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13 悪役令嬢、奇跡に挑戦する⑤


 ――その日の夜。


 アクアもシルヴィアも自室へ帰り、オリヴァーの執務室は一気に静かになっていた。

 先ほどまで奇跡の発現を巡って活発に意見を交わしていた賑やかさが、嘘のようだ。


「あぁ〜……こんな感じか……」

 残されたオリヴァーは、おもむろに大きなため息をつくと、ずるずるとその体躯をソファの背にもたれさせた。

 加護の能力を使い切った彼には、もう体力がほとんど残っていない。彼らが居る内はなんとか虚勢を張っていたが、既に限界だ。身体が辛い。


 頭が重い。頭の外側に分厚い布をかぶせられているように感覚が遠く、ぼんやりと苦しい。それでいながら、その布越しに締め付けられる痛みは鈍くいつまでも続き、時折骨にノミを入れるような鋭い痛みを与えてくる。

 身体のあちこちの関節が熱を持ったようで、だるく節々が痛い。分厚い毛布に身体を包んでいるのに骨が凍えるように寒くて、気付けば歯の根が合わなくなっている。

 喉の奥がヒリヒリとした乾きを伝えてくるが、いくら水を飲んでもその乾きは埋まらず吐き気が増すばかり。


 この心細くなるような身体の不調は、遠い昔にひいた重い風邪を思い起こさせた。




「ま、それでも良かったんじゃないの」

 天井を見上げて、へらっと笑う。


 今日の奇跡は、失敗した。

 それでも、彼女と力を合わせる経験ができたのは貴重な経験だった。悔いはない。


「それにしても、思っていた人物像とだいぶ違ったな、あれは……」

 学生時代のアクアの怠惰な態度は彼の家庭環境によるものと、当時のオリヴァーは早くから見抜いていた。その悩みの大元が彼の義姉にあることも。


 それなりに人を見る目に自信のあったオリヴァーは、だからこそ驚いたものだ。今日会ったシルヴィアが、イメージしていた人物像とまるでそぐわなかったことに。

 想像していたよりもずっと、彼女は思いやりがあって、義弟思いで、そして芯のある女性だった。




 ――五属性は、全てが尊く必要なもの。何かに比べて何かが劣っているなんてことはないのです!


 耳の奥に、シルヴィアの声がよみがえる。

 ふ、と唇が緩んだ。


 正直なところ、オリヴァー自身も思っていたのだ。情熱と勇気で、どうやって人を救うのかと。何をすべきなのかと。

 騎士として、それらが戦いにおいて重要な要素であることは把握していた。

 しかし、彼が奇跡を施す対象となる多くの人間にとって、戦いは非日常の存在だ。そんな彼らに、果たして自分は必要なのか。


 ……そう、悩んでいたのだが。


「大切な心のエネルギー、か……」


 シルヴィアの言葉を思い出すと、胸に火が灯る。前に進むエネルギーが湧いてくる。

 ――ああ、これもまた情熱のひとつなのかもしれない。だとしたら確かに、俺の奇跡は皆に必要だ。


 身体はだるくても、気持ちはどんどん熱く燃えていく。

 こんな気持ちは、属性騎士エレメンタルナイトに選ばれて初めてのことだった。


 この気持ちに気づけたのは、間違いなく彼女のおかげだ。




 ――だからこそ。


「あの反応は本当におかしかったよなぁ……」

 思い返して、くつくつと笑う。


 ハルカを叱るその姿も、口調こそ厳しいものの立派な叱責だと感心していたものだが、至らないライバルを心配してまさか指南書まで作ってあげていたとは……つくづく面倒見が良い。

 そして、そんなものまで用意しておいたくせに、それが明るみになったときのあの慌てようといったら……! 本当に人は茹でダコのように赤くなるのかと、変な感心まで覚えたものである。


 狼狽を隠すかのように、必要以上にツンケンとした態度で指南書を渡していたシルヴィア。

 そこにいる誰もが突っ込まなかったが、必死に苦笑を堪えていた。今更そんな態度をとったところで、彼女の優しさには皆気づいていると言うのに。


「もう一人の聖女候補も面白そうではあったけど、やっぱりそれ以上にシルヴィアが良かったなー」


 ――こんな魅力的なメンバーが揃っているなら、聖女試験も悪くない。

 痛む頭を右手で冷やしながら、オリヴァーは人知れずうっそりと笑ったのだった。


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