第一章 4
一人で歩くいつもの道は音が遠く
隣にいるはずの、当たり前の音が今朝は抜けて
空いたところに流れ込む音もなく
それは、潤子にとって
まるで自分の半身がなくなったかのようだった
心臓の音が、震えるヒナのように響いている
喪失を埋めるには遠すぎる
あまりにも小さな、自分の音
公園のなかを通る
大きな公園の、木立の木漏れ日のなかを
木々や葉や風、光、土のにおい
それらが存在しようとする意志の立てる音を浴びながら
その、勢いと豊かさのわりに
寂しく鳴り続ける、通学という別の音
瞬の声があればと
そう思いながら歩く遠い道のり
今堀拓也から愛の告白を受けたのは昨日の放課後
連絡先を交換し
帰宅後に確認した携帯電話にはメールが一通
まだ、開いてもいない
弓道部の朝練習があるらしいが
ない日には
今堀と一緒に登校することになるのだろうかと考える
その時、瞬は一緒に歩いてくれるだろうか
まだ
今は自分と瞬の音が綺麗に重なって聴こえる
それは姉弟として当然だと思っていたが
もしかすると
自分は弟の優しさに甘えていただけかもしれない、とも思う
自分の音と瞬の音が
その重なりを失って離れ離れになってしまったらどうなるだろう
その時
自分と今堀はどんなハーモニーを作れるだろう——いいや
ふたつの音が重なるということが想像できず
そもそも——
どうして「はい」と答えてしまったのかと自問する
だが、甲高い金属音が響き始め
なぜか、今堀に告白された時のことをうまく思い出せない
瞬が怒る理由は、よく分かっている
自分でもおかしいと思っている
今堀を異性として好きなわけではない
ではなぜ?
響く音が低くなり、心臓の音に重なってくる
なぜか——なぜかその音は鼓動を煽り、呼吸が浅くなって
暗いもやのように音が散布していく
それは
荒神の血が何かを求める音だろうかと考え
でもすぐに、それを考えるべきではないと思い直し
潤子は首を横に振る
同時に瞬の名前を呼ぶ自分の声が聞こえ
そのことにはっとして
もっと
強くなりたいと
潤子は願う