桐下和馬は彼女が笑うところを見てみたい
「うはぁ~」
温泉でだらしない声を出してしまった。それもこの長旅のせいだ。しかも明日には仕事を手伝うという。この温泉も給料に入るのだから、ゆっくり浸かろうと思う。そうだな、一泊1万だとして、朝と夜の食事代を3000円とし、、、布団の洗濯、人件費、温泉管理費を、やめたやめた。考えるだけ無駄だ。戸羽みたいにのぼせてしまう。どっちにしてもまあまあの旅館にタダで泊まれるのだ。普通の人だったら大喜びだろう。僕としてはこの夏布団から出たくなかったたからな。せめて今年分の疲れだけでも癒してもらわないと気がすまない。
「どうかな、湯の方は」
······あまり話したくはないが、愛想のない奴と思われたら面倒だな。
グッと親指を立て、和馬に向けた。すると彼は「それは良かった」と、笑って見せる。
「見た目ほどあまりいい旅館じゃないけどね。どっちかって言うと宿だし」
それは感じていた。従業員は見当たらないし、部屋は少ない。『宿に温泉をくっ付けました』感があった。
「継ぐとか、そういうのは考えなくていいって言われてるけど、温泉に入る度考えてしまうんだ。継ぐべきなのか」
いや、初対面の僕に聞く?
「夢もあるんだ。一応だけど」
さいで。
「夢ですか。生憎僕にはなりたいものが見当たらず」
嘘である。が、初対面に『将来○○になりたい』と言うのも何か違う。
「本題。というか、質問なんだけど」
「はい?」
やっとまともな会話が出来そうだ。
「成惠さんの笑顔、見たことある?」
······急だな。そして言いずらい。
「無いですけど」
「やっぱそうなんだ。うん、ありがとう参考になった」
参考か。
「そっちも教えてくださいよ、あるんですか?東雲の笑顔」
ザッパーン!
和馬が急に立ち上がり、水面がゆらゆらと揺れる。
「ないよ。一度も」
ありがとうございました。
温泉に行きたいけど、陰キャコミュ症財産896円受験生にはキツイ。
「温泉饅頭って、ほぼ温泉関係ないよね」
桐下 和馬




