王国の恥さらし公爵令嬢達は女帝の怒りを買い、騎士団へ入団する。
ギリギリギリギリ。
これは何の音かというと、カロリーヌ・ハーツ公爵令嬢の歯ぎしりの音である。
カロリーヌ・ハーツ公爵令嬢はそれはもう、顔がきつめで、鼻は高く金髪碧眼の美しき高貴な令嬢であった。
だから、当然、この国のレオンハッド王太子に婚約者に選ばれて、将来は王妃になると、本人は当然のように思い込み公言していた。
ミリーナ・アルデリン公爵令嬢は黒髪を長く伸ばして、口元に黒子があり、色気のあるこれまた美人であった。
彼女もレオンハッド王太子に婚約者に選ばれて、将来は王妃になると、これもまた思っていたのである。
しかし、二人はあくまでも婚約者候補でとどまっており、しまいには、レオンハッド王太子は、真っ白な髪を長く伸ばして、白い肌の冴えないレディーナ・マリリストン公爵令嬢とあっけなく婚約してしまった。
悔しい悔しい悔しい。
こんなにわたくしは美しく、何もかも完璧なのに、あんな馬の骨に負けて悔しい。
カロリーヌは歯ぎしりして悔しがったのである。
それは、ミリーナも同じであった。
わたくしのような魅力的な女性を振るなんて、王太子殿下も見る目がありませんわ。
悔しがった二人の令嬢。
しかしだ。
王太子が駄目でも、是非とも高貴な方の妻になり、権勢を振るいたい。
物語では外国の皇太子殿下が美しき公爵令嬢に惚れ込んで、是非とも妻にと言うのが流行っているわ。
わたくし程、完璧な令嬢にふさわしい嫁ぎ先ね。
これはもう、隣国の皇太子にアタックするしかないわ。
カロリーヌはそう思い、さっそく隣国へと旅立ったのであった。
カロリーヌが隣国へ皇太子を狙いに旅だったと聞いて、ミリーナだって黙ってはいない。
わたくしのような、魅力的な女性こそ、皇太子殿下の妻にふさわしいわ。
とばかり、ミリーナも隣国へ旅立ったのである。
隣国のロドミール皇太子殿下と言えば、
まだ12歳の美少年で。
それこそ、婚約者選びの真っ最中であった。
そこへ、飢えた狼の如く、二人の令嬢がやってきたのである。
夜会では、カロリーヌは黄金薔薇をあしらった金色のドレスを着て、ミリーナは真っ赤な胸元の開いているキラキラ光るドレスを着て、二人は皇太子殿下に迫ったのである。
「ロドミール様。わたくしと一曲踊りませんか?」
カロリーヌが迫れば、ミリーナがロドミールの頭に豊満な胸を押し付けながら、
「皇太子殿下はわたくしと踊りたいとおっしゃっていますわ。」
ロドミールはミリーナの胸で窒息しそうになりながら、かろうじて顔を放して。
「こ、これは、隣国の御令嬢方。僕などではとてもとてもお相手出来ませんっ。」
カロリーヌがロドミールを奪い取るように抱き締めながら、
「なんて遠慮深い。」
ミリーナがロドミールを引っ張り、再び胸にその顔を押し付けながら、
「遠慮なさならくてもよろしくてよ。ロドミール様。わたくしの胸を堪能なさって。」
周りの夜会に来ていた帝国の貴族達はドン引きしていて、
「王国の令嬢達はあんなにもはしたないものなのか?」
「まったく。王国の恥さらしですな。」
口々に悪口をこそこそと言っている。
そこへ、この国の女帝。アリスティーヌ二世が、カロリーヌとミリーナに近づき睨みつけて。
「ロドミール。こちらへ。」
ロドミール皇太子は慌てて、アリスティーヌ二世の後ろへ隠れる。
口元を歪めながら、
「なんてはしたない。お前達はそれでも高位貴族の令嬢か?」
カロリーヌがアリスティーヌ二世に向かって、
「わたくしは、皇妃になりたいのです。」
「何故に皇妃にこだわる。」
「社交界で一番の華になりたいからですわ。」
ミリーナも、
