4 真夜中の幼女
色々とあったがなんとか帰宅した。
厳密にこの家は私の家ではなくて、師匠の家に住み込みで修行しているのだ。
ギルドの制度の1つに『師弟制度』があり、望むなら新人が高ランクの冒険者の元で住み込みで修行することができるのだ。
修行を積んでから仕事に望めば強くなれるし、そのぶん生存率も上がる。ただその間は受けられる依頼も自由に決められないし、ランクの上昇も遅い。
冒険者学校が登場してからはそちらに通う人が多く、今では師弟制度を利用する冒険者はそこまで多くない。
師匠の家は町外れの丘の上にある一軒家で、屋敷とまではいかなくとも師匠と私の2人で住むには十分に大きい。
「ただいまー」
師匠は長期の依頼で出張しているため、家には誰もいなくてずひっそりとしている。
リビングに入り魔道具の蛍光ランプをつけ中を照らす。今日はギルドの酒場で食べてきたので晩飯は作る必要はないか。
自室から日誌を取り出し、先週から今日まで起きたことを日誌に書き込む。
今日は3年ぶりにヴァッツにあって、なぜかヴァッツの態度がすげなかった。カテーナというなんかすごい魔法使いにあって、帰り道で押し売りに有り金を持っていかれた。
先週は森の中で偶然死にかけているワイバーンに出会って、とどめを刺して他の冒険者と一緒に街まで運搬した。
ワイバーンはまるで全力で走り続けて潰れてしまった馬のような状態で、とどめは簡単に刺せたが1人ではさすがに運びきれなくて他の冒険者を呼ぶ必要があったのだ。関わる冒険者が多い分報酬は引かれたがそれでもいい収入になった。今はもう残っていないけど。
師匠がいると思うように依頼ができないので、最近はすごく冒険者をしている気がする。師匠は「危険な依頼を受けるならまず俺を倒してからにしろ」といっているので普段は依頼を自由に受けられないのだ。ランク12の冒険者を倒すって無理に決まっているでしょ。
書いている日誌は私の冒険譚であり、いつか私が立派な英雄になった時に貴重な記録になって、まるで物語の英雄のような活躍を本にして出版するのが私の夢だ。もちろんドラゴンから私を救ってくれた英雄もちゃんと載せている。
日誌を書き終えて、私はベットに横たわる。
今日は色々とあったなあ。ふわあ……。
眠くなったし今日はもう寝よう。
おやすみ。
何かが窓をこする音がして急に目が覚めた。
ベッドから跳ね起き、机の上に置いた長剣を手元に引き寄せる。
「誰だ!」
窓のほうを見ると、月明かりの中に照らされた庭に少女が立っていた。
少女、というよりもっと幼い、歳は10歳くらいの女の子だろうか。赤いシスター服を着て、腰まで流れる金髪は月夜に照らされて輝いている。夜も遅いからか眠たそうな目をしているが、黄金の瞳はその目に反して爛々と光っている。
彼女は何か語りかけているようなので、私は剣に手をかけたまま窓を開けた。
「儂は叡智を司る神ミーティスなり、今汝に神託を下す」
前方に両腕を突き出し、幼い彼女の口からは出たとは思えないまるで老婆のようなしわがれた声で話し始めた。
ああ、押し売りの次は新手の物乞いか。
街に住む孤児は貧しさに困窮して物乞いをすることがあるし、教会に引き取られた孤児も、富裕者に対して寄付を募る目的で物乞い行為をさせる時があると聞いたことがある。
おそらく彼女も教会の孤児院に暮らす孤児で、あの手この手で自分たちが生活する寄付を募っているのだろう。さすがに自ら神を名乗る物乞いは初めて見たが、その演技を見るになかなか芸達者な娘だ。
「あーはいはい。今日はちょっと手持ち少ないから、これぐらいしか出せないけどごめんな。あとどうせ来るならこんな夜遅くじゃなくて早めに来いよ」
彼女の手のひらに大銅貨3枚、3000Gを手渡す。
「じゃあなー。悪い大人にさらわれるなよ」
「儂は物乞いじゃないわい!まあこれはこれとして受け取っておくがな」
物乞いじゃないくせに受け取るんかい。
「コホン。汝に神託を下すを言っておるじゃろ。『明日男を跡を追って森の中に入れ』、以上じゃ」
「ちょっとまって!男ってヴァッツのこと?ヴァッツに何があるの?」
急にそのようなことを言われると不安になる。ヴァッツはともかく、カテーナは世間知らずなお嬢様みたいな雰囲気しているし、彼女の身にも何か起きるのかもしれない。
