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2 悪役令嬢、前世を思い出す②



 『アースガルド・ストーリー』。

 それは、前世の自分、「田丸りさ」が夢中になってプレイした乙女ゲームだ。

 さらに言えば、彼女のその後の人生をオタク街道まっしぐらに駆け抜けるきっかけとなった、思い出深い作品でもある。

 「田丸りさ」という人物の「人生を変えた出会い」だったと言っても、過言ではない存在。それこそが、この『アースガルド・ストーリー』である。


 ――まだ「乙女ゲーム」という単語すらなかった時代の、記念すべき第一本目として生まれた本作。

 このオリジナリティ溢れるジャンルは当時大いにヒットし、『アースガルド・シリーズ』はその後長く続くブランドとなった。


 若かりし「田丸りさ」も、その初めての乙女ゲームに熱狂した一人である。めくるめくイケメンたちと過ごす架空の時間に、年端も行かない学生だった頃の自分は、瞬く間にがっしりと心を掴まれた。

 現実には叶わない素敵な男性たちとの会話、デート、そしてかしずかれる喜び。この快感にハマり、「田丸りさ」は狂ったように膨大な時間をこのゲームに費やしたものである。


 隠し要素もなく、ほぼ一直線のストーリを何十周、何百周と。




 その狂愛の源は、ひとえに「推しキャラ」の存在にあった。

 もちろん、きらめく攻略対象のそれぞれが「推し」ではある。しかし、その中でも突出した「最推し」の存在が彼女には居たのだ。


 一目で恋に落ちた、ゲームでしか出会えない運命の相手。

 彼に会う、ただそれだけのために当時の彼女はこのゲームを何度も最初からやり直していた。彼が出てくる場面では毎回静止ボタンを押してため息と共にずっとその姿を眺め、挙句の果てには届かぬラブレターまで何枚も積み重なるほど書いた。

 ……それが叶わない恋だというのは、わかっていたけれど。


 ――それを飽きずに繰り返すこと、数千時間。

 そのおかげで「田丸りさ」からシルヴィアに転生した今でも、ゲームの内容はスラスラとそらんじられる。




 舞台となるのは、聖女の庇護のもと豊かな発展を続けてきたここ、アースガルドの大地だ。次代の聖女が現れるという託宣が降りたことから、ゲームは始まる。

 聖女候補として選ばれたのは、二名。より聖女に相応しいのは、どちらか。

 それを見極めるため、聖女候補二人は五名の属性騎士《エレメンタルナイト》と共に修行を重ね、さまざまな課題を解決することでその適性を競っていく……というのが、ゲームの大まかなストーリーだ。


 この次代の聖女を支える属性騎士《エレメンタルナイト》というのが、このゲームの攻略対象になる。彼らの好感度を稼いでいくと、さまざまなイベントが発生。胸にキュンとくるスチルと甘い囁きが解放されるという、王道にしてわかりやすい内容。


 そして、その聖女候補となるのがシルヴィアと……、ゲームヒロインであるハルカなのである。




 ――つまり、シルヴィアは。


(悪役令嬢の立場、ってことよね……)


 これもまた覚えたばかりの単語を頭の中で呟く。


 ふと思いついて、枕元の手鏡に手を伸ばした。

 鏡に映る、艶やかに光る銀色の髪。しっとりと光を放つ銀糸のような長い髪は、隙なく整えられ一部は編み込まれている。

 寝転んだ所為でいくぶん崩れはしたものの、貴族として相応しい優雅な気品を漂わせるヘアスタイル。肩甲骨まで垂らされた両脇の髪は、もちろん悪役令嬢お約束の縦ロールだ。


 つり目がちな黄金色の瞳はその気はなくても相手を威圧する眼光を湛えており、高飛車で不遜。その眼光に溢れるのは、上に立つものとして自然と相手を傅かせるような自信と無自覚の傲慢さだ。


 紅を引かずとも果実のように赤い唇は、強い意志を表すようにキリリと結ばれている。


 ――美人であることに間違いはないのだが、全体的に傲岸不遜で気の強そうなオーラを放った見た目。

 今まで自分の顔に不満を抱いたことはなかったが、これではまさに悪役令嬢そのものの姿だ。

 実際、ゲーム内のシルヴィアはヒロインの逢瀬を妨害したり、出会い頭に嫌味をぶつけてきたりするいけ好かないキャラクターとして描かれていた。


 でも、それも無理はないな、とシルヴィアの立場で振り返ってみると思う。

 彼女は幼い頃に聖女候補として選ばれ、それからずっと聖女になるための厳しい教育を受けてきたのだ。楽しみは取り上げられ、子供時代からひたすら我慢の連続だった。

 そうして耐えてきたのに聖女就任を目の前にしたタイミングで突然、もう一人の聖女候補が現れた、とヒロインのハルカがぱっと出てきた。面白く思うはずがない。


 「聖女になること」だけが彼女の人生の目標であり、アイデンティティだったのだ。自分の存在を根こそぎ否定されたように感じることだろう。

 前世の記憶を獲得したとはいえ、これまでの経験を積み重ねてきたシルヴィアには、ゲーム内の自分の気持ちがよく理解できた。


 とはいえ、悪役令嬢といっても「意地の悪いライバルキャラ」程度の扱いで、最後に断罪されるといった悲惨な結末が用意されているわけではない。

 就任式でハルカが聖女に就くのを見て、悔しそうな表情でその場を後にする……というのが彼女の最後の姿だ。

 まぁもちろん、現実問題として自分を「次期聖女という駒」にしか見ていない生家に戻って、果たして居場所はあるのか、という懸念はあるのだけれど。


 でも、問題なのはそこではない。そんなことは取るに足らないことだ。


 ――それよりも、問題なのは。

 前世の自分である「田丸りさ」が人生を捧げたあの「最推し」のキャラが……




 コンコン、というノックの音が、彼女の思索を遮った。

「おじょーさま、生きてますか? 入りますよー?」

 聞き慣れた護衛騎士、クレイの声。


 一瞬苦い笑みが浮かんだが、シルヴィアは慌ててそれを打ち消した。

 ゆっくりと上体を起こし、気持ちを落ち着けてから入室するように返事をする。


 ――大丈夫、いつもの自分を装えている。


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