第一章 5
色が、向かってくる
教室に入った途端にこれだ——
決して瞬の心地良い色ではない
向かってくるのに内向的な暗さを持ち
混ざり合おうとする気はなくて攻撃的
だから
そんな色のただのひとつも
瞬は自分のパレットに入れたりしない
丁寧に、ひとつひとつかわしていく
たまに飛び散ってくる色の塊が
知らずに瞬の何かに付いたとしても
そこを乱暴に赤色で塗りつぶしたりもしない
あらゆる色はすぐに褪せていく
そして何もなかったかのように
全てはもとの白に戻っていく
瞬は
ただ耐えて待てばいいと知っている
「荒神の姉ちゃん、今堀先輩と付き合いだしたって?」
訪ねてくるクラスメイト——だが
勢いと好奇心は強いのに
それに隠れて彼自身が見えない
ひとつ、溜め息
「どこからその話を聞いたんだ」
先に返したのは桐登
見えないし触れもしない何かを掴もうとするように
彼は手を動かす——桐登の癖だ
困惑している
それでも
桐登には桐登自身の色があって
瞬は安心する
「ただの噂だよ。僕は知らないからね」
静まり返る教室
男子も女子も静止して
いくつもの瞳が瞬と桐登に集中して
波が引いていくように
色が
心地悪い暗色のねばねばした色が、褪せていく
「なんだ、噂か」
と、ぽつり
色が凪いで
マストのように茶色がたくさん立っていく
「一晩でここまで広がるなんて、いったいどうしたんだ」
「やり方としては上手いと思うよ
姉さんの気が変わらないうちに外堀を埋めるの」
桐登の手も落ち着いて
瞬に顔を向けてくる
「意外に余裕なんだな」
「周りがどうなっても
僕がいる限り先輩の恋は実らないよ」
笑う桐登
その色はでも、少し濁っている
「成立したら学校一の美男美女カップルだろ
話題としては盛り上がるよなあ」
「姉さんが髪の色を黒く染める前は
みんな好奇の目でしか見てなかったのにね」
そう言って
はっとする
桐登の色が縮んでいって黙ってしまった
彼には遠慮なく何でも言えると思っているが
それでも
桐登は桐登で自分たち姉弟に気を遣ってくれている
それを桐登は自然にやるものだから
つい
それに甘えてしまうことがある
もうひとつ、溜め息
「まあ僕らのことはどうでもいいよ
それより桐登の恋の方を応援するよ」
「ど、どうして瞬が知ってるんだ?」
「さあ、忘れた」
慌てる桐登の色が
油に馴染んでいくように伸びていく
それから
密かに向けられて伸びてくる黒真珠のような色
強そうな意志だけど包容的——確か、深井希織
桐登が一目惚れをして
入学から三ヶ月弱の間に三度告白して三度振られたクラスメイト
自分の席に座る瞬
深井希織はもう
友達と話している
三度目、溜め息——深い、溜め息
恋愛は難しいと思う
それは決して、ハートのような赤色には見えない