2.5 婚約者との再会
2の後半 こちらが以前の2にあたります
「巨人か……やっぱこういう物語に出てくるような魔物と一度は戦ってみたいよな……。でもランク8以上か……」
冒険者ギルドにはランク制度が存在し、ランクは1から最大20まで存在する。ランクが高いほど実力がある冒険者とみなされ、ランクによって受注できる依頼が制限されるのだ。現在私のランクが5だからランク8の依頼を受注することはできない。
「ウォルター君、この依頼をすでに受注している奴っているか?」
「この巨人討伐ですか?確か一人いますけど、まだヒロさんランク足りてないはずなのであまり無茶しないでくださいね」
ギルドのウェイターに案内してもらってすでに依頼を受注している冒険者に会いにいき、パーティーに参加できないかをリーダーと交渉することにした。ランクの制限は直接依頼を受注するリーダーのみに適応され、それ以外のメンバーはリーダーの一存で決められる。それを利用すれば本来受注できない依頼にも参加できるのだ。
ギルドに併設されている酒場のテーブル席に着席して、今回の依頼のリーダーと顔を合わせる。
「失礼します、っと。この討伐依頼のメンバー募集をしているかお聞きしたいのですが……、え?」
その人は成人を迎えたばかりの、金髪碧眼の顔立ちの整った青年だった。身なりからして明らかに貴族の、それに明らかに冒険者に似つかわしくない身分の出身で、そして私が残念ながらよく知っている人物だった。
その男は私を見て、まるで幽霊を見たかのように驚き席を立った。
「——今日のところは失礼させてもらいますね」
「おい、逃げんなプリス」
席を離れようとしたら男に腕を掴まれた。
「ぷ、プリステアなんて名前は知りませんわ、おほほ」
「俺はプリスとしか言ってねぇぞ。いちいち墓穴掘らなくていいからちょっと座れ」
男は掴んだ腕を引っ張り私を引き寄せる。男はこめかみに手を当てた。
「プリステア、お前行方不明になっていた間何やっていた?その格好はイメチェンのつもりか?」
私が男のように髪を短く切って、長袖のズボンにコートを羽織っていることを指摘しているらしい。
「……冒険者のつもりだけど?」
「バカか!王女が王女をやめて冒険者しているときいたらみんな腰抜けるぞ」
男は私の婚約者?のヴァッツ、カイト・バスタードだった。
最後に会ってから3年以上経ったが、ヴァッツはすぐに見分けがついた。背も随分と伸びて、声変わりもしたが姿形にまだ面影が残っていた。
一応周囲に人がいるのでヴァッツは小声で話す。
周囲の冒険者たちは「なんだ痴話喧嘩か……」「とうとうヒロさんも男ができたのか……」と私たちから意図的に距離を取り始めた。
「いやヴァッツもそれ冒険者のつもり?てかなんでここにいるわけ?」
「当然だが?ちゃんと冒険者登録カードも持っているぞ」
「ヴァッツは貴族じゃん。貴族が冒険者をやるって珍しくない?」
「それ言ったらお前は王女だろうが!なんで3年間も連絡をよこさずにこんな所にいるんだよ!」
「別いいじゃん、”オレ”は好きで冒険者やっているんだから」
「”オレ”って……。いや気にするほどではないけどさ。そんで、お前王宮に戻るつもりあるのか?」
「ないよ」
「ないんかい」
まあ3年以上王城に戻っていないなら戻るつもりはなさそうだな、とヴァッツはぼやいた。
彼は少し落ち着いたらしくそれ以降は声のトーンを落とした。
「確か王族含めた貴族は3年以上行方不明だと公では死亡扱いになるはずだし、そもそもオレは冒険者をやりたくてここにいるんだから邪魔しないでくれない?」
「まあ流石にこの街に来るときに王女を見たら連れもどせ、とは命令されていないしな。お前が望んで残っているならこの件はとりあえず保留にするか」
「さすがヴァッツ、話が分かる。お腹すいたし、何か食べながら話そうよ。ヴァッツのおごりで」
「奢りかよ。でこのメニューから選んで注文すればいいのか?」
ひとまず何か腹に入れることにする。ヴァッツは厚紙製のメニューの方を手にとり広げた。私はそれを元の場所に戻し、光沢がある方のメニューを手に取った。
「そっちはお金がない冒険者や貧民向け。お金あるんだからこっちのメニューから選ぼう」
