祭前夜の夢
彼は一度も、彼女が笑ったところを見たことがない。
僕は一度も、彼女が表情を変える所をみていない。
彼女は一度も、表情で会話をしたことがない。
『ないよ。一度も』
この言葉が耳に残っている。
温泉から宿へ戻った相馬は、夕食を前にしてもう布団にくるまっていた。
彼、和馬が東雲の笑顔をみていないと言うのは、考えるまでもなく異常である。なんて考えるのは子供だ。表情に出すことが苦手な人間は山ほどいるし、僕も苦手な方だ。いや、苦手というより表情を出すことが少ないと言うの方が近いかもしれない。
え、
Q人はどう笑うんだっけ?
A広角を上げればいい。
まずいかもしれん。
バッ、と布団から立ち上がり、鏡の前に立つ。そこに写っているのは自分で自分を見下しているかのような目付きの僕。
「笑えねぇ」
いや、違うぞ。決して『笑えない』ということでなく、『僕が僕に見下されているような状況が笑えない』ということだ。
「失礼します」
小さい女の子の声がする。
「どーぞー」
襖が空き、紗惠の顔が見える。流石に僕の扱いが客ではないので、正座はしていなかった。
「夕飯の時間です」
「ご丁寧にどうも」
良くできたお子さんですね。
職場慣れしている。
「紗惠ちゃんはここを継ごうと思ってるのか」
「え、何でわかったんですか?」
人の心を読むのは得意だ。人間の仕組みで、態度、表情、行動、その他諸々で大体分かる。ちなみに、明るい性格の人程わかりやすい。
「まあ、何となくだよ」
難しいので、こう言うのがベスト。
「継ごうとは思っています。兄が継がないのなら。兄には夢がありますから」
へぇ、夢ね。
「想像もつかないなぁー俳優とか?」
適当に言う。
すると紗惠は、驚いた後に「惜しい」と言いたげな表情で一旦考え、「違います」と言う。
「正解はですね~」
もうわかった。言わないでいいぞ。こらえられん。
「お笑い芸人です!」
「ぐっ、、」
腹を抱えて笑う。人の夢を笑うなんて最低だな僕も。でも、
そういえば、笑えた。
「お兄さん、才能あるぞ」
ありがとうございました。
作者は一度も、彼女が出来ていない。
作者は一度も、陽キャ女子とまともに話せた試しがない。
作者は一度も、金を稼いでいない。
↑おいちょっと待って、事実だが年が年と言うのもあるぞ。
「お前が良い奴かなんて知らないし、芸人なんて雲を掴むような夢を無責任に応援も出来ん。が、信用の無い言葉でなら、なんとでも言える。頑張れ」




