第一章 10
「今日は何の忠告?」
黒の侵攻に負けてはいけない
瞬は自分の色を伸ばし
和真を牽制する
診察でないことは分かっている
「いつも言っているが潤子ちゃんのことを気にしすぎだ
姉弟で仲がいいのは悪くないが、お前は少し異常だ」
「たった一人の姉だからね」
返すのは、淡々とした色の落下
反発したい気持ちはもっと強い
言い返す言葉もたくさんある——だが
瞬はそれらを全て抑える
「お前は病の耐性を持っているが、潤子ちゃんは持っていない
親密すぎるとどうなるかは、分かっているだろう」
「言われてなくても、一番気をつけてるのは僕だよ」
真っ直ぐに和真を見つめ、少しだけ白の侵攻を行う
「お前は潤子ちゃんのことになると昔から周りが見えなくなる
少しは姉離れしろ」
「姉さんが心配で離れられないよ」
「潤子ちゃんはしっかり物事を考えられる
お前よりよっぽど大人だ」
「それは他人の見解でしょ」
黙る和真——だが、彼は納得したわけでも引いたわけでもない
塊だった黒い色が細い無数の線に分かれていって
不規則に伸びたり消えたり繋がったりする
だがそれは、少しずつ規則的な幾何学模様となっていき
やがて、カズマの言葉と結びついていく——洗練された、黒く光る幾何学図形
「この話は平行線
他に用がないなら僕は帰るよ」
背中を向ける瞬——だが
和真に名前を呼ばれて、立ち止まる
「瞬には変わったことはないのか」
予想外の質問——ああ、だが、和真の目の奥には
まだ完成した幾何学図形が綺麗にくるくると回っている
「僕には何もないよ
今回の姉さんのことで胃が痛いくらいで」
言ってしまって、少し後悔
自分の白色を、自分で色付けてしまった——これは
いらない一言だ
「荒神の病を考えると異性と付き合うのは慎重にしたいが
一度の人生なんだ
潤子ちゃんに悔いが残らないようにするのが一番だと思う」
「今の状況は後悔しているみたいだよ」
また、黙り込む和真
先ほどの図形は分解されて
また大きな黒色がべちゃっと落ちてくる
それは高速の早送りのようにほどけていって
細い細い無数の黒線となって
再び図形となることを目指して動きだす
今度は——嫌な感じがしない
むしろ、次に出来上がる黒い図形となら
手を繋いでもいいと思える
「潤子ちゃんが後先考えずに首を振ったとは思えないんだが……」
「そこは意見が一致するんだね」
休戦協定成立——白と黒は互いに歪な形で隣り合うことを認め合う——決して
太極図のようにはならないとしても
「気になることはあるが、今はこれ以上分からない
もしまた記憶が飛んだり、おかしなことがあれば教えてくれ」
「頼りにしてるよ」
背中を向ける瞬
診察室のドアを開けて、ようやく
自分の色が解放されると——長い溜め息をついた