15 悪役令嬢、負けイベントに挑む
――翌日。
眠れぬ夜を過ごしても、朝はやってくる。
少しばかり沈んだ気持ちを引きずりながらも、シルヴィアはいつも通り朝食の席へと着いた。
朝の風を取り込もうと、クレイが窓を開ける。
「おっと、……⁉︎」
途端、そのタイミングを見計らっていたかのように、開きかけた窓の隙間から白い光が飛び込んできた。
投げ込まれたボールのような勢いで室内へと乱入した飛行物体は、淡く光を放ち続けながら部屋の中をぐるぐると飛び回る。明るいが、眩しくはない優しい光が部屋を満たしていく。
唖然とその光景を眺めるシルヴィアの横で、クレイが身構えるのをやめた。危険はないと判断したらしい。
やがてその勢いが弱まってきたころになってようやく、シルヴィアはそれが白く光る鳥だということに気が付いた。
注目を集めた鳥は、羽ばたきをやめ、すいーっと優雅にテーブルの中央へと舞い降りる。見られていることを意識した、美しい着陸だ。
もったいぶった調子で胸を張った鳥は、ぱかっと嘴を開く。
「聖女様からの託宣がありました」
鳥が発しているとは思えない、凛とした声。
「託宣が……?」
おうむ返しに呟きながら、シルヴィアは前世の知識と照らし合わせた。
ああ、これは……あのイベントか。
「礼拝堂へ、お越しください。お待ちしています」
一方的にメッセージを告げると、鳥はくるん、と身を丸くして光の中へと消えていく。
その不思議な光景に目を奪われながら、シルヴィアは立ち上がった。
「クレイ、儀式用の服を用意して。大至急で」
きびきびと指示を出しながら、自室へと足を向ける。
――今回のイベントは、少し大変なことになるかもしれない。
○ ○ ○ ○ ○ ○ ○
「次代の聖女候補よ、そして属性騎士たちよ。よく来てくれました」
礼拝堂の一番奥、謁見の間。
普段は閉ざされているこの部屋は、聖域に座す聖女と声を交わせる唯一の場である。
最初にここに来たのは、聖女試験が始まった初日。……まさかこんなに早くに、もう一度ここへ来ることになるとは思わなかった。
頭を下げたまま、シルヴィアは属性騎士と共に聖女様の声を頂く。
御簾の向こうから聞こえる、聖女様の声。
当代の聖女様の御代は、優に三百年は経っている。だというのに、姿こそ見えないものの、その声や気配は瑞々しく若々しい。
聖女様が歳をとらない、という噂は本当なのだろうか。
「心して聞いてください。――アースガルドの地に、大型の魔物の気配を感じました」
淡々と告げられた聖女様の言葉に、ざわ、と声にならないどよめきが広がった。
魔物とはアースガルドの気の澱みから生じる、人に害なす存在だ。
力は強く獰猛で、さらに「そこに居る」だけで周囲の生気を吸い取り、不毛の大地を生み出してしまう厄災の具現。
――とは言うものの、聖女の能力で守られたアースガルドは、基本的に魔物の発生源となる澱みができにくい状態が保たれている。たまに発生したとしても、それは小型のウサギ程度のサイズの魔物のみ。
通常であれば、騎士団による討伐で解決するような災害である。
逆に言えば、「大型の魔物」の発生など前代未聞。
今代の聖女の御代において、初めてのことであった。
やはりこの話だったか、とシルヴィアは人知れず息を吐いた。
予想よりも早いタイミングではあったが、これは原作通りのイベント……「初めての魔物討伐クエスト」に違いない。
この魔物討伐クエストに連れて行ける属性騎士は、一人。
ゲーム上では、ここで一緒に行くことを選択した属性騎士との好感度が大幅にアップされることになるため、誰を選ぶか重要となるイベントとなっている。
――だけど。
(それは、あくまでヒロインにとっての話なのよね……)
今回のイベントに気が進まない理由は、ここにある。
何故なら。
シルヴィアにとってこれは、「ヒロインを持ち上げるための負けイベント」なのだ。
聖女様の説明は、淡々と続く。
「私の能力が薄れてきた影響でしょう。業腹ではありますが……今の私では、もうこれに対処することができません。――そこで、次代の聖女候補・属性騎士の力を貸していただきたいのです」
「それは、聖女試験の一環として……と言うことになるのだろうか」
参加者を代表して、地の属性騎士、アースが疑問を投げる。
常に率先して議論を導こうとする彼のその反応は、「知識・教育の属性騎士」として如何にも相応しい姿だ。
「ええ。あなたたちにはもう、十分にそれだけの能力があります。聖女候補はそれぞれ、帯同してもらいたい属性騎士を一名ずつ選出して事態を対処してください」
「参考までに聞きたいのですが……魔物の発生はどの辺りで起きているのでしょうか」
この質問は、緑の属性騎士、フォーリア様によるものだ。
子供や小動物にも優しい、属性騎士の中でもトップクラスに温厚な彼は、魔物の被害を心配して悲痛そうな表情で質問を投げかける。
「アースガルドの南方、ベルグ山付近です。転移の陣は既に準備しています。
――ハルカ。貴方は、どなたの帯同を希望されますか?」
えっ、小さな呟きが洩れた後、ハルカはきょろきょろと周囲を見回す。どうやら何も考えていなかったらしい。
「えっと……それじゃ、アクアさまで! よろしくお願いします!」
「えぇ〜、僕ぅー? ……まぁ、良いけど」
(どうして……っ! どうして、そこでどう見ても非戦闘員のアクアを選ぶのよ⁉︎)
思わず口をついて出そうになった怒声を、なんとか精神力で封じ込めた。
――わかっている。自分にとっては可愛い義弟でも、彼は属性騎士に選ばれた人間なのだ。
それに相応しいだけの能力と責任が、アクアにはある。魔物討伐の任に当たって、不足があるわけではない。
(でも、問題なのはそこではなくて! おそらく彼女は、「アクアさまなら顔見知りだし頼みやすい♪」くらいの軽い感覚で彼を選んでいる……その、不真面目さが許せない……!)
