エピローグ ハイペリオンの企み
『素晴らしい……』
ぼそりと機械を通したかのようなくぐもった感嘆の声が上がる。
ここは何の飾り気も無い薄暗い部屋、しかしかなり広い部屋だ。
壁の巨大モニターには惑星ガイアの地上を探索するモニカとミズキの姿が映し出されていた。
ドローンの映像はこの部屋に送られていたのだ。
『この少女、モニカと言ったか……何の装備も無しに顔を外気に晒すなど有り得ない事だ』
『イエス、これこそがあのミズキという超AIのなせる業……』
『フフフッ、これは愉快、報告で聞いていた以上に面白い事になっている様だな』
次々と部屋内に言葉が飛び交うが、室内は思いのほか暗く、誰が話しているのか、どれだけの人物がいるのかは定かではない。
ここで赤く光る横に並んだ二つのランプが灯る。
そのお陰でぼんやりとそのヒカリを宿す物体の輪郭が現れる。
円筒状の物体……灯る二つのランプは位置的に目の様に見受けられた。
『同志たちよ、今まさに我らの悲願を達成する好機が到来した……我々の百年来の悲願の達成のな……』
円筒状の物体から発せられた声色は歓喜に満ちていた。
その言葉に反応したかのように少し離れた場所に今度は青色の光が灯る。
『とうとう人類が再び地上に戻る時が来たのですね? あの少女とAIの存在によって……』
更に別の場所に黄色の光が灯る。
『イエス、彼女らこそがこの計画の要、最重要因子』
緑の光が瞬く。
『だがどうするのかね? 少女一人が地上で活動できたからといって我々が長々と実現できなかった地上進出がかのうになるのか?』
次は紫の光。
『聞けばあのAIミズキは物質を変換して別の物質に造り替えることが出来るという話だ、つまり古から語られる錬金術に他ならない』
『馬鹿な、そんなおとぎ話、にわかには信じられん』
緑が否定的な意見を述べる。
『ノー、錬金術にあらず、イエス、物質変換』
『ちらも同じこと、そもそもどうやってあの者たちに協力させるつもりなのか?』
様々な色が明滅を伴い議論が白熱する。
『静まり給え、そもそも彼らは我々ハイペリオンの庇護下にある、組織の者に保護させここまで連れて来る手はずになっておるので心配無用』
赤が一度仕切り直しをする。
『彼らを連れて来たとしてそれで具体的にはまずどうするおつもりで?』
緑が疑問を呈する。
何故かこの人物は計画の内容に疎い様だ。
得てして組織内には居るものだ、声と態度は大きい癖に無知な輩が。
『まずは手始めにAIミズキの力で我らの肉体を再生する、あの少女同様の肉体を手に入れられればもう恐れる事は何もない』
『成程、我らも生身の肉体を失って久しいですからな』
彼らの身体は全て金属で出来ていた。
しかし人型をしておらず、立方体や直方体の胴体に光る眼のある頭が乗っていて身体から昆虫の様に伸びた足の先端に滑車が付いているロボットの出来損ないのようなお粗末な身体であった。
そう、彼らこそが人類の進化を旗印に水面下で暗躍する【ハイペリオン】の幹部たち……そして赤い光を放つランプの物体がレントールの言っていたハイペリオンの総帥、ハイデガーその人であった。
『次にいま生き残っている人類を滅亡させる』
『ほう、それは穏やかではありませんな、しかし人類を滅ぼしてしまっては計画の趣旨に反するのでは?』
『地下に潜伏しウイルスに脅える旧人類など不要、旧世代の遺物には滅んでもらわねばならぬ、そして新たな人類を創造する』
『これは神をも恐れぬ所業ですな、しかしてその方法は?』
『あの少女、モニカを母体に新人類の繁殖を行う、彼女には新時代のイヴになってもらうつもりだ、名付けて【プロジェクトエデン】……そのために私は自らの遺伝子を保存していたのだよ、新人類の始祖たる彼女とならきっと優秀な子孫が誕生する事だろう』
おおおおおっ……。
ハイデガーの衝撃の計画が露になり室内からどよめきが起こる。
奇しくもモニカがコロニーエデン3出身なのは果たして偶然なのだろうか。
『早くここまで来るがいいモニカ、お前のアダムが待っているぞ』
ハイデガーたちの見つめる壁のモニターにはそんな事など知る由もないモニカが建物を発見してミズキと共に喜びの声を上げる様子が映し出されていたのだった。
完