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18 悪役令嬢、負けイベントに挑む④


 向かいに腰掛けてシルヴィアに水筒を手渡しながら、フォーリアは話を続ける。

「私も驚きました。失礼な言い方になるかもしれませんが、貴族育ちの生粋の聖女候補の方が山歩きに耐えられるとは思わなかったので……

服装も、しっかりと準備されてきたのですね。いつもの制服姿もお似合いですが、活動的な姿もとても可愛らしい」

「あ、ありがとうございます……」


 てらいのない率直な褒め言葉に、お礼の言葉がしどろもどろになった。

 貴族でよくある装飾過多な美辞麗句よりも、こういう真っ直ぐな賛辞の方が免疫が低い。

 にこにこと毒気なく微笑みかけるフォーリアは、お世辞抜きで思ったことを言っている。そういうのに、弱いのだ。


 気を取り直して、こほんと咳払いをする。

「討伐に行くと家の者に伝えたら、この装備を用意してくれたのです」

 くるん、と自分の装束を改めて見る。

 

 ヒールのない歩きやすい編み上げブーツ。滅多に履かないパンツの裾はくるぶしまであり、露出をできる限り抑えている。

 上は軽い素材のシャツの上に、手触りが良く保温性の高いローブを羽織っている。

 普段は複雑な編み込みが施された銀色の髪も、木の枝などに引っ掛かることのないように簡単に一つにまとめた上でフードで隠している。

 懐には、護身用のナイフが一本。武器をこれしか持たされていないのは、荷物が多すぎないようにという配慮と、接近戦になるような戦いをするなというメッセージだろう。

 いずれも、クレイが見立ててくれた装備である。品質こそ最高級ではあるが、どれも貴族の生活には不必要な実用的なものばかり。


「その方は、随分お詳しいんですね。――貴方の身体によく合った、考えられた装備です」

 第三者フォーリアの評価を通じて、シルヴィアは改めて彼の働きぶりを知る。

「ええ。小さい頃から私の近くに居てくれた、大切な……家族みたいな存在なんです」

 クレイのことを思えば、自然と優しい笑みが口元に浮かんだ。




 個人に未練を持たないように、とシルヴィアは身近なメイドや家庭教師を頻繁に変えられ、家族との交流すらできる限り抑えられて育てられてきた。そうすることで、父親は彼女が個人的な関係を築かないように制御していたのだ。

 そんな中で、どういう訳かクレイだけは幼い頃からずっと彼女の側に居続けてくれている。肉親より近い存在、といっても過言ではなかった。


「なるほど。身近にそんな方がいると、心強いでしょうね」

「フォーリア様にも……一緒について来たいとおっしゃる人が居たのでは?」


 何気ないシルヴィアの問いに、フォーリアは一瞬戸惑いの表情を浮かべた。

「……ああ。貴方は、それの指す意味に気づいていないのですね」

「え? どういう意味でしょう?」

「いえ、……確かに、聖女「候補」の貴方とは少し立場が異なりますから、そうした感覚は違ってくるのかもしれません」

「……?」


 フォーリアの言わんとするところがわからず、シルヴィアは首を傾げてその言葉の続きを待つ。

 しかし、いえ、とフォーリアは静かに首を振った。

「失礼しました。……これは、第三者が口を挟むような話ではなかった」

 そう述べると、それ以上言葉を重ねることはせずに彼は立ち上がる。




「さて。そろそろ魔物の気配が感じられるかもしれません。大地の緑と通じ、気の乱れを感知します。貴方の能力ちからを貸していただけますか?」

 差し出された手を握り、シルヴィアはそっと目を瞑った。

 ただ手を繋いでいるだけなのに、そこからぽかぽかとした温かく巡るような熱がシルヴィアの体内で回り始める。


「そうです。私の魔力を感じて、それを返して……」

 落ち着いた声に導かれ、呼吸がだんだんに整い始める。体内を巡る二人の魔力が混ざった熱が、足元の大地とも繋がり始める。

 自分という感覚が大きくなり、そして小さくなる。

 知覚できる世界が広がっていく。その中心にいる自分はひどくちっぽけなのに、この拡大した世界もまた、自身の一部であるという不思議な感覚。

 この魔力の合わせ方は、昨日オリヴァーと散々練習した奇跡の発現とよく似ている。


 ――やがて、シルヴィアという個の存在は世界と完全に混ざり合って……


「ふむ。この辺りにはまだ、魔物は出ていないようですね」


 フォーリアの呟きに、ハッと意識が引き戻された。

 思わず周囲をキョロキョロと見回す。立っている大地は、先ほどからつゆほども変わっていない。それなのに何処となく視界がクリアになり、風が色づいているように感じられるのは何だろう。

 まるで夢から覚めたような心地。


「お力添えをありがとうございました。シルヴィア様のおかげで、かなり正確な走査スキャンができましたが……どうやらこの辺りには魔物は来ていないようです。……良かった」

 ホッと安堵の表情で述べてから、フォーリアは己の言葉不足に気づいて言葉を付け足す。


「実のところ、この辺りはまだまだ村人の生活圏内なのです。ここまで来ていないということは、人々の被害も今のところかなり抑えられているということ。安心しました」

「考えたくはありませんが、ここよりも麓で発生しているということはありえませんの?」


 最悪の状況を考えて、提言する。しかし、フォーリアはそれには首を振った。

「いえ、人々の嘆きや苦しみはより強く伝播するので、それは無いかと」

 まぁその代わりに、とフォーリアは少し苦笑する。

「シルヴィア様には申し訳ないですが、もう少し山歩きをしていただく必要がありそうです。体力の方は大丈夫そうですか?」


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