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第一章 1

目を覚ますと、荒神瞬は世界の色を確認する

——今朝は灰色

昨夜起こった、姉とのいさかいが落とす影の色

そこに溜め息が混ざって

重くなる六月の、珍しい晴れ間——しかし

まだ雨が降っていた方がいいと、瞬は思う

もうすぐ終わるだろう梅雨を延ばして

自分も、姉も、びしょ濡れになって見つめ合えたらと思う

そうすれば

自分の気持ちも伝わるかもしれない——

二度目の溜め息が

彼をいつもの朝へと連れ戻す

台所から水の音

姉の動く気配

それに合わせて、怒りと、後悔と、何よりも、息苦しさ

胸の奥の密かな昂揚と、尽きることのない、愛おしさ


昨晩、姉が

「付き合うことになったの」と

俯きながら言ってきた

相手は弓道部のキャプテン

学校中で知られている人気者

姉と同じ二年で、クラスは別

姉はというと、色白で物静かで気が利いて大人っぽい

好かれる理由はたくさんあるだろう

しかしほぼ毎日の瞬との登下校で

仲好し姉弟として有名になり

四月から色恋問題はなくなっていた

それなのに

理不尽な暴力のように

いらない色が降りかかってきた


——ともかく

姉に対して言い返す言葉はいくらでも思い付いた

だが瞬は「何考えてるの」と強く責め

それに戸惑うように言葉をなくす姉を見て

それ以上、何も言えなかった

「今日はもう話したくない」と言って姉を遮断し

部屋に戻って治まりそうにない怒りに必死に耐えた

それは

瞬の怒りだけではなく、荒神としての怒りでもあった

荒神家の者が、容易に他者と関わってはならない理由がある


 ひとつ、代々謎の奇病を受け継ぎ短命につき幸から遠い

 ふたつ、奇病は易々他者をも蝕み関わり合っては命を落とす

 みっつ、病については口外できず、知る者全て家人とせよ


姉が聡明な人間だということはよく分かっている

軽はずみな判断はしないし

いや何より

誰かと恋愛をするという発想があったと思えない——

よくよく考えれば、何か——色がかみ合わない

布団から出て

灰色に塗り潰されてよく見えない床に足を置き

一歩一歩、名づけられない不安という色を踏みしめるように台所へと向かう

向かいながら、少しずつ増えていく色のなかに

瞬は何よりもまず姉の色を探す

戻ってくる、いつもの朝——それと

台所で朝食を作っている、いつもの、澄んだ薄青の姉の色


今日の朝食は姉の当番

荒神の病で両親は既に他界し

叔父の援助を受けながら

家族四人で少しだけ過ごしたこの家に、今も姉と二人で暮らしている

台所に入ると姉が振り返り

「おはよう」と

笑ってくれた

昨日何もなかったかのように

それくらい自然で

瞬もそうであることを望んで

「おはよう、姉さん」

と返す

——だが

瞬には分かっている

こうやっていつも気を遣ってくれること

自分にとって居心地のいい色をいつも作ってくれること


食器の用意をしながら

姉の背中を見つめる

昨日のことが夢だったらいいのにと思い

いやでもすぐに

間違いなく現実だったと思い返す

溜め息が出そうになって

はっとして止める

ちょうど、姉が振り返ったところで

その笑顔を見て

いつもの、瞬が大好きな、その表情のなかに溶けていきそうな

だけれど

今日は少しだけ翳りのある

そんな姉の笑顔を見て

やはり

立ち向かわなければならないと、決心した


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