6 巨人
そのあとはお互い何も話さずに、黙々と森の中を歩き続けた。
「……ここは?」
1時間ほど経過したところでカテーナが目を覚ました。
「まだ森の中。今は街に帰る途中で、このままのペースで歩くと3時間で着くよ」
「その声はヒロさんかしら?私は……あのときいきなり黒い巨人に出くわして、仲間が死んで、私も死ぬかとおもって……」
肩にかけられた力が強くなった。
「安心して、今敵はここにいないし、オレが責任をもって街まで連れて行くよ」
こまった人に手を差し出し助ける、それが英雄の義務だと私は思う。3年前見知らぬ女の子を助けてくれたあの英雄のように、私はなりたい。
「ありがとう、ヒロさん。頼りにしていますわ」
かけられた力が少し緩くなった。
雰囲気が少し和らいだところで、ヴァッツが口を開いた。
「そういやさカテーナ、この鎧って確かあの……神官じゃない方が装備していたはずだろ?」
「神官ではない方って首がなかった冒険者だったっけ?」
「そうだな。俺が覚えている限りでは、最初に意味もなく突出したあいつが頭をかじられて殺されて、そのあとカテーナの方に突撃したはずだ。その一瞬で奴の鎧を装着したように見えたがどうやったんだ?」
「この魔法は【装着】でつけたのよ」
【装着】とは自身か味方の装備品が手元にあれば即座に装備できる魔法とのことらしい。
「正直ネタか趣味の魔法の範疇と思っていたから、こういう時に役に立つとは思わなかったわ」
「いやその魔法どこがネタ魔法だよ。たとえ武装解除してもすぐにフル装備になって襲い掛かられたらたまったものじゃないぞ」
魔法が得意すぎるエルフの感覚が良く分からんとヴァッツはぼやいた。
背負っているので直接は見えないがカテーナは肩をすくめて少し微笑った、ような気がした。
「こっちこそ武器や鎧がないと戦えないヒトの感覚がよくわからないわ」
「それは今のお前さんがいえたことじゃないけどな」
「あなたがパーティーの音頭をきちんと取っていれば、こうする必要はないはずでしょ」
「それに関しては俺の不手際だ。申し訳ない。あの巨人が呪いで強化されていたとはいえ、俺が指揮をとれていればこうなるはずはなかったからな」
歩きながらだがヴァッツは頭を下げた。
ヴァッツの説明によると、あの時鎧の元の持ち主がヴァッツの指示を無視して先行して巨人に一人で遭遇。
ロクに抵抗できずに巨人の手に捕まり、ヘルムをむしられた上で頭を丸かじりされたらしい。
どちらかというとヴァッツよりも死んだ男の不手際の気がする。
「プ…ヒロ、お前冒険者ギルドのランクの制度について何か知っていることはないか?俺は冒険者生活は長くないが同じランク8の冒険者でも……言いにくいが人によってかなり実力に差があるようにみえた。この鎧の持ち主はリーダーの俺の命令を無視して突出したために死んだ。俺と同じ学校の卒業者ならそのような間違いは犯す奴はいないとはずだ」
「うーん、オレが聞いた話だとランク上げはランク11以上は複数の支部が承認する必要があるけど、ランク10まではそれぞれの支部の裁量によるらしいね。だからヴィレッジみたいな田舎にある冒険者ギルドは冒険者を集めるためにランクの基準が緩めているらしいよ」
「俺は王都の冒険者ギルドで登録したが、支部によって裁量が違うのか……。ありがとう、助かる」
後で報告しないとな、とヴァッツはブツブツと何か言った。
もうすぐ日が落ちるが森の中はしんとしていた。日が落ちると魔物の活動が活発になり、遭遇する可能性が上がるが、今日はまだ出くわしていない。
何かがおかしい。日が落ちてあと1時間で森を抜けるというときに異変は起こった。
「……ねえ、聞こえない?何かがこっちに近づいているわ」
「そんなこと言っても何も聴こえねえよ、エルフの耳を基準にするな。あいつが来たのかもな。ヒロ急ぐぞ」
私たちは走り始めたが、鎧を装備したカテーナを背負っているので全力で走ることができない。
私の鼻が例の焦げ臭い匂いを感じて、その後しだいに木々が倒れる音と巨大な何かがこちらに向かっているのが私の耳にも聴こえるようになった。
振り返るとそこには人の3倍の高さはあろうかという巨人が、そしてその肌が見えないくらい濃い瘴気に覆われた巨人が私たちを追いかけていた。
「……ヒロ!追いつかれるぞ!」
「これ以上速度を上げるのは無理!確かこの近くにゴブリンの古巣があるからそこに逃げ込もう!」
「わかった!少し時間を稼ぐぞ……【凍結】!」
ヴァッツは走りながら振り返り、剣を抜いて地面に先端をつけ詠唱をすると、先端をつけた地点の地面に膝の高さくらいの氷の塊が発生した。
直後に黒い瘴気をまとった巨人氷の塊に足を取られ転倒した。
……ヴァッツは魔法を使えるんだ。魔法に適性はあったみたいだし、冒険者学校に通っていたときにそこで?
