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27 悪役令嬢、初めてのデート⑤


 ハッと立ち上がって、シルヴィアは悲鳴のした方角へと急いで走り出す。

 その横には、ぴったりとクレイがついてくれている。不安はない。


 大岩を横切れば、その向こうに力なく座り込んでいる女性が目に入った。


「大丈夫ですか⁉︎」

 駆け寄ると、女性は震える指で海の方を指差す。

「子供が……子供が、波に浚われてしまって……誰か、助けを呼んで! そこの貴方、泳げるのであれば救助を……!」


「……!」

 指さされた方角に目をやる。暗くてよく判別できないものの、波間に浮かぶ子供の頭らしきものが見え隠れしているのがわかった。


「お願い、息子を助けて! 息子を……!」

 駆けつけた二人が、唯一の希望の光に映ったのだろう。

 女性はクレイの腰の辺りにしがみつき、必死に言葉を募る。パニックに陥っているのか、息子の命綱となる人間を逃すまいと、その力はかなり強い。


「っ! 私が助けを呼んできます! クレイ、その人を見てあげて……!」

 ――そう言って、シルヴィアが身をひるがえしたところで。


「ダメです!」

 クレイの厳しい声が、シルヴィアの足を止めた。




「クレイ……事態は一刻も争うのよ? そんなこと言ってる場合じゃ……」

「おい女、手を離せ。今ならまだ、手荒な真似はしない」

 シルヴィアの声を無視して投げつけられる、凍りつくような冷ややかなクレイの声。

 それが助けを求める女性に向けられたものと知って、シルヴィアの頭に一気に血が上る。


「何言ってるの! 助けを求める女性にそんなこと言うなんて……最低! 邪魔しないで!」

 とにかく人を呼んでこようと、数メートル駆け出す。


 その後ろで、突然。


 ガシャン、キーン!

 その場に似つかわしくない金属の衝突音が響き渡った。




 何事かと、反射的に振り返る。

「クレイ……?」

 振り返ったシルヴィアの目に、突然湧いて出てきたとしか思えない、二人の屈強な男たちが飛び込んできた。


 クレイの一・五倍は優にありそうな体躯の二人の大男は、鉄棒と見紛うような大剣を振り上げて猛り狂っている。

 その矛先にいるのが……そんな大男相手に小型のダガーを構えたクレイだった。


「何……何が起きているの……?」

 状況を把握できず、救助を呼ぶつもりだったことも忘れて、シルヴィアは呆然と足を止める。


「うおおおぉおおお!」

 雄叫びを上げながら、大男がクレイに向かって大剣を振り下ろした。その勢いを示すように、剣が叩きつけられた大地からは、砂埃がもうもうと舞い上がる。


 ひらりと、軽やかなステップでクレイはそれを避けた。

 しかし、逃げた先には既にもう一人の男が突進している。猪のような、巨大質量の体当たり。あれにぶつかられたら、馬だって吹っ飛ぶだろう。

 しかし、それに目をやったクレイは、逆にその男の懐に飛び込む。そして男の勢いを利用して、自分よりもひと回り大きいその身体を投げ飛ばした……!




 状況はわからないが、クレイが襲われているのは間違いない。

 どうしよう、とシルヴィアが立ち竦んだところで。


「ひっ、こっ、この女がどうなっても良いのかい!」

 突然、背後から腕が回り、羽交い締めにされた。……いや、正確にはされかけた。


 後ろに人の気配を感じた瞬間に、シルヴィアの脇を何かが通り過ぎていく。

 それと同時に衝突音が響き、羽交い締めしようとしていた気配はふつりと離れる。


 背後を見れば、そこに居るのは溺れた子供の助けを求めていたはずの女性。

 そして前方には、ナイフを投擲した姿勢のままの姿勢でこちらを睨み付けるクレイの姿があった。

「シリーに、手を出すな……!」


 気がつけば、クレイと刃を交えていたはずの大男たちは、ぴくりとも動かず砂地に伏している。

 ……一体、いつの間に片をつけたのだろう。


「クレイ……!」

「おじょーさま、ご無事ですか……! お怪我は……?」

 シルヴィアが駆け寄ったことで、クレイはようやく険しい表情を緩める。

 彼の言葉遣いが元に戻っているが、この際そんなことはどうでも良い。


「貴方こそ、大丈夫? 私は何ともないけど……一体、何が……」

 突然襲いかかってきた男たちは何者なのか、波に浚われた子供はどうなったのか、状況に追いつけないシルヴィアの疑問はつきない。




「人攫いの一味でしょうね」

 大男たちを縛り上げながら、クレイはあっさりとその疑問に答えた。

「ああやって子供が溺れたと嘘をついて、男女を引き離す。そうして目をつけた人間を攫っていたんでしょう」

「私、騙されていたの……?」

 今になってようやく、自分の置かれていた状況を理解する。


「ええ。可愛らしいおじょーさまは、危うく人攫いに連れてかれるところだったんですよ、……っと」

 会話を進めながらも、クレイはてきぱきと事後処理を進め、最後の女性を抱え起こす。

 その右肩に根元まで刺さったダガーが目に入って、シルヴィアは思わず目を逸らした。逸らした視線は、砂地に落ちたナイフへと吸い寄せられる。クレイが女の手から弾き飛ばしたナイフ。切れ味の鋭い、簡単に皮膚を切り裂けそうなそのやいば

 後ろから襲い掛かられた瞬間は、本当に怖かった。クレイが適切に動いてくれなかったら、今頃自分はどうなっていたことか……それを考えると、今更ながらにゾッとする。


「おい、起きろ……おい」

 クレイはぐったりと昏睡する女性の頬を容赦なく叩く。

 ぼんやりと目を見開いた女はしばらく視線を彷徨わせてから、ようやく事態を把握したらしい。ぎょっとしたように顔を強ばらせた。


「状況はわかるな? あんたたちはもう詰んでいる。他に攫った連中はどこへ隠した?」

「他の連中なんて……居ない。今回が初めてで……」


 ポキ、と軽い音がした。

「〜〜〜〜っ!」

 女性の目が大きく開かれる。口を塞がれながらも、くぐもった獣の悲鳴が漏れ出す。

 反射的に、シルヴィアの肩もびくりと跳ねた。


「わかるかな? 俺は今、ひっじょーに怒ってるんだ。貴重な、たった一日の休暇をこんなことで台無しにされて。……時間が惜しい、もう一度聞く。他に、攫った連中は?」

 決して声を荒げないまま、クレイは穏やかに尋問を続ける。それなのに、彼の微笑みをたたえる表情が大変怖い。


 堪えきれず、女は悲鳴を上げた。

「わかった! 言う、言うから……!」


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