戦闘1(始まり)
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その襲撃は、突然だった。
後から考えれば、それは至極妥当な日だったわけだが、そのときのオレたちにとっては、本当に突発的に降って湧いた出来事だった。
簡単に言おう。
二~三百人ほどの魔人の軍勢に、襲撃されたのだ。
ゾクリ、とした。
破壊音と、怒声、そして悲鳴が轟いたのだ。
訓練が開始する少し前、訓練場に向かっている最中だった。
おそらく少し早めに到着したものが襲われたのだろうということに気づいたのは、騒ぎが巻き起こってからだ った。
周りが、どこへ逃げようとしているのか、急いで動き回っていた。
自室へ向かうもの、外へ出ようとするもの、それらが入り交じって、各個人がバラバラに動いていたから、誰一人、思うように動けてはいなかった。
と、隣にいたはずの黒丸の姿が見当たらなくなった。
直後、二回廊下の窓を開けて、飛び降りる黒丸の姿が見えた。オレも慌ててそこへ向かおうとしたが、全く身動きがとれなかった。
怒号と罵声が飛び交う廊下を、蹴られたりしつつも他人を押し退けて、黒丸の出た窓の方へ向かう。
体当たり気味に窓を押し開け、外へ転がり落ちる。近くの木の枝に手を伸ばし、なんとかつかんで、落下のショックを和らげつつ地面に降りる。武器は持っている。何が襲ってきたのかはわからないが、一人で対処できるようなものならなんとかなる。
無理そうなら、もう死ぬだけだ。
「どうせそのうち死ぬ。遅いか早いかだけだ」
自分にそう言い聞かせ、オレは大きな音のする方へ向かった。
完全に、向かう方を間違えた。
訓練場付近まで来てから、オレはそこに気づいた。
訓練場には、数十の遺体と、その三倍程度の人数の、オレたちよりいくつか上の年代であろう青年や女性がいた。
これはまずい。
恐らく、やつらは魔人だろう。
明らかに魔法によるものであると一目でわかる破壊痕、そして、中心にいる人物の、遠目からではっきりとわかるほどの存在感、あれは恐らく、魔力量が膨大であるために放出されているものだろう。
わかる。
近づけば殺されると。
物陰に隠れているが、近すぎる。移動して、逃げなければまずい。
だが、逃げたところで、どうにかなるのか?
あれだけ死んだ。
恐らく、一対一では勝ち目がないだろう。
その上、向こうの方が数が多い可能性もある。
となれば、全滅してもおかしくはない。
それなら、逃げても意味はないのではないか?
そんな思いが、頭をよぎる。
いっそ、玉砕覚悟でぶつかった方が、得策なのではないか。そんな考えまでが、浮かんでくる。
「いや、先に黒と合流だ。どうするかはそれから決めよう」
呟いて、オレはその場を後にした。
宿舎の裏まで戻ってきた。しかしそこで、
「ん? おいおい、良さそうな剣持ってるガキがいるじゃねぇか。殺したら、奪っていいんだったよな。よし決めた。さっと殺そ。今殺そ。ふへへ、ぼろい任務だ。ガキ殺して略奪できて、しかも帰ったら給料まで出るなんてな」
しまった。見つかった。
まずい、まずい、まずい。
勝てるか? 今のオレで?
いや、勝てるかどうかじゃない。
「どのみち、戦わなくちゃいけないんだ。遅いか早いかの違い。やるしかない」
呟き、剣を抜く。
すると、正面の魔人は言った。
「おお、ますます気に入った。柄と刃の長さに違和感があるが、まあ、後で調整すればいいだろ。へへへ、ラッキーだったな。せめて痛みなく殺してやるよ。抵抗しなきゃ楽に死ねる。剣を下ろして、膝をつきな」
どうする?
いや、選択肢なんてない。オレは両手で持った剣を振りかぶり、正面の魔人へと、斬りかかった。
「おお? やる気かぁ?」
魔人は面白そうにニヤリと笑いながら、言う。
徹底抗戦だ。
幾重もの風刃を纏った剣を、魔人へと叩きつける。
うまく回避されるが、剣の周囲にとどめていた風刃を開放し、小規模な爆発のようなものを巻き起こす。当然、切れ味も併せ持った爆風が、使用者であるオレ以外の、全方位に撒き散らかされる。
「ぐ、なん、だと……! お前、他とはレベルが違うな!」
魔人の方は、そんなことを喚くが、それに返事をしている余裕はない。
なぜなら、
「くそ、かすり傷かよ!」
「ふん、当たり前だ。素人の魔法じゃあ、俺様を一撃で沈めることなんて、できやしねえ!」
魔人の男は、多少服が破け、所々出血も見てとれるが、致命傷に至るような傷は、全くついてはいない。
どうする? 今のは結構殺す気だったぞ? どうすれば、殺せる? どうすれば、この危機を打開できる?
答えはひとつだ。
「もっと速く、もっと強く、だ!」
再び、風刃を纏った剣を振り回す。
縦に、横に、むちゃくちゃに振るう。当たれば殺せるはずの一撃。
しかし、
「当たらねぇなぁ? 大振り過ぎるんだ。軌道が読みやすいったらねえぞ?」
男は、剣を下に振りきったオレに、蹴りを叩き込んでくる。
直撃、そして、オレは無様に地面を転がる。
それでも、
「それでも剣を手放さねぇのは、立派なもんだ。まあ、立派だろうがなんだろうが、お前は負けて、その剣は俺様のものになるんだがな」
魔人の男が近づいてくる。
もはや、打つ手はない、か?
