第一章 8
さらさらと——
追いかけてくるようにまとわりつく色が、落ちていく
安心、できるわけではないが
少なくとも姉の色は透明さを取り戻し
そこに、手を離すことへの名残惜しさが
茶色い色となって自分の白に滲んでくる
掴んでいた手を離し
心地良いリズムを取るように、姉も手を離す
「本当にありがとう」
と言う姉の言葉が瀑布の白い飛沫のようで
瞬は溜め息をつきながら
「もう懲りたでしょ」
と返す——しかし
潤子が俯いて、間違えた、と思う
姉を責めたいわけでも、八つ当たりがしたいわけでもない
瞬はただ
姉の透明な薄青という色を守りたいだけ
「ごめん
責めたいわけじゃないんだ」
姉が、目を閉じる
それは、彼女が世界や自分を理解しようとする時の仕草
姉はいつでも真剣に世界を生きようとしているのだと
瞬はいつもそう思う
「私こそ、ごめんね」
ぽつんと、姉の零した言葉に色が付く——でも
そうではない、姉が言いたいのはそうじゃないのだと
瞬にはそれが分かる
「大丈夫?」
と聞くと
「やっぱり、思い出せなくて」と
もうひとつ零れる黒い色
「どうしてあの時、今堀君に断らなかったのか
あの時の自分の気持ちと思いを、思い出せないの」
かすかに震える姉の声が、青さを失っていく
塗り潰されるのはいつも一瞬
だからこそ、瞬は姉の危うさを知っている
あれで実はしっかりしている、という周りの姉への評価など
いっさい信用していない
だから、守らなければならないのだ
「突然の告白でびっくりしたんじゃない?」
と聞く
しかし
「それは違う」
と、姉ははっきり否定する
「呼び出された時から告白かなって思ってたし
その時は、断るつもりだったの」
ずれていく色の配置を感じながら
いったい何が起こっているのかと瞬は考える
やらなければならないのは、最悪の想定
自分たちが荒神の病を背負っている、ということ
けっしてそれを忘れてはならない
この、どす黒く汚れた赤い色
タールのように流れる不快な宿命の色
その悪意に満ちた力が姉の判断を歪ませたのだという可能性
「今から病院に行こう」
「それは大げさよ」
「どうせ来週には定期受診があるんだし
早く行っても問題ないよ」
「それなら来週でもいいじゃない」
姉の言葉がおかしな色に染まっているわけではない
瞬に対して普段と違う色を向けるわけでもない
だからきっと
姉が言うように、今から病院へ行く必要はないのだ
それでも言葉にできないような、見たことのない色が未来からやってくる
ちくちくと目に刺さってくるその色が気になる
「荒神の病のことはよく分かっていないんだから
少しでもおかしな兆候があったら診てもらうべきだよ」
今度は
姉の右手を掴む——
透明さをなくし、混乱の灰色をしたところ
少しだけ抵抗され、目が、合う——
向かってくるのは、透明な青色
そうだ、一番不安を感じているのは姉自身なのだと思い
もう一度、
「行こう」
と言う
「うん」
と零れる、小さな、ガラス玉のような色
光に反射していくつもの色を見せながら
自分の、本当の色を決めあぐねている
だが
姉がその戦いからけっして逃げたりしないということを
瞬はよく分かっている




