16 悪役令嬢、負けイベントに挑む②
「ダメです。おじょーさまをそんな危険な場所に行かせるなんて、絶対に許しません」
――クレイに報告した途端言われたのは、思いも寄らない明確な拒絶だった。
あまりにキッパリとした彼の言い様に、シルヴィアは束の間言葉を失う。
「……っ! そういう訳にもいかないわ、聖女試験の一環ですもの」
「それなら、俺も同行します。戦闘経験の乏しい属性騎士ごときに、おじょーさまを任せられません」
迷いのない言葉。シルヴィアを見つめるクレイの視線には、主人を気遣う忠誠心が溢れている。
「俺が今、本来の護衛の任を外れているのは、ここが閉ざされた安全な世界だからです。関係者以外存在しない場所だからこそ、聖女試験の邪魔をしないように俺はここで待機ができているんです。
……でもそれが、アースガルドに向かうというのであれば、話が違う」
心配してくれるのは嬉しいが、このまま押し切られる訳にはいかない。
「でも、これは属性騎士と聖女候補の能力を合わせる試験なのよ? クレイの手を借りる訳には……」
「それなら、お二方には気づかれないようについていきます。いざという時だけ、俺が動けるように」
それなら問題ないでしょう? と、シルヴィアを見る。
その猫のような目の視線の圧が、すごい。じぃ、と注がれる熱い視線は言葉になさずとも雄弁だ。それが認められないのであれば外には出さない、と無言のうちにメッセージを伝えてくる。
「う……ま、まぁ、それなら……」
――結局、その提案を飲むことにした。
実際、クレイが近くに居ることで安心材料が一つ増えるのは、間違いない。それにクレイを納得させられなければ、本当にアースガルド行きが阻止されてしまいそうだったのだ。
「ご納得いただいて嬉しいです、おじょーさま。このクレイ、命に代えてもおじょーさまを守りますので」
大仰な仕草で、心臓に手を当てて礼をするクレイ。
芝居がかった言葉だが、シルヴィアを見つめる目は真剣だ。
(推しの! 熱い視線! ひたむきで張り詰めた表情も、なんて素敵……!)
「ありがとう、クレイ。でも、自分の身も大切にするのよ?」
ついつい脳内で、前世由来の嬌声が出てしまった。
冷静な反応を、と心掛けた返事はそっけなく、味気ないものになってしまう。
――相変わらず、自分は可愛げがない。
それを巻き返す言葉も思いつかず、悶々とした気分だけが募っていく。そんな自分に自己嫌悪しながらも、それからはただ黙々と討伐の準備を始めていった。