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21 悪役令嬢、負けイベントに挑む⑦


 状況を把握できていないシルヴィアを前に、クレイは無造作に剣をふるう。


「〜〜〜っ!」

 苦しげな呻き声をあげ、魔物は飛び退くようにクレイから距離をとった。


 どさり、と遅れて黒い塊が地面へと落ちる。

 目を凝らして、それが魔物の前足だということに気がついた。丸太のように太く、分厚い毛皮の鎧で覆われている魔物の腕。それがなんとも力なく、地面に転がっている。


(嘘でしょう……? ウサギ大の魔物の討伐に三十人の騎士が必要と言われているのに、たった一振りで……?)


 涼しい顔で、なんて人間離れした技を持っているのか。

 護衛として腕が立つという評判は聞いていたが、こうして実戦に立つ彼を見るのは初めてだ。頼もしく、凛々しい後ろ姿から目が離せない。

 それでも相手は、大型の魔物だ。実力があることはわかったが、シルヴィアを背に庇ってクレイが果たしてどこまで実力を発揮できるだろうか。不安は膨らんでいく。




 注意深く距離をとっていると見せかけた魔物が、動いた。

 影を縫うように、静かに忍び寄っていた大蛇の尾。それが一瞬の隙をついて、しゅるしゅると剣を握るクレイの右手へと絡みついたのだ。瞬く間に拘束されてしまう彼の利き腕。黒い尾が、呪いのように彼の右腕を締め上げていく。

「クレイ……!」

「おや、そちらから来てくれるんですか」


 悲鳴を上げたシルヴィアとは裏腹に、クレイは酷薄に笑った。

 ぐい、と右手に絡みつく尾を逆に自分のもとへ引き寄せ、クレイは腰を落とした。――いつの間に持ち替えていたのだろう、気づけば左手に持ち替えられた剣の刀身がキラリと光る。


 ――目にも止まらぬ一閃。

 呆けたような沈黙の後に、ザパァ、と切り離された尾の切り口から黒い血飛沫が上がった。


 ギィヤァアア、と森を揺るがすような魔物の悲鳴が轟く。切り離された尾がクレイの右手をキツく締め上げ、苦しげにのたうつ。


 しかし、それもほんのひと時の間。

 すぐに切り離された大蛇は、くたりと力を失う。


 剣を構え直し、クレイは静かに魔物へと歩みを進める。その顔は穏やかだが、その背に憤怒の鬼神を負っているように見えるのは気の所為だろうか。

「さて、おじょーさまをおびやかした害獣を、どう調理したものか……」

「アクアさま! こっちに魔物の気配が!」

義姉ねえさま、無事⁉︎」


 クレイがとどめを刺そうと歩き出したところで、突然聞き覚えのある声が乱入してきた。さすがのクレイも毒気を抜かれた顔で足を止める。


 ――躊躇いは、一瞬。

 クレイは剣を手にしたまま、にこやかな表情でシルヴィアに向かって首を傾げた。今まで命のやり取りをしていたとは思えないほど柔らかで、楽しそうな表情。

 瞳を見せない細い目が、なにかを期待するようにシルヴィアの視線を絡めとる。言葉を失っている彼女を前に、クレイはおもむろに口を開く。

「俺――、格好良かったですか?」

「は……?」

 質問の意味がわからず硬直するシルヴィア。しかし、クレイはそれ以上言葉を重ねない。ただもう一度にっこりと笑って首を傾げると、身を翻して木々の隙間へと溶けていく。


 それと入れ替わるように、ハルカ・アクアの二人が現れた。




(ここ……、イベントのスチルのシーンだ……!)


 そのタイミングで、ふいにシルヴィアは思い出した。

 手負いの魔物が咆哮するのを前に、腰を抜かしたシルヴィア。そこに颯爽と現れたハルカと攻略対象……まさにこの、今の状況が、今回のイベントで手に入るスチルシーンなのだ。


 そこから攻略対象とハルカが力を合わせ、魔物を討伐するのが本来のストーリーの流れ。


(状況はスチルそのものだけど、こうなるまでにこんなクレイの活躍があったなんて……!)


 主人公の登場で気が抜けたのか、まだ事態は解決していないのに脳内はメタ思考に侵されていく。

 もうここからは自分の出番は必要ないという安心感に、意識が緩む。




「水の奇跡を使うよ、加護をお願い!」

 アクアの声に、シルヴィアは何も考えず反射的に魔力を合わせていた。

 先ほどまで自身の内から水の魔力を汲み出していたこともあり、シルヴィアの魔力はスムーズに放出され、アクアのそれと混ざり合っていく。


 加護を得た水の魔力は増幅し――


「滅せよ……!」

 アクアの声と共に、魔物の身体が丸ごと凍りついた。


 そして。

 一瞬の間の後、パリィィィンと透明な音と共に、その身体は細かく砕け散っていく。




 日の光を反射しながら降り注ぐ氷の欠片。跡形も残さず、魔物は細かい破片となって風に舞って崩れていく。小さな虹がいくつも生まれ、空に消えていく。

「綺麗……」

 空を見上げたハルカが、場違いにのんきな感想を呟いた。


 シルヴィアもその言葉を諌めることも忘れて、目の前の光景に見惚れてしまう。


 ――格好良かったですか?

 耳元で、クレイの言葉が蘇った。冗談めかしながらも、じっと見つめる熱いその視線。


「もしかして……」

 思わず呟きがこぼれた。


 ――クレイは、私がフォーリア様を格好良いと言ったことを、気にしてる……?


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