17 悪役令嬢、負けイベントに挑む③
「シルヴィア様は、アクア様の姉君なのですね。聖女試験が始まってまだ日も浅いのに親しくしていらっしゃるなと思っていましたが……」
――無事に転移が完了し、アースガルドに着いて。
フォーリアとシルヴィアは連れ立ってベルグ山へと向かい始めた。
彼とは初日の挨拶以来、ほとんど会話を交わしていない。良い機会だと、シルヴィアは彼の人となりを知るため会話を楽しむことにする。
……ちなみに、こっそり尾いてきているはずのクレイの気配はまったく感じられない。見事なまでの尾行技術に舌を巻くことしかできない。
「はい。試験に私情を持ち込むつもりはありませんが、可愛い義弟なんです。……フォーリア様は、ご兄弟は?」
この辺りに詳しいというのは、本当らしい。フォーリアは話に興じながらも、下草に紛れがちな生活道路を迷いなくさくさくと案内していく。
「お恥ずかしながら私は孤児でして……、血を分けた家族という意味ではわかりません。ですが、孤児院で一緒に育った仲間たちを家族というのであれば、兄弟はたくさん居ますね。尊敬すべき兄・姉も、可愛い弟や妹たちも」
「フォーリア様は、属性騎士に選ばれる前は神官をしてらしたんですよね?」
おやご存知でしたか、とフォーリアは目を丸くする。彼のかけている丸眼鏡と、そっくりの丸い瞳。
その表情がおかしくて、シルヴィアはつい微笑んだ。
前世では、ファンから「癒し系おじさん」と評され親しまれていたフォーリア。
元々神官として務める傍らで孤児院の院長もしていた彼は、いつもにこやかで物腰穏やかな性格の持ち主である。
勉強熱心で見識が広く、他の属性騎士からも頼られることが多い、皆が一目おく人物。
人間的にもできていて、好感度が低いと大概の攻略対象はヒロインに対して塩対応となるのだが、彼は好感度が低くても変わらず優しい対応をしてくれるのだ。その優しさに救われたプレイヤーが、当時何人いたことか。
外見も少し面長で困ったような下がり気味の眉と、丸い眼鏡がお人好しらしさを醸し出している。
もちろん攻略対象だけあって、灰色のやや長めの髪と濃い緑の瞳を有するその相貌は整っている。いるのだが……、いかんせん、年齢が二十八と攻略対象の中で一番高かったために「おじさん」呼びが定着してしまった。
ヒロインやシルヴィアが十八歳とはいえ、二十八であればまだまだ若いとは思うのだが……その辺はフォーリアの妙に達観した言動と、年配じみた包み込むような優しさが裏目に出てしまったのかもしれない。ただしキャラ人気は高く、一番の推しキャラに挙げられることはなくともランキングでは常に上位に入る程度にはファンたちから広く愛されている存在だ。
「きゃっ」
そんな物思いに耽っていたところで、足元が悪く、木の根に躓きそうになった。
前方を歩いていたフォーリアが、素早く振り返った。空を泳ぐシルヴィアの手を掴み、引き寄せるようにしてその身体を抱きとめる。穏やかな物腰とは裏腹に、意外とがっしりとした身体。
反射的に顔が赤くなる。
「あ、ありがとうございます……力、強いんですね」
「教会では自給自足が基本ですからね。畑仕事も狩りも、力を入れねば幼い子供たちが飢えることになります」
さらりと返すフォーリアの言葉。この優しげな青年のどこに、そんな強さが隠されているのだろうと不思議に思う。
やはり、彼を選んで正解だった。旅慣れた者が先導してくれるというのは、心強いものだ。
少し休みましょうか、と提案され、荷物を下ろした。
休憩を言い出すタイミングもバッチリだし、腰掛けようとする切り株には服を汚さないようにハンカチを敷いてくれる。
そうした心遣いも完璧なのに、感じるのは異性としてのときめきではなく、年上の頼り甲斐だ。
その辺もゲームのキャラ通りだな、とくだらないことを胸の内でこっそり思う。