第一章 3
世界の光は強烈に瞬へと降り注ぐ
手をかざして遮る明るさ
光に包まれて、白い瞬の存在は消えかかっていく
荒神の者は色素が薄い
肌も髪も白く、瞳も黒くない
何からも守られない体だとよく思う
主治医からは日傘を使った方がいいと言われる
それでも
瞬は自分の弱さゆえに世界を拒絶したくない
鍵をかけると
「おはよう」と声がして、振り向くと桐登が立っていた
「どうしてここにいるの」と聞くと
「潤子さんから頼まれた」と笑いかけてくる
溜め息がひとつ
また、気を遣わせてしまった
堂島桐登は荒神姉弟の幼馴染で
彼らに対して桐登だけが
普通に接してくれる友人だった
ぶれることのない色を持ち、それでいて
姉弟の色を塗り潰そうとしない
色は混ざり合うことで新しくなるが
混ざり合ってなお自らの色を変えないこともある
それが、姉弟と桐登の関係性だ
とは言え
桐登に声をかけるくらいに姉を心配させたのだと思うと
もう一度溜め息をつきたくなる
「大したことないって言ったんだけどね
ちょっとめまいがしてかがんでしまっただけだよ」
「瞬は意外に無茶するからな
潤子さんが連絡するくらいだから、ま、
今日は無理するなよ」
「ありがと
気を付けとくよ」
教室ではいつも一緒だが
一緒に登校するのはいつぶりだろうか
いつもと
世界の色がまったく違うことに気付いて、瞬は
これが姉のいない世界かと、ふと思う
「潤子さん、うちのキャプテンと付き合うことになったらしいな」
突然の、桐登の言葉に——
色が、変わっていく
混ぜるのに失敗した絵の具みたいに
景色が濁っていく
息を吸い込んで
そこにある汚れを全て吐き出す——溜め息、どこまでも溜め息
桐登が、のけ反るくらいに
「どうして知ってるの?」
「キャプテンが言ってたよ」
ああ、気に食わない
浮かれているのは今堀本人だけで
こっちは昨日から重たい気分——もはや
これは姉だけの問題ではなく
自分も含めた問題だ
直接会って言ってやらないと気がすまない
「浮かれているところ申し訳ないけど
姉さんはあなたみたいな人と一緒にはなれません
二度と声をかけないでください」
今はもう学校であろう弓道部キャプテンに
瞬は念を飛ばす
「でもな、頼りになって後輩思いで
運動も勉強もできて優しいし格好いい
嬉しいことがあると舞い上がってしまうところはあるけど
まあ、本当に、いい人だよ」
「いくら桐登の言葉でもこればっかりは納得できない」
「まあ一度会ってみたらどうだ
瞬も納得できるかもよ」
できるわけがない
瞬のなかに歩み寄るという考えは存在しない
いやそもそも——そうだ、そうなのだ
昨晩は姉に対して怒りを覚えたが
そもそも悪いのは相手の男なのだと瞬は思う
昨日とは質の違う怒りが湧き上がって
気持ちが、どんどん昂ぶって、景色が燃えていく
そこに
「瞬の潤子さん想いは激しいからな」
桐登の、屈託ない明るい声
それは沸騰したお湯に入れる氷のように
瞬の温度を下げていく
また、救われたと、思う
自分は冷静沈着な方だと思っているが
姉のことになると見境がつかなくなることも自覚している
ひとつ、小さな溜め息
「たった一人の家族だからね、心配なんだよ
見てて危なっかしい姉だから」
「あれでいてけっこうしっかりしてると思うけどな」
もうひとつ溜め息
桐登が言うことは間違っていない、と思う
姉の色がずっと透明さを保っていられるのは
ある面で強さなのだろうと、瞬も分かっている
それから
「今日は朝練なかったの?」
「今日は休むことにしたんだよ、たまたまな」
「それはすごい偶然だね」
桐登の気遣いもよく分かっている
姉からの連絡がなくても
最初から今日は一緒に登校するつもりだったのだ
桐登が笑い
つられるように
瞬も笑った