「貧富の差でメニューが違うのか。……なんか実家じゃみられないメニューもあるな。なんだこの『アツマキタマゴ』とか『ハイボール』とかは?」
「多分冒険者ギルドオリジナルの創作メニューなんじゃない?ウォルター君、『アツマキタマゴ』1つとソーセージの盛り合わせ、飲み物はビールで。ヴァッツはどうする?」
「俺もビールで」
注文してしばらくすると酒と盛り合わせと、『アツマキタマゴ』がでてきた。味付けした卵液を薄く伸ばしながら焼いて、それを折り重ねた『アツマキタマゴ』は素朴ながらも再現が結構難しい料理だ。
「お、平民向けの酒場だがなかなか口にあうな」
「だろ?でも貧民向けのメニューだと味より量重視だからそうはいかないけどね」
料理に舌鼓をうち、それから巨人討伐の話を本題のを持ち込んだ。
「だめだ」 ヴァッツは首を振った。
「いーじゃんケチ」
「ランク8の依頼でランク5を連れていけるわけがないだろ。バカか」
「というかヴァッツはもうランク8以上だから前から冒険者やっていたの?」
「いやまだ一週間くらいだ。ギルドの受付に冒険者学校卒業証明書とバスタード家の紋章を見せたら、いきなりランク8からだってさ」
ええー、嘘でしょ。私は3年ずっと頑張ってランク5で、ヴァッツが初めからランク8とか。
冒険者ギルドは建前上は”実力第一主義”で、全員がランク1から始めて本人の実力と実績をみてランクを上げるのが普通だ。
ただあくまでそれは建前で、ギルドとしては即戦力は欲しいし、冒険者は冒険者で実力があるのにわざわざランク1からランクを上げるのを面倒臭がる人たちがいる。
そこでギルドと冒険者両者の利害が一致するので、実力の証明になるもの、例えば冒険者学校(冒険者を3年育成する学校)の卒業証明書や流派の免許皆伝を提出すれば、最初から高いランクで冒険者登録できるのだ。
多分ヴァッツがランク8なのは卒業証明書に加えてバスタード公爵家の次男坊だからだと思う。家柄補正ずるいぞ。
私は王女だけど一般人枠で入っているからランク1から上げているのだ。
「はあ。そもそもヴァッツはなんで冒険者になったんだ?あれか、邪悪なドラゴンを倒して塔にとらわれた姫を助け出してラブロマンス?」
「それはお前の趣味だろ。でも半分正解。冒険者って今はやりの職業だろ。当然冒険者の実力や高貴な家柄があればモテる!だったら俺は一大ハーレムを冒険者で築く!」
ああ、いつものヴァッツだ。
王女時代からヴァッツは私以外に妾を囲ってハーレムを築くと、婚約者である私にわざわざ宣言しているのだ。別に貴族は正妻以外にいくら妾をめとっても問題ないが、結婚する前から宣言するヴァッツはそういうやつだ。
「でもオレとの婚約はどうなるのさ」
「婚約はすでに解消されているはずだぞ?王女プリステアが死亡したなら当然俺の婚約もなかったことになる。要は今俺はフリーだ。仮にプリステアが生きていれば話は別だが、もしかして俺と結婚したいのか?」
「それはいやだ」
ヴァッツと結婚するということは、つまり王宮に戻されるということだ。冒険者生活を続ける方がずっと楽しい。
というかそっかぁ、プリステアは世間では死んだ扱いなのか。
「だから死んだと思っていたお前が冒険者になっていたを見たときはさすがに驚いたぜ。まさか元の名前のまま活動しているわけではないだろ?今はどんな名前で活動しているんだ?」
「ヒロだよ。オレもヴァッツにまた会えるなんて思わなかった」
「んじゃその再会を記念して、乾杯」
コツ、とジョッキを合わせて再会を祝福する。
「ちょっとお隣いいかしら?」
そのとき背後から女性に声をかけられた。
振り返るとそこには背の高い女性の魔法使いがいた。
腰まで流れる白銀の髪は酒場の明かりに照らされて輝き、肌も白い。体は細身ながらも、豊かな胸がゆったりとしたローブの上からでもわかる。
尖った耳はエルフの象徴だ。私と同じ歳の少女に見えるが、長命種の彼女の本当の年齢はわからない。
深緑のローブを着て、とんがり帽子をかぶり、杖を持った美少女だった。多分私より100倍可愛い。
「こちらで巨人討伐のメンバーを集めているとお聞きしましたが、あなたかしら?」
彼女は形の整った唇でにっこり笑みを作った。