「そこまでは儂も話せぬ。まあ3000G分くらいの情報は話したと思うぞ。じゃあ達者でな」
「ちょっと?!」
料金分情報を話したって、お前は情報屋か! と突っ込もうとしたら彼女は立ち去ろうとした。
窓は小さくてそこからは外に出ることはできない構造であるため、私は玄関から外に出て庭に飛び出した。しかしその時には幼女のような、老婆のような彼女はすでに行方をくらませていた。
あれはなんだったのだろうか。もしかしたら物乞いとかではなく、本当に神の御告げだったのかもしれない。
ありえなくはない。日常では起きえない不思議な出来事をきっかけに、物語の非日常は始まるのだ。
例えばそれは王女様が乗る馬車がドラゴンに襲われるのを発見した時とか、何年も会っていない友人に出会えた時とか、きっかけはなんだってありえる。先ほどの出来事もそのきっかけの1つかもしれない。
軽本でも騎士道物語でもこのような展開は読んだ。ならありえるかもしれない。
となると本当に明日、森の中で何かが起きるのか。
今すぐ森に向かおうとも思ったが、深夜の森を一人で出歩くのは自殺行為である。それに彼女は『跡を追え』と言った。となるとヴァッツが率いるパーティーの後を尾行するように追えばいいはずだ。
となると今できることは明日に備えて寝るだけか。ギルドの掲示板に書かれた書き込みを見るに出発は明日の午前10時。その時にギルドにいればいいか。直接ヴァッツと顔を合わせると文句言われそうだからなるべく会わないようにしよう。
ではあらためて、おやすみ。
朝6時に目を覚まし、2時間鍛錬をした後に冒険の準備を始める。
長剣を研ぎ直し、防具は鎧は動きにくいのが嫌いなため革のコートを着る。昨日押し売りに買わされたポーションも腐らせておくのは勿体無いので、6本全部バッグに突っ込み、森の地図と方位磁針、懐中時計も同じくバッグに入れる。最悪狩りや採取で食料は確保できるため食べ物と飲み水は2、3日分でいいだろう。
これから起きることを考えると緊張が走る。
でも逆にいえば、私が駆けつけるおかげで間に合うということだ。
ピンチの時に颯爽と現れて人々を助ける英雄、かっこいいではないか。
もしこれが現実になれば私の英雄伝の新たな1ページになる。いや新たな英雄の誕生だ。ここから私の伝説が始まるのだ!
きっと冒険者ランクも急上昇して、ヴァッツも私のことを認めてくれるだろう。
そう思うとなんか楽しくなってくる。
そうしているうちに時間が出発時間に差し掛かってきた。私は師匠の家を飛び出し、ギルドまで駆け込んだ。
「え?もう先に出て行ったんですか?!」
集合時間になってもギルドにはヴァッツもカテーナも、それらしき冒険者も見当たらなかった。
「ええ、バスタード様のパーティーは1時間前に出発しましたよ」
「そんな!だったら今すぐ行ってきます!」
ヴァッツはすでに出発していた。おそらく昨日私が帰った後で予定を変更したのだろう。おのれさすが私の幼馴染、私の行動を予測してすでに対処していたか。
もう直接跡を辿ることはできない。ならば。
森の入り口まで移動し、すんすんと鼻を嗅いで匂いを辿る。
私は生まれた時から人より嗅覚が優れているようで、匂いで花や香水を見分けることができたし、ある程度強い匂いなら跡を辿ることができる。さすがに野生動物ほどではないが、こういう時に私の能力が役に立つ。
今回匂いの目印になるのはカテーナのとんがり帽子の飾りのバラの匂いだ。野生にもバラは存在するが品種によって匂いは微妙に違うし、あのバラとは全然匂いが違うので辿ることは可能だ。
そしてかすかだがバラの匂いを嗅ぎ分けられた。
その匂いの跡をたどりながら森の中を駆け抜ける。この森は私が3年も出入りしているので土地勘は私にある。おそらく一行ははじめに巨人の目撃現場に向かうだろうから、おそらくそこで追いつくことができる。
待っててなカテーナ。気分は姫を助けに白馬で駆けつける王子様だ。私は元王女だからどちらかというと姫の方だけど。
ヴァッツは……別にいいや。いまのところは。
微妙に人の話を信じ込みやすいヒロさん。きっとラノベの読みすぎですね。