いや、まだある。
距離が離れている今なら、使える手はある!
オレはよろけつつ立ち上がると、剣を大上段に構える。大上段? いやまあ、よくわからんけど、とにかく、頭上にだ。
両手で剣を持ち、剣には当然風刃を纏わせてある。
「おお? まだなんかやる気か。最後だ。使ってみろよ。未練残して死にたくはねぇだろ?」
いや、ふざけるなよ?
「殺そうとしてるやつが、何言ってんだよ」
ぼそりと、オレの思いは言葉となって放出された。
「あん?」
聞こえなかったように、魔人の男は顔をしかめる。
いいさ。聞こえなかったのなら何度でも言ってやる。
「ここで死んだら、どのみち未練たらたらなんだよ!」
叫びながら、誰もいない虚空へ、剣を振り下ろす。
振り下ろした地点には、何もない。だが、振り下ろしながら直線的に放出した回転する刃の旋風は、魔人めがけてまっすぐ飛んでいく。
「な、っぶねぇ!」
いいながら、避けようとする魔人。オレの放った刃旋風は、その左腕を吹き飛ばすだけにとどまった。
おわった。
もうだめだ。
切れる札は大体切った。
魔力だって、そう多くは残っていない。
だが、剣は残っている。
剣の魔力制御を解く。剣から風の刃が消え去った。
両手で握っていた剣から、左手を離す。
風刃を纏っていたことで片手では振れない重さになっていたが、刃の長さは片手剣だ。当然、片手で振るえる。
水平に、真横に構えた剣に、再び魔力を通す。
今度は、魔法を使うためではなく、剣の強度をあげるために。
「ほうほう、面白いじゃねーの。左腕の恨みは、晴らさせて貰うぜ!」
魔人は、そう言いながら、右手に魔力を纏い、こちらへ向かってくる。
その首筋めがけて、オレは剣を振るう。
当たらなかった。
剣速が速すぎて、首が来る前に振るい終わってしまったようだ。オレの剣速は、この訓練でかなり上がったみたいだ。
剣を持ち直し、今度は左から、もう一度首を狙って、剣を振るう。
その剣は、防ごうと持ち上げられた魔人の右腕を切り飛ばし、
首に当たる直前で、止まった。
あれ、あれ……?
別段、目の前の魔人が何かやっているわけでもないらしく、彼もキョトンとしている。
また、何かに当たっている感触もない。
「え、何で……?」
「なぜさっさと斬らねぇ! 情けでもかけてるつもりか! ふざけるなよ! 油断はしたが、そこまで落ちたつもりはない!」
違う、違うんだ。
情けをかけるとか、そういうのじゃない。
オレだって、さっさとこいつを斬り殺してしまいたいんだ。
なのに、刃は動かない。
後数センチで届くのに、そこから奥へ、首筋へ、刃が動いてくれない。
両手で持ち直し、もう一度振るうが、それでもダメだ。
まるで何か壁にでも阻まれているようだった。
「ハア、ハア、ふざけるなよ! 殺す、殺してやる! 両手がなくたって、魔法が使える! お前ごとき、手を使わなくたって、殺せるんだよ!」
魔人の後方に、幾本かの炎の矢が出現する。
それらは、すべて照準をオレに定められている。
射出されれば、絶命は免れない。
「何で、何で振れない? 後数センチで、殺せるんだ! 助かるんだ! 何で、何で動かない! オレに、殺させてくれよ! オレを、生き延びさせてくれよ! どうして、どうしてなんだよぉ……」
剣を取り落とし、オレはふらふらと後ずさる。
もう、終わりなのか。ダメなのか。
勝てそうだったのに、いや、実際に勝っていたはずなのに、オレは、勝てないのか。
オレは、
死ぬのか?
いやだ。死にたくない。そう願った。だからなのか。偶然なのか。そこへ、
烏丸黒丸が、雷を纏った右手を振るいにやって来た。
「殺しを躊躇するな。殺るなら殺れ。できなきゃ死ぬだけだ。お前の中の迷いを、切り捨てろ。できなきゃ、もう命は残らない。次があると思うな。俺はもう助けにはこれないかもしれない。お前が守れ。お前のことも、あいつらのことも」
そう言って、黒丸はまたどこかへいってしまった。
オレは、剣を拾い上げ、黒丸が殺した魔人との間で視線をさ迷わせた。
「躊躇。躊躇い、か……」
そんなもののせいで、オレは死にかけたっていうのか。
ふざけるな。
もう、迷わない。
敵は、魔人は、
殺す。
その後、複数回の魔人との交戦を、なんとか勝利で終わらせ、オレは、ふらふらになりながら、紫月たちを探した。
二人は一緒にいるはずだ。
なんとしてでも、合流したい。
さっきから、倒れているやつらを見かける。
もう、ここは戦場だった。
短編版も出していますので、先に読みたいというかたは、作者ページからお飛びください。