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第一章 11

幼い頃からずっと見てきた景色が

少しだけ、色を薄くしたように感じる

夕方、とは言っても、まだ色は落下しようとしないし

空もわずかに暗くなったくらい——

握りたい手が、すぐそこにある

だが、ここでは握れない

二人で並んで歩くことが、今できる最大限

今朝一度だけ別々に学校へ行っただけなのに

それなのに

姉と一緒に歩くことが、本当は特別だったのかもしれないと思う


下校する同級生たちとすれ違う

瞬と潤子の目立つ外見から

四月はいろんな人によく見られた——それなのに

今はもう、二人が一緒に歩いているのを気にする人など

ほとんどいない

自分たちが姉弟で、ちょっと体が弱いということを

みんな知っている——でも

本当のことを知る人はいない

荒神の病によっていつ死ぬか分からないということも

瞬が本当は、姉と恋人のように見られたいと思っていることも


景色と同じ色に同化して、同級生や先輩たちが通り過ぎていく

溜め息をつきながら

でもそれでいい、と瞬は思う

姉の色が世界のなかで浮かび上がって

自分のすぐ隣にいてくれるのならば

瞬はそれ以上のことを望まない


「いろいろごめんね」


姉の声が、爽やかな薄青色をして瞬のなかに入ってくる

朝よりも明るくて、染みのような黒い点も見えない

——ああ、姉さんも、荒神の病のことを心配してたんだ、と

今になって気が付く

そして、やっぱり——

自分たちは何があっても荒神の血から逃れられないのだと

瞬はまた溜め息をつく


「迷惑かけちゃったね」


と、姉の声——しかし色の方向が変わった

きっと、溜め息の意味を誤解された


「違うよ、荒神のことを考えてたんだよ」


姉の色と自分の色が向かい合う

そして曇っていく姉の薄青——だが

これは、荒神の病のためではない


「そんなに思い詰めないで」


そうだ、血に縛られているのは自分だけで

姉はもう、自分と同じ場所にはいない

和真が言っていたことは、間違っていない

姉は、自分よりもよっぽど大人だ——しかし、それでも

姉が病で死ぬかもしれないと考えるだけで

瞬はどうしようもなく押しつぶされそうになる

周りはどこまでも濃い黒色となって何も見えない

自分の白い色など埃と変わらなくなる

だが

そんな自分の弱さを姉に見せるわけにはいかない

瞬は

必死に耐えながら待つ

轟々と唸りながら瞬の存在を吹き飛ばそうとする黒い嵐が

嘘だったかのようにどこかへ過ぎ去っていくのを


「昨日の今日で、ちょっと疲れただけだよ

 大丈夫、心配しないで」

「それじゃあ、今日の夕飯は私が作るね」


静かな、姉の声が

きらきらと輝く水滴のように瞬に浸透し

沈みかけている太陽の光のなかで

思わず泣きそうになる——半分嬉しさで、半分は悲しさ

姉の手料理も、いつか食べられなくなる日が来るかもしれない


「うん」


返すことができたのは

たったそれだけの、白地のなかに埋もれそうな白い点

でも


「元気出して」


姉はそれを見つけてくれる——そして

見られてしまった、と思う

姉を支えているようでいて

本当は、自分が姉に支えられている

姉が、自分の薄青色をどこまでも自由に伸ばせるように

瞬は世界を覆う白い色になろうと決めた——なのに

彩り豊かな世界のなかで瞬の色が存在できるのは

世界との間に姉の色があるからだ


溜め息——どこまでも、溜め息

どうせ世界には届かないと思いながら、溜め息


「大丈夫よ

 私はずっと、瞬の側にいるから」


はっとして、姉の目を見る

世界には届かなくても

姉にはちゃんと届いている——そして、慰めてもらった

姉の言葉が恋の色をしていないことは分かっている

だけれど、それでも瞬にとって

それは何よりも光り輝く黄金の言葉だ


「先輩との件がちゃんと終わったら

 一緒に料理して、ちょっとだけ贅沢しようよ」


本当は、姉の顔を真っ直ぐに見て言いたい

だけれど、今はちょっと、それができない


「ありがとう

 私も、頑張るね」


姉の声が、いっそう優しくその青さを揺らして

瞬の白い輪郭を撫でてくれる

大丈夫——そう、思いながら、姉の手を握る

柔らかく、温かく、握り返してくる手が、今は

瞬の世界の全てだった

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