第一章 13
世界にはたくさん色がある
だけれど今日はいつにも増して多彩な色が入れ替わり
目まぐるしく、落ち着かない一日だった
それでも、夕方にはいつもの色彩に戻り
姉と二人の世界へと帰ることができた
姉がいれば、瞬には何の不満もない
だが、不安が消えることもない
小さな黒い染みが、世界のいたるところにぽつんぽつんと落ちていく
気にしても仕方がない、ということも、分かっている
だが、これだけは冷静でいられない
——溜め息
勉強していたはずが、いつの間にかペンが止まっていることに気付く
もう一度、溜め息
自分の白さが、黒だけではなく
いろんな色に侵食されているのが見える
ペンを置いて、深呼吸をして——ペンを取る
しかし、勉強は再開に至らず——携帯電話が鳴って
見ると、予想通り、桐登からの電話だった
「今堀先輩が心配してたぞ」
ここも予想通り
「やっぱり姉さんには無理だよ
荒神の人間がちょっと特殊なのは知ってるでしょ
僕はまだいい方だけど、姉さんは
普通の人と生活するなんてできないよ」
「それでも先輩なら、潤子さんの力になりたいって言うと思うぞ」
そして溜め息
たぶん、こうなるとは思っていた
昼間に一目見ただけだが、決して濁った色はしていなかったし
場合によっては、仲良くもなれたかもしれない、とも思う
それでも今の今堀先輩の色は姉にしか向いていないし
あの薄い暖色は、姉の薄青を塗り替えようとしている
それは、認めることができない
「僕が直接説明するよ
明日の放課後に先輩と会いたいんだけど、仲介してもらっていい?」
「俺は構わないけど、校内中に話が広がってるのはどうするよ」
桐登らしい心配、だが、半分は桐登らしくない、と思う
彼にとって今堀という人間が特別だというのが分かる
不安定に変わり続ける色が見えて
少しだけ、申し訳ない、と思う——それでも
瞬に折れる気などまったくない
「先輩が勝手にしたことでしょ
僕や姉さんには関係ないよ」
「いや、潤子さんが悪く言われないかと思ってさ」
桐登の、桐登らしい色が見えてくる——だから
「桐登が心配しなくていいよ」
と返す瞬は、彼の色を全肯定するための白でありたいと願う
それから、少しだけ些細な話をして電話を切った
しかし切るとすぐに
瞬と対峙するように薄い暖色が見えてくる
思えばどうして、先輩は姉を好きになったのだろうか
それだけならまだしも
告白をする気になったのだろうか
学校では登下校も含め
瞬は自分でも過剰だと思うくらい姉と一緒にいた
仲がいいというのは学校中に広まったのに
それなのに二人の間に入ろうとする男がいるというのは
いったいどういう神経をしているのかと思う
自分と姉の色は混ざることなく、だが反発も離散もしない
常に姉の色をその色足らしめる白でありたいと思い
そうしてきた
そこに誰かが入る余地などなかったはずだ
不自然な色の分断をしようとするその意志が気に食わない
今堀が、姉の手を握ることがあるとすれば
いったいどんな色になるだろうか
二つの色は混ざり合うのか、それとも反発するのか
それとも互いに干渉することなく並ぶことができるだろうか
——瞬の白色が、隆起する地面のようにうねりだし
少しずつ濁っていく
牛乳にコーヒーを入れていくように色を変えていき
そこに
赤い染みが浮かび上がってくるのが見える
大きく、溜め息——そして深呼吸
気持ちを昂ぶらせてはいけない、大丈夫、大丈夫、と
瞬は自分に言い聞かせる
立ち上がり、水を飲むために台所へ向かう
瞬は
荒神の病に耐性を持っている
と言うのは、正確ではない——
呪いの血文字が鮮明に見えてきて
自分のなかに白ではない別の色が確かに存在していることに気付いてから
瞬は体内で毒を自由に作り出せるようになった
——荒神の力
ごく稀に現れる、荒神の、呪いのための力
瞬のなかの、消えることのない赤紫の不安
時々、誰かに呼ばれる気がして
その度に、全てを断ち切って姉と二人で荒神を抜け出したい、と思う
瞬は
心の底から、荒神を否定している