「わたくしも、皇妃になりたいのですわ。勿論、皆にちやほやされて、このわたくしの美しさを見せびらかしたいのです。」
アリスティーヌ二世は怒りまくり、
「なんて幼稚な。こんなのが王国の高位貴族の令嬢とは笑わせる。
お前達は皇宮への出入りを禁じる。これ、騎士団長。この二人を預ける故、しっかりと性根を鍛え直せ。」
「はっ。かしこまりました。」
グレーシア・クルトコフ騎士団長は女性だ。
「何でわたくしが騎士団へっ??」
「いやだわ。ドレス着て、贅沢したいっーーーーー。」
騎士団員達に拘束されて、二人の令嬢達は騎士団へ連れていかれたのであった。
時は真夏。太陽がじりじりと照り付ける中、
騎士団の制服を着た二人は、腕立て伏せをしていた。
「ああ、もう、お化粧がとれてしまうわ。」
カロリーヌがぼやけば、ミリーナが、
「わたくしなんて、眉が無いわっ。きっとっ。」
「あ、ほんとうだわ。貴方、眉を書いていたのねっ。」
グレーシア騎士団長は二人に向かって、
「無駄口を叩くな。」
「ああっ、もう駄目っ。」
「わたくしもっ。」
二人の令嬢は地に伸びてしまった。
騎士団のほとんどは男性である。
隣国の公爵令嬢が、女帝の怒りを買って、騎士団に預けられていると聞いて、面白がって見物していた。グレーシア騎士団長は、
「この程度で伸びるとはだらしがない。しかし、倒れたらまずいからな。水分を取って休憩するがいい。」
化粧も汗で取れて、とんでもない顔になってしまった二人の令嬢達は、ふらふらになりながら、地面にへたりこんだ。
「王国に帰りたいっ。」
「わたくしもっ。」
グレーシア騎士団長は、二人を睨みつけて、
「王国では国の恥さらしは帰って来なくていいと言っているぞ。」
カロリーヌが泣きながら、
「国の恥さらしだなんてっ。」
ミリーナも涙を流して、
「わたくしは、ただただ幸せになりたかっただけなのにっー。」
グレーシア騎士団長が二人を叱りつける。
「お前達、本当に公爵家の令嬢なのか。王国の公爵令嬢は下賤なのだな。もっと志を高く持て。」
「だから、皇妃になりたかったのですわっ。」
「志だけは高く持っておりますのよっ。」
グレーシア騎士団長は頭を抱える。
「皇太子殿下はまだ、12歳だぞ。まったく。お前達はもっと常識を持て。私が叩きこんでやるわ。」
二人の令嬢達はグレーシア騎士団長の元、嫌って程、鍛えられる事となった。
ただ、騎士団の男性達は皆、紳士であり、二人が何か困っていると助けてくれたりした。
数少ない女性騎士は他に3人おり、女性騎士達も二人に親切にしてくれた。
とある日、数人の騎士達とカロリーヌとミリーナは騎士団の皆の服を洗濯していた。
秋の空が高く、鱗雲が綺麗である。
カロリーヌはポツリと、
「わたくし、一生、騎士団で過ごそうかしら。」
ミリーナが驚いて、
「ええ?国に帰りたくはないの?わたくしは嫌だわ。このまま、ここで朽ち果てるのは。」
「そうなの?わたくし、生きているって最近、実感するようになりましたわ。
結婚もしなくてもいい…ここで生きていきたいわ。」
「カロリーヌっ??大丈夫っ?わたくしは嫌。ここから早く出たいわ。」
カロリーヌは長い金髪を縛っていたのだが、その日を境にばっさりと短く切ってしまった。
ここで生きるのもいいかもしれない。
アレック・ディストリア副団長が、そんなカロリーヌを見て、
「何だ。カロリーヌ。髪を切ったのか?」
「はい。副団長。わたくし、ここで一生を終えたいと思えるようになりましたわ。」
「騎士団の良さが解るとは、成長したな。以前の王国の恥さらし公爵令嬢とは思えん程だ。」
「有難うございます。」
アレック副団長も、カロリーヌやミリーナに色々と教えてくれた。
とても厳しく優しい副団長だ。
