第一章 18
電話のコール音は待ち遠しい黄色
水に落とした絵の具のように
大きく広がっていく——それが
小さくなることはない
空間はどこまでも続いているかのように
瞬に永遠という感覚を与える
そこに存在できるのは
それ以上薄まることも消えることもない白という色だけ
あらゆるものは存在し
そしていつかは消えていく——だが
瞬は
それでも消えることのない自分がいるということを知っている
続くコール音、だが
永遠という実感が瞬の時間を狂わせる
自分でも普通ではないと思う
待ち遠しいし、早く姉の声が聞きたい
一秒でも早く、姉に伝えたい——それでも
待つことを不快だとも苦痛だとも思わない
電話は繋がらず
一度携帯をしまって、ゆっくりと深呼吸をする
感情は時に大切な何かを隠してしまう
ゆっくりと深呼吸
世界をもう一度、白一色にする
灰色の校内が質量を持って瞬の前に現れ
その色に少しだけ自分の白をかぶせながら
姉の教室まで行った方がいいかもしれないと考える
固く反発する石のような色の階段に足を置いて
降りようとしたところに、携帯の着信
姉からの電話——これは
どちらか分からない
きっと多分、別れ話は失敗している
それは瞬にとってどちらでもいい
自分が言えば終わることなのだ
何も問題はない——だが
自分の喜びで姉の色を侵食してはいけない
姉には姉の色があり
喜びは色から生まれ——それは
押し付けるべきものではないと瞬は思う
「大丈夫?」
と第一声——どこまでも
姉の足元に広がる白い雪原でありたいと思いながら
「心配かけてごめんね」
落ちてきたのは
煤けた薄青色
重みを持ったその色は
抉るように白い雪原を穿つ
ああ
思った通り、別れられなかったんだと確信する
そして、いや、だから——それとも、しかし?
感情と論理が入り混じっていく
何が正解だろうか、と考える——いやきっと
たぶん
今なら何もかもが正解になるに違いない
自分は
白い色でいさえすればいい
姉の色をともかく受け止めさえすればいい
だとすれば
まず最初に伝えることは——
「大鳥先生から連絡があったよ
姉さんにも耐性が見られたって」
「え——」
——一瞬
それは一瞬のこと
瞬の白い色をどこまでも透明な一本の線が突き抜ける
瞬の白色は薄青色を帯びてなお白であり続ける
この声が聞きたかった
何にも着色されていない、本当の透明な色
荒神の淀んだ血の色を全く感じさせない
姉の
姉だけの本当の透明さとそこにある薄青色
姉の発したわずかな声は——
間違いなく、その色だった
「姉さんも僕と一緒だよ
だからどっちにしても、先輩とは付き合えない」
「そう、なんだ」
力が抜けていくように
姉の色が伸び広がっていく
薄まった空のような色——そこに流れる白い雲
自由だ、と、そう思った
学校とか社会とかそういうものが
本当に人間を縛ることなんてできないのだと
瞬は自らの永遠のなかで強くそう思う
「姉さん、まだ別れられてないんでしょ」
「あ、ご、ごめん
そうなの、私、自分がこんなに優柔不断だと思わなかった」
「姉さんは優しすぎるだけだよ
僕から先輩に言っておくから心配しないで」
少し、間が空いて
「うん、ありがとう
今回は瞬に甘えさせて」
姉の声に
いろんな色が現れる
ただそのなかで
姉の透明な薄青色は確かに飛び跳ねようとしていて
瞬は
そこに手を伸ばす——それを
姉は掴んでくれた
白い雪原にしっかりと姉の色をつけて
その色彩の鮮やかさを選んでくれた
もう、それだけで
自分は何でもすることができる——
そう思う瞬は、ひとつだけ自分が勘違いしていたと気付く
この景色は灰色だったわけじゃない——本当は
銀色に輝いていて、それを、自分が灰色にしていただけなのだと
「任せといて
それじゃあ、また放課後に」
電話を切る
まだ
姉の色を感じる
自分に向けられた色——それは
瞬のなかで、紛れもなく確かに——
姉自身だった