11 悪役令嬢、奇跡に挑戦する③
――室内に訪れる、やや気まずい沈黙。
コホン、と咳払いをしてからオリヴァーが代表して口を開いた。
「おぅ、わざわざ来てくれてありがとう、ハルカ。……ただ、申し訳ないけど、俺たちはこれから「奇跡の発現」に取り組むところなんだ。悪いが、今日のところは……」
「それ、私も同席させてもらえないでしょうか!」
「……は?」
――嘘でしょうっ⁉︎
思わず淑女らしからぬ大声を上げてしまうところだった。
冗談じゃない、どうしてライバルに自分の手の内を曝け出さなければならないのか。無邪気さもここまでくれば、ただの厚顔無恥だ。
「いや、それはちょっと……」
イラっとしたシルヴィアが何か言おうとするより先に、彼女の気持ちを察したオリヴァーがそれを断ろうとする。
しかし、そんな雰囲気をものともせずにハルカは食い下がった。
「どうしてですか? 私も奇跡のチカラで皆が幸せになれるように、お勉強したいんです!」
お願いします、と頭を下げてハルカは懸命に言葉を重ねる。
「特に国民の識字率は私も課題に感じていて、オリヴァー様のお力が重要かと……」
「え……?」
ハルカの言葉に、三人の唖然とした声が重なった。
――少しの間、気まずい沈黙が流れる。
やがて、意を決したようにシルヴィアが沈黙を破った。
「識字率は『教育』を司る地の属性騎士、アース様のご担当よ?」
「あ……」
しまった、という顔をするハルカに嫌な予感が込み上げてくる。
「まさか貴方、属性騎士の皆様のお力を把握していないのではなくて? 私の義弟、アクアの司るものが何か、言ってごらんなさい?」
「えっと……アクアさまは水、だから、綺麗、な……」
先ほどまでの元気さが嘘のようにしどろもどろになるハルカ。
そのあまりの反応の悪さに、頭が痛くなってくる。
「アクアの力は、『癒し』と『清浄』! 人々の健康で豊かな生活は、水の属性騎士のお力に支えられているのよ!
……もうっ、嘘でしょう? 私のライバルであるもう一人の聖女候補が、そんな基本的なことすらマスターできていないなんて……」
「う……ごめんなさい……」
ハルカはウルウルと瞳を潤ませるが、本来なら庇護欲を掻き立てるその表情は、シルヴィアの神経を逆撫でしかしない。
「まったく、泣いても何にもならないでしょうが……」
そこから更に小言を続けようとしたところで、オリヴァーがそれを嗜めるように口を挟んだ。
「まあまあ、ハルカちゃんも聖女候補に選ばれたばっかりで慣れてないんだから、ある程度は仕方ないさ。……ちなみに俺の司るものは、『情熱』と『勇気』。覚えてくれると嬉しいな」
「? 『情熱』と『勇気』って、なんの役に立つんですか?」
ハルカは何も考えずについ口にしてしまったらしい。言い終わってから、しまった、とばかりに口を塞ぐが、どう考えても遅すぎる。
「はは……まあ、五属性の中では一番重要度は低いかなと思ってるよ、俺自身も……」
「そんなこと、ありません!」
乾いた笑いでその場を収めようとするオリヴァーに、黙っていられずシルヴィアは思わず声を張り上げた。
「たとえば知識も技術も、持っているだけで実践できなければ意味がありません。行動に移してしてこそ、その真価は発揮されるもの。そのために必要なのが、『情熱』と『勇気』なのです。
つまり、『情熱』と『勇気』は人々の原動力となる、大切な心のエンジン。それらがなければ、人々は停滞してしまいます。
オリヴァー様も、そんな自らを卑下するようなことはおっしゃらないでください。五属性は、全てが尊く必要なもの。何かに比べて何かが劣っているなんてことはないのです!」
シルヴィアの勢いに呑まれたのか、彼女の演説を邪魔するものはいない。
「よろしいですか、五属性の把握は基礎中の基礎の知識。それぐらいしっかり把握していなければ、私のライバルとして相応しくありません!」
そこまで言い切ってから、あることに気づいたシルヴィアははっと息を呑んだ。
――っていうかコレ、もしかしてチュートリアル第二弾だったのでは⁉︎
○ ○ ○ ○ ○ ○ ○
実はゲーム内で初日に説明されるのは、聖女試験が行われることになった経緯と、簡単な操作説明だけ。
属性騎士に会いに行って初めて、主人公は『奇跡の発現』システムと先ほどシルヴィアが述べたような各属性の説明をされるのだ。
ちなみに「知ってます」を選択すると、このチュートリアルはスキップ可能だ。そして当然のことながら、このチュートリアルにクレイの出てくる余地はない。
その所為で周回ガチ勢だった「田丸りさ」ですら、この第二弾チュートリアルの存在のことは失念してしまっていた。
つまりシルヴィアは、攻略対象の属性騎士……この場合オリヴァーやアクアがするはずだった説明の機会を奪ってしまったことになる。
――しかも、ご丁寧に主人公への嫌味まで添えて。
(これは……確実に嫌われてしまったわね……)
主人公のハルカはもちろん、今日の交流でせっかく距離を縮められたアクアやオリヴァーからの評価も下がったに違いない。相手のセリフを奪った上で、これだけ気持ちよく演説と主人公への批判をカマしてしまったのだから。
(あぁ〜……もうっ、居た堪れない! 何か理由をつけてこの場を退去しないと……)
そうすればきっと、残されたアクアやオリヴァーが主人公を慰めてストーリーが再開されることだろう。
シルヴィアが言葉を切ったことで、室内は沈黙に包まれる。三人の視線を集めているのには気がついているが、どう切り出したら良いものか。
背中に嫌な汗を感じる。
……どうしよう、逃げ場がない。
――と、そこで。
「おじょーさま、こちらですよねぇ? 忘れ物、届けに来ましたよー」
「クレイ……?」
この場で聞くはずのない声が、部屋の外から聞こえた。