そして、季節は冬に入り、雪が降る頃、
カロリーヌは風邪を引いて寝込んでしまった。
心配していち早く見舞いに来てくれたのが、アレック副団長だったのである。
「具合はどうだ?ああっ。失礼。女性の部屋に入ってしまった。」
「ちょっと熱が出ただけですから。御心配頂きありがとうございます。」
「すぐに出て行くからっ…。医者には見せたのか?」
「はい。数日寝てれば治るとの事でしたわ。」
「何か必要な物はないか?ミリーナに言付けしておいてやるから。」
「それでは、お水と果物を…」
「解った。すぐに伝えよう。」
ミリーナは水と果物を持ってきてくれて、グレーシア騎士団長、他にも沢山の騎士団員が心配してくれた。
ただ、風邪をうつすといけないので、ミリーナとグレーシア騎士団長以外は部屋に入らないで貰った。
アレック副団長は、特に心配してくれて。
ああ、アレック副団長が自分の事を好きだったらどんなに幸せか、ふとカロリーヌは思うようになった。
いつしか、カロリーヌはアレック副団長に恋をしていた。
精悍な顔立ち。茶髪で口ひげを生やしているこの騎士団長はカロリーヌよりかなり年上だ。
だが、いまだ独身であった。
「アレック副団長…素敵だわ。」
カロリーヌの言葉にミリーナが目を丸くして、
「ああいう男性が趣味だったの?知らなかったわ。わたくしは、騎士団出入りの商人、ジュレームが好き。彼と話をしていると楽しいの。国に帰りたい気持ちは変わらないけど、彼の事が好きだわ。」
二人の令嬢はいつの間にかそれぞれ恋をしていた。
カロリーヌは、胸を押さえて。
「ああ、王国の恥さらし公爵令嬢に好かれたって副団長、嬉しくはないわね。きっと。」
「でも、告白してみなさいよ。解らないわよ。」
騎士団は恋をするところではない。解ってはいるけれども。
グレーシア騎士団長は厳しい人だ。
アレック副団長に告白なんてした事が知れたら、厳しく処罰されるかもしれない。
でも…
「わたくし、貴方の事が好きです。アレック副団長。どんな処罰でも受けます。でも、この気持ちを伝えたかったのですわ。」
とある夜、カロリーヌは副団長室へ一人行き、アレック副団長へ告白した。
アレック副団長はソファに座っていたが、一瞬赤くなってから、驚いた顔をして。
「熱はないか?カロリーヌ。」
「熱はありませんわ。わたくしはアレック副団長の事を尊敬し、そして愛しております。」
「しかしだな。」
「わたくしの気持ちは伝えましたわ。」
その時、扉を開けて、グレーシア騎士団長が入って来た。
「立ち聞きしてしまった。アレック。良いではないか。この告白。お前も気があるのなら、受けたらどうだ。」
「グレーシア騎士団長。風紀を乱す事にもなりますから。」
「いつまでも王国の公爵令嬢をここへ置く訳にもいくまい。」
カロリーヌは慌てて、
「わたくしは、騎士団にずっといても構わないと思いました。」
「カロリーヌ。アレックに恋する気持ちがあるのなら、今度はアレックの妻となって、影からアレックを支えてやって欲しい。それは私からのお願いだ。」
「騎士団長。」
アレックはカロリーヌに近づいて。
「俺もカロリーヌの事が好きだ。どうか、俺の伴侶になって欲しい。」
「嬉しいですわ。副団長。」
カロリーヌはアレックに抱き締められて幸せだった。
王国の恥さらしとまで言われた公爵令嬢カロリーヌ、そしてミリーナは、見事に改心した。
色々とあったが、カロリーヌは帝国のアレック副団長と結婚し、副団長の妻として暮らすことになった。二人の子にも恵まれ、帝国で幸せに暮らした。
一方、ミリーナは出入りの商人ジュレームと結婚し、彼を連れて王国へ帰って、商売をしながら沢山の子に恵まれ幸せに暮らしたと言う。