第一章 6
音が、迫ってくる
教室に入った途端のこと
突風のように周りの音をなぎ倒しながら
問答無用で潤子の音も叩き伏せていくような
そんな音——
足が、止まってしまって
潤子は立ち尽くす
やってくるのは、きらきらした槍のような音
まっすぐに突き刺そうとしてくる
その後ろから
踊るように飛んでくるブーメランの音
もう、避けることはできないと思い
潤子は胸の前で右手を握りしめる
「今堀君と付き合うことになったって本当?」
風を裂く音を立てながら槍が突き刺さる
でもそれは
まだ予想していたこと
胸への致命傷はぎりぎり避けられた
「どこからその話を聞いたの?」
「学校中がその話題で持ちきりよ」
潤子の音は反撃にすらならない
飛んでくるブーメラン
そしてまた別のブーメラン
「で、どうなの?」
「やっぱり今堀君格好いい?」
一気に押し寄せてくる音に飲まれて
潤子は自分の音を出すことができない
ただ
自分の内に流れ込んでくる音に反発するように
後悔という、ほとんどノイズのような音が溢れてくる
しかしそれは外に出ることなく
潤子という存在の境界にまでたどり着くと
方向を変えて彼女の中心へとまた戻っていく
だが
消えるわけではない
中心の点となると、すぐにまた境界へ向けて波が生まれる
その、反復の繰り返し
自分を見つめてくる三人の目が
ぱちぱちと破裂音を立てている
潤子は顔を逸らして
「何かの勘違いよ」と答える
「えー、隠さなくてもいいじゃない」と槍で小突かれ
石突きの鈍い音がして
波紋のように弧を描く内面の後悔の音が揺れて勢いを増す
「やめなよ、潤子が嫌がってるじゃん」
ぴたっと——
音がやむ
潤子の後ろから、金髪が目立つ榎並紅花の声
それは数の増えた波紋に真っ向からぶつかって
一瞬で飲み込み、消していった
紅花の波紋はその後も残り、潤子自身の音と重なって調和していく
「おはよう、紅花ちゃん」
「おはよう、潤子
なんか人気者になってるじゃん」
音と音が触れ合って、潤子と紅花の間に窓ができあがる
それは
二人が互いの内へと入るための窓
手を伸ばし合えば、直接互いの言葉に触れることができる
「気になるよー、ねえ、教えてよ」
こつん、と、二人の窓の枠にブーメランが当たる
でも、今はもう、言い返す力と余裕が潤子にはある
「ほら、私、家のことで忙しいし
恋愛なんてまだまだ先のことだよ」
「じゃあ告白されたのは本当?」
ああ、でもまた、振り出し
心地よい音はいつでもすぐにノイズによってかき消されてしまう
気分が悪い
ノイズがするのなら、音の元を断たなければならない
「もうやめて
今日は体調も良くないの」
そして無音
はっとして顔を上げると、みんなが
勢い任せに切られたラジオのような顔をしていた
「ごめんなさい
昨日、あんまり眠れなくて」
俯く潤子
「行こう、潤子」
と、紅花が手を握ってくれて
緩く温かな音が筋肉に染み込んでくる
「眠れなかったって、悩み事?
いつでも相談しなよ」
笑いかけてくれる紅花に、「ありがとう」と答えて
その手を握りかえす——それは
彼女との窓の向こう側
「そうだ、またさ
潤子の家に遊びに行かせてよ
弟君ともお話したいしさ」
「うん、今はちょっと難しいけど
近いうちに来て
瞬も喜ぶと思う」
三つの音が
惑星の運動のように音を鳴らし合う
特に何かをするわけではなかったけれど
前に三人でいた時は本当に心地良い音に包まれていたと
潤子は思い出す
紅花の顔を見ると
ちょっとだけ頰を赤くしていて
「あははー、楽しみにしてるね」と顔を逸らす
やっぱり
ちゃんと断ろう、と
小さく、でも確かに
潤子のなかで鈴のような音がした