第一章 2
朝食は
緩やかな風の微笑むなかで
向かい合う姉が零す柔らかな光
箸使い、表情、口までの運び方、口の動かし方
その全てが瞬には尊く美しいものとして輝く
昨日と変わらない姉がいて
たぶん、昨日と変わらず接している自分がいる
しかしそれは、姉のおかげ
過去が改竄されることなどなく
消え去ってしまうこともない
二人が背負ってしまったものがその重みを偽ることもない
だとすれば
姉は避けているのではなく待っているのだと
瞬には分かる
そして、自分たちの、自分たちだけの小さな幸せは
まだ確実に存在しているとも思う
「姉さんの料理は本当に美味しいって改めて思うよ」
「急にどうしたの」
「こうやって二人で食事できるのが嬉しくて」
姉の箸が止まり、少しだけ表情が緩んで
「私も」
と言う
箸を置き
水を飲んで手を合わせ
「ごちそうさま」と言う
それは祈りの言葉
姉の気持ちと全ての意志に対するお礼の言葉
わずかその一瞬、目を閉じるその一瞬に
瞬は世界を介して姉と繋がる——
目を開ける
姉も箸を置き
落ち着いた動きで手を合わせ
「ごちそうさま」と言う
「昨日はごめん」
立ち上がる前に、姉を止める
彼女は少しだけ寂しそうな顔をして——
いや
瞬は
そうではない気がした
色が違う——薄青に静寂が孤独そうな表情をする、そのなかに
わずか黒い点が落ちている
「どうしたの」と
咄嗟にこぼれ
感付いた瞬に姉も気付き、それから
「どうして断らなかったのか
自分でも、よく分からなくて」
言葉の意味なんて
瞬にとって大切なものではない
だが
だからこそ
姉の透明な言葉に落ちた黒いものが
瞬を不安にさせる
何も言えず
立ち上がろうとしてめまいを起こし座り込む
「大丈夫?」と姉の声
暖かい手が肩に触れ
そこに曇った色は存在しないことにほっとする
「大丈夫
大丈夫だけど、今日は先に登校して」
姉は首を横に振り
「一緒に行こう」
と言ってくれる
たぶん、今は、これだけでいいと瞬は思う
自分のなかからすぐにでも不安は消える
そして立ち上がれたら
またいつものように自分が姉を守ればいい
「ごめん、今日は一人で行きたいんだ」
もう少し
今は姉の顔を見ることができない
「ごめんね」
と声が聞こえて
姉が立ち上がる
「片付けもしておくから」
と言い
「ありがとう
それじゃあ、先に行くね」
と察してくれる姉の気持ちが嬉しくて
瞬は
ゆっくりと深呼吸をする
姉の残した澄んだ青色が
深く深く肺の奥まで入ってきて
その清らかさに
自分の血が動き出すのを感じた