ゴブリンの古巣は地面を掘って作られた巣穴で、入り口は人間がギリギリ1人通れるくらいの大きさだ。
カテーナを穴に詰め込み、私とヴァッツが巣穴に飛び込む。
巣穴の内部は人間が膝立ちできる程度の横穴で、かつての住人の持ち物と思しき石のナイフや木を削って作られた器が残っていた。
ヴァッツが飛び込んだ直後に足音と地面が大きく揺れて、巨人はそのまま通過した。
そこではじめて一息息ついた。危ないところだった。
しかしいつまでたっても呪いの焦げ臭い匂いが消えない。まだ巣穴の近くに潜んでいるのだろうか。
時々私が巣穴の入り口から顔を出すと、巨人は巣穴の周辺をうろついているのが見えた。
「食料と水は切り詰めれば2、3日は持つ。もしこのまま巨人がここから離れないなら俺たちはこのまま籠城しよう」
次の問題はカテーナの全身鎧をどうするかについてだ。このままでは鎧が重いので背負って逃げることも、カテーナ自身が走ることもできないからだ。鎧は大きく潰れているせいで鎧の部品を外すことができない上、私が力一杯引きちぎろうにもビクともしない。
「お前の怪力でも無理なのか……。ちょっと明かりをこっちによこせ」
明かりをヴァッツに渡すと、彼は鎧の継ぎ目に書いてある紋章を指差した。
「この鎧の継ぎ目に描かれている小さな魔法陣は装甲を強化するために強化魔法を付与されている。無理やり鎧を引き剥がす方向にも耐性が付与されているみたいだな」
外すには街に戻って専用の魔道具が必要らしい。
「魔法で鎧を装備できるなら魔法で外すことはできないのか?」
「不可能ではないけど、こう全身鎧を着ていると行使できる魔力に制限がかかるのよ」
カテーナの説明によると魔法は空気中のマナを体に取り込み、そのマナを利用して発現させるという。
マナを取り込む経路は口からの呼吸と体表面からの吸収の2つがあり、鎧を着ると体表面からの吸収ができなくなるため、魔術師は防御の高い鎧を着ることはないのだ。
「だからこのまま魔法で鎧を脱がすと、最悪制御に失敗して体に鎧がめり込んでしまうかもしれないわね」
「街まで戻るまで鎧を外すのは無理みたいだね……」
カテーナがか細く微笑う。
「——ヒロさん、ヴァッツさんごめんなさい、私がこんな足手まといで……。いざとなったら私を置いて行って構いませんわ」
「弱気にならないで。安心して、オレが絶対に護るから」
「とりあえず夜明けまで様子をみよう。俺とヒロの2交代で見張りをする」
深夜はヴァッツと交代で時折巣穴から顔だけ出して、周辺の様子を探った。
例の匂いはまだ消えていなかったが巨人も動いている様子はない。夜は魔物が活発になる時間帯だが、ここは街に近いため低級の魔物しか生息せず格上の巨人が居座ってるせいかあたりはひっそりと静まり返っている。ただ巨人は暗闇でも目が見えているのか、時折巨人と目が合うような気がしてその度に顔を巣穴の中に引っ込めた。
「全然いなくなる気配がないよ」
「随分としつこいな。もしかしたら敵対した俺たちを皆殺しにしないと気が済まない性格なのかもな。下手したら長期戦になるかもしれねえ」
「でもこのままだと食料や水が尽きてしまうよ」
「それが問題だよな。それに街から近いし、住民に被害が及ぶ前に街に報告しないとまずい」
ヴァッツは土壁に背中を預けて唸った。
「だからさ、おとり作戦でもしない?」
「おとり作戦?」
「オレとヴァッツが一斉に別々の方向に出て、あの巨人に追われた方が巣穴に戻って引きこもり、その間にもう一人が街にたどり着いて応援を呼ぶんだ」
「……お前昔は突撃するしか考えていないはずのくせに、妙にまともな作戦を思いつくな。いやさすがに3年もこんな生活をすればお前も変わるのか」
「ねえちょっとひどくない?」
私は口を尖らせる。
それでは私が突撃しか考えないバカみたいではないか。
「ふふふ。私が今使える魔法は補助程度しかありませんが、可能な限りあなたたちをサポートさせていただくね」
「決行は明日の夜明けだ。それまではヒロもカテーナも休息をとること」
私たちはそれから少し睡眠をとった。
そして夜が明ける直前の午前5時、事件は起こった。
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