。


「ふぅ、これでひと安心ね」

 離れた場所でその様子を見届けていたシルヴィアは、その光景を見てホッと息をつく。

 これ以上の面倒事はごめんだとぼやきながらも、騎士団への通報は匿名でクレイが行なってくれた。匿名の通報で適切に処理されるか心配していたのだが、この様子ならもう問題ないだろう。

 そっとその場を後にする。




 海辺へ来たときはまだ日暮れどきだったのに、時刻はもうとっくに夜を迎えている。

 大きな月が、シルヴィアを照らす。街の明かりは遠いと言うのに、月の光はシルヴィアの足元に影を投げかけるほど明るかった。


「クレイ、ありがとう。……あの時は、貴方の警告を無視してしまってごめんなさい」

「いーえ、お気になさらず。おじょーさまに怪我がなくて、良かったです。……最低、って言われたのには傷つきましたけど」

「っ! 本当にごめんなさい! あれは本意じゃなかったの!」


 わかってますよ、とシルヴィアの慌てた弁解に、クレイはニヤリと笑った。

 ――どうやら揶揄われただけだったみたいだ。クレイの反応に、先ほどのことを根に持っている様子はない。


「でも……どうしてあの女の人の言うことが嘘だってわかったの? 他に攫った人はいない、って言葉も即座に嘘と見抜いていたし……」

 あの時不思議に思った疑問を、改めてクレイにぶつける。


 うーん、と少し困った表情でクレイは頬を掻いた。

「最初の話が嘘だってわかったのは、通り過ぎた岩陰の上に物騒な男が構えているのが見えたからだし、他にも被害者がいるなって思ったのは手慣れた手口で初犯じゃないと判断できたから……と説明すれば、おじょーさまは納得してくれるんでしょうけど……」


「……そうじゃないの?」

 ――何が言いたいのだろう。シルヴィアは慎重にその言葉の意味を問う。

 少し前方を歩いていたクレイが、ゆっくり振り返った。


「――そうですね。俺には、おじょーさまにお話ししていない……ある、秘密があるんです」


 ズザザ、と風が足元を吹き抜けていく。

 その後に残るのは、闇の中で潮騒が奏でる静寂。


 シルヴィアはその言葉の続きを待ち構えながら、ゆっくりと唾を飲んだ。




○   ○   ○   ○   ○   ○   ○




「おじょーさま、俺を……俺の眼を、見てください」


 静かな口調。クレイは右手で両目を覆いながら、シルヴィアへと向き直る。

 そして、目を隠していたその手を……ゆっくり、外した。


「…………っ!」


 そこにあるのは、初めて目にしたクレイの瞳。

 瞼の奥に隠されていたその瞳は、しっかりとシルヴィアを見据えていた。


 髪と同じ、ハシバミ色の優しい目。

 右目は、シルヴィアが夢想した通りのカタチ。


 ――でも、左目は。


 夜の闇の中だというのに、それはまるでそれ自体が発光しているように淡く輝いている。

 血のように赤い……ルビーの瞳。その表面に浮かび上がるのは、魔法陣のような複雑な紋様。――それは、思わず足が竦む不吉な姿だった。




「それは……一体……」

 呆然とその姿に見入りながらも、シルヴィアはなんとか喘ぐように声を上げた。


「これはね、妖精の眼なんです」

「妖精の眼? 妖精を見ることができるってこと……?」

 いいえ、とクレイは首を振る。

「妖精を見るだけなら、それほど珍しくはありません。波長さえ合えば、普通の人間にも妖精は見ることができる。……あなたのライバル、ハルカさんのように」


 俺は、と呻くようにクレイは言葉を続ける。

「俺は、何の因果か、人間の身体で妖精の眼を持って生まれてきてしまった。

……妖精の眼はね、妖精が見えるだけじゃない。そのものの本質が見えるんです。だから俺には、嘘が通用しない」


 そこまで言ってから、クレイはふぃっと顔を逸らす。

「すみません、不気味なものをお見せしました」

「不気味だなんて、思っていないわ! とても……綺麗」


 思わず飛び出したシルヴィアの言葉に、クレイは驚いた顔をする。

 その瞳の特性で、彼女の言葉が本心だとわかったのだろう。


「クレイは……そんな大変な能力を抱えて生きてきたのね。……ありがとう。隠すこともできたのに、私にそれを教えてくれて」

「気味が悪いって思わないんですか……? 俺を遠ざけたくなったのでは? 俺は、貴方の嘘を剥き出しに見てしまう、厚かましい墓暴きなんですよ……?」

 ――傷つきたくないのに、それを訊かずにはいられない。

 クレイの悲鳴のような糾問は、まさにハリネズミの体当たりだった。相手を傷つけるか、自分を傷つけるかの二択しかない体当たり。


「そんなふうには思わないわ」

 クレイの言葉を聞いてもなお、シルヴィアはふわりと笑う。

「嘘がバレてるって恥ずかしいけど、でも私、元々クレイに嘘をつくことはあまりしていないもの。変わらないわ。

……そんなことより私、クレイがそうやって悩んでいるのに気づけなかったことを悔しく思っている。長い間一緒に居たのに、一人で抱えさせてしまって……ごめんなさい」




 泣きそうな表情でシルヴィアの言葉を聞いていたクレイは、ガバリと砂地の上に膝をついた。

「クレイ……?」

 何かを決意したような固い表情で、クレイはシルヴィアを見つめる。


「ありがとうございます、おじょーさま。こんな大事なことを今まで隠していたことに、まずはお詫びを。

――そして、騎士の名に於いて、改めて誓いましょう。俺の一生は、剣と共にすべて貴方に捧げます。貴方が俺に嘘をつけないのと同様に、俺も貴方に対して口にすることは真実のみと誓いましょう。……どうか、貴方の盾となることをお許しください」


 朗々と騎士の誓いを口にしたクレイは、恭しくシルヴィアの手を取る。

「……許します」

 震える声でシルヴィアが受ければ、クレイはその手に自らの唇を押し付けた。ちゅ、と冷たく柔らかい質感が手に触れ、そして離れていく。


「ありがとうございます、おじょーさま」

 膝をついたまま、クレイはシルヴィアの顔を仰ぎ見る。その目は、いつの間にか普段と同じ糸目に戻っている。

 それでもその視線から伝わる忠誠心や敬愛の念は痛いほど伝わってきた。




 ――嗚呼、好きだなぁ。


 クレイの真っ直ぐな視線を見て、シルヴィアはすとん、とごく自然にそう思った。


 わかっていた。

 もうこの思いは「最推し」や「萌え」で片付けられるものではなくなっていたことを。

 前世の知識など関係なく、これまで築いてきたこの関係が、彼が愛おしいということを。


 今、初めて見せつけられる。

 この感情は、恋だと。

 自分は、クレイが欲しいのだと。誰よりも近い存在でありたいのだと魂が叫ぶ。




 ――だからこそ、悲しかった。


 シルヴィアがこの場で望んでいたのは、騎士の誓いではなかったから。




 ――シルヴィアはただ、クレイに抱き締めて欲しかったのだ。


糸目キャラが目を開く瞬間! 良いですよねぇ……

邪気眼とかオッドアイとかもいまだに惹かれる、万年厨二病患者です。

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