ゲームであればなんとも思わないが、これはシルヴィアたちにとって紛れもない現実なのだ。
大型の魔物の討伐という危険な任務なのだから、それなりの熟考を持って物事にあたってほしいと思うのは当然だろう。
「では、シルヴィア。あなたが帯同を希望するのは、どなたですか?」
そんなことを思っているうちに、シルヴィアにも同様の質問が投げかけられる。その問いに即答できず、思わず頬に手を当てた。
(うーん……ここにオリヴァー様がいらっしゃれば、元近衛騎士である彼にお願いできたのだけれど……)
タイミング悪く、彼は昨日の奇跡の疲れで今日の集まりを欠席している。
「もしよろしければ、私を連れていただけませんか、シルヴィア様。ベルグの地域でしたら、案内ができますので」
「フォーリア様……」
緑の属性騎士、フォーリアからの提案。
それにシルヴィアは即答することができなかった。咄嗟に、ゲーム上でのシナリオが思い出されたからである。
(ゲームでは、シルヴィアは必ずハルカの選んだ攻略対象の対照属性の属性騎士を選んでいる……それで、相性不利で魔物にやられてしまうのよね……)
五属性は、火→水→雷→地→緑→火という順で、じゃんけんのように属性の相性が決まっている。
それぞれの属性には、必ず有利属性と不利属性が存在しているのだ。
そして今回のイベント。
シナリオとしてヒロインを活躍させるため、魔物の属性はヒロインの選んだ属性が弱点となるように設定されているのだ。
つまりハルカが火属性の属性騎士を選べば緑属性の魔物が、雷属性を選べば水属性の魔物が出現するようにできているのである。そして逆に、シルヴィアは魔物の特性が弱点になる属性騎士を選ぶ事になる。
(今回彼女は、水属性のアクアを選んだ。ということは、魔物は火属性なのでしょう。緑属性のフォーリア様では相性が悪い……)
――だが、それをどう説明したものか。
前世の知識で……と説明しても、奇異な目を向けられるだけだろう。
「実は、私の出身地はあの辺りなのです。個人的な事情ですが、私の故郷がどうなっているのか心配で……」
悩んでいるシルヴィアを見て、フォーリアは言葉を重ねる。
その想いを無碍にできるほどの断りの文句が、シルヴィアには思いつかない。
「……わかりました。ではフォーリア様、お願いしますわ」
覚悟を決めて、頷いた。
……大丈夫、これはゲームの世界ではなく現実なのだ。ハルカの返答次第で魔物の属性がころころ変化するなんて、現実世界では起こり得ない話。
そしてもし万が一、「シナリオの強制力」でこのイベントが設定通りに進んでしまったとしても。シナリオ通りに進むのであれば、大きな損害は起こらない。その場合は、シルヴィアがシナリオに従って負けるだけだ。
(……まぁそれでも、もちろん負けるのは嫌だけれど。
ただ、雷のライカ様、地のアース様、緑のフォーリア様……ゲームと同じスキルが発動するのなら、選択可能な三人の中で一番討伐任務に向いているのはフォーリア様。これは、妥当な選択でしょう)
嫌な予感を閉じ込めて、自分を奮い立たせる。
「では、一時間後に転移の陣を解放します。両名とも、準備ができたら再びここに」
聖女様の言葉を最後に、解散となる。
ひとまずクレイにこのことを伝えねばと、シルヴィアは自邸に足を向けた。




