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第一章 12

朝からいろんな音が鳴り

不安定だった瞬と自分の音も夕方には調和し

緩やかに、丸みを帯びた音がする夜となった

料理をして、瞬と二人で食べた夕食は

朝とは違って互いの音を探り合う必要もなく

潤子が笑い、瞬も笑った——しかし

瞬が笑う時、音がくぐもって突き抜けてこなかった

たぶん、自分と今堀のことではない、と思う

瞬は時々、ひどく荒神の病を恐れることがある

耐性を持つことができた瞬自身は

きっとある程度長生きすることができるだろう

自分は——耐性のない自分は

病が発症すればすぐに死んでしまう

しかし潤子はもう、それを恐いとは思わないし

自分の背負っているものを嘆くことも呪うこともしない

——そう、決めたのだ

その時がいつ来るか分からないが

それまでをできる限り前向きに力強く生きていくのだと——

最期には、短かったけど本当に綺麗な音だったと

そう言えるように


ただ、そうは言っても、やはり

残すことになってしまう瞬のことを心配しないわけではない

音が、少しずつずれ始める

調和はしている——だが、瞬と自分の音の拍子が一致しない

それを修正することは、たぶんできない

だから潤子は、時に謝ることしかできなくなる

瞬がそれを望んでいないことはよく分かっている

それでも

どうしようもなく、ずれた音のなかで二人は見つめ合う


食事が終わると

片付けはすると瞬が言ってくれて

潤子はお風呂に入り、それから

自室に行ってベッドに横になった

倒れこむように沈み

一日の音が不規則に蘇ってくるのを目を閉じて聴く

こんな時は決まって

嫌な音が強く響いてくる

あるいは、一日の懺悔の時間なのかもしれないとも思う


ふと、目を開けて

携帯電話を見ると

今堀からメールが来ていた

開けることに、もう抵抗はない

それでも心地良い音がするわけではない

内容は潤子の体調を心配する文面——ああ、やっぱり

今、自分と今堀は、形の上では、付き合っているのだ、と

思い知らされる突き刺すような重低音

気持ちはありがたいと思う——それでも

やはり荒神の病を考えると付き合うことはできない

いやそれよりも、そもそも自分には、付き合うつもりなんてなかった

少しだけ

震える指

トレモロのかかる、か細い自分の音


本当にごめんなさい、やっぱり持病のことを考えると

お付き合いはできません

詳しくは明日、直接お話しさせてください

朝か放課後に会いましょう


——送信

ふっと息をついて、また、目を閉じる

暗闇のなかに浮かんでいるような感覚

そこでは地上とは思えない音が

はるか彼方から聴こえてくる

時々、自分を見失いそうになる

それはとても恐ろしい瞬間で、昔は

すぐに目を開いてしまっていた——だが

今は、もう少し目を閉じていられる

瞬のことを考えて

瞬の音を思い出せば

自分の輪郭を保つことができる——

でもきっと

今堀の音では、自分の輪郭を確かめることはできないだろう

だから


荒神さんを支えたい


と、今堀から返信が来ても

それは無理だと否定してしまう——でも

この感覚を今堀に伝えるのは難しい

荒神の病のことを言うわけにもいかず

かといって荒神の家に今堀を入れるというのは——

ちょっと今は考えられない

音が

乱れてくる

雑音が増えてきて

もう、今日は無理だと思う


詳しくは明日話します


と送ったのは、半分諦め


朝に会いたい


と返信が来て

反射のように

瞬の音を思い出す

大丈夫、と自分に言い

震えてばらばらになりそうな自分の音を

瞬の音で、繋ぎ止める

繊細で、でも力強く鳴り響くその音が、今は

潤子の世界の全てだった

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