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月歌~GEKKA~  作者: 湖村史生
2/8

第二章 似てるけど世界で一番嫌いな奴

「……ぎ……らぎ…」

CDから流れる歌声に、何度救われただろう。

あの日の彼の歌声は、いつしか私より歳下になっていた…。

「ひ…い…らぎ……ひいら…ぎ」

そう…こんな感じの綺麗な声…

微睡(まどろみ)の中、『バシ!』っと何かに頭をはたかれた。

は!と目を覚ますと、大嫌いな顔が私を見下ろしている

「げ!」

思わず口から出た言葉を隠すように、慌てて手で口を塞ぐ。

すると切れ長の整った目が私を見下ろし

「いつまで寝てるつもりだ?もう、昼休憩は終わってるんだけどな!」

腕時計を見せて叫ばれる。

「すみません!」

慌てて立ち上がり、透明バックを手に自分の配属された売り場へと走って行く。

従業員用の階段を3Fまでいっきに駆け上る。

「すみません!遅くなりました!」

肩で息をして戻ると

「え?遅れてないよ?」

バックヤードで売り場に出す商品の箱にテープで封をしていたパートの木月さんが、苦笑いを浮かべた。

「え?」

驚いて売り場の時計を見上げると、時間は14時25分

私が休憩に入ったのは13時30分

休憩時間が1時間だから……。

(やられた…!)

悔しさに地団駄踏んでいると、

「何?また、森野君にからかわれたの?」

くすくす笑いながら、杉野チーフがPOPを仕分けしていた。

「杉野チーフ!聞いて下さいよ~!」

私が唇を尖らせて叫ぶと

「はいはい。よしよし可哀想にね~」

と杉野チーフが頭を撫でて来る。

「もう!何で私の教育係が森野なんですか!」

「こらこら!呼び捨てにしないの!一応、先輩なんだから」

「私、杉野チーフが良いです!」

私が文句を言ってると、パートの木月さんが笑いながら

「でも…正直、森野君があんなに面倒見るとは思わなかったわよね」

と話しに加わって来た。

「え?面倒なんか見てくれてないですよ!」

私はそう叫ぶと、指で両目を吊り上げてつり目を作り

「柊~、さっさと仕事しろ!柊~」

って真似を始めてみた。

すると最初は笑っていた二人の笑顔が一瞬にして固まった。

二人の表情に私が固まった瞬間

「へぇ~、俺ってそんな顔してんだ…」

地の底から這って来たような声が背後から聞こえて来た。

私が固まったままゆっくり振り返ると、怒り心頭の顔をした森野さんが立っていた。

「ひ!」

思わず息を飲んだ私に

「遅刻しそうなのを助けてやったのに…良い度胸だな」

ニヤリと恐ろしい笑顔で私の腕を掴んだ。

「さて、悪口言う元気があるんなら力仕事してもらおうか」

森野さんはそう言いながら、私の腕を掴んで歩き始めた。

「い~~やぁ~~~」

涙目で叫んだ私を、杉野チーフと木月さんがお祈りポーズで見送っていた。


 森野さんとは、出会いから最悪だった。

私は小学校に上がる頃に両親が離婚し、母親に引き取られた。

母親の実家に身を置く事になり、あの日もらったCDを持ってあちこち転居を繰り返した。

どんなに辛くても、苦しくてもCDの歌を聴いていれば乗り越えられた。

母親が再婚したのを機に、私は都内の短大に入学して一人暮らしを始め、関西に本社がある赤ちゃん用品を扱う量販店に入店した。

全国に店舗がある中、私は従妹のお姉ちゃんの家がある場所へと配属された。

伯母さんやお姉ちゃんは下宿して良いと言ってくれたのだが、私はお店の近くにアパートを借りて一人暮らしを継続している。

研修期間中は配属された店舗の売り場を全部回り、適正を店長が見極めて配属売り場を決められる。

最初はサービスセンターからだった。

ラッピングをした事が無かった私は、ラッピングやらレジ打ちを必死に覚え、やっと覚えたかと思ったら新生児用品売り場。ベビー雑貨、マタニティー売り場、ギフト売り場から催事と渡り、最後に玩具、文具、ファンシー売り場と研修に来た。

「今日からうちの売り場で一週間研修する柊 明日海さんです」

杉野チーフから紹介され、挨拶をしていた時だった。

「じゃあ、一人一人自己紹介していって。まず、森野君から」

杉野チーフが指名した時、一瞬ドキっとした。

スラリとした長身に、短く切りそろえた髪の毛が顔立ちの美しさを際立たせていた。

切れ長の涼し気な瞳と凛々しい眉に、スーと通った鼻筋。

引き締まった薄い唇。

芸能人かと思う程、綺麗な顔をしていたその人に思わず見とれていると

「森野です」

と発した声が、CDをもらった時の声よりも大人びていたけど…聞き間違える筈が無い!

「その声…カケルさん?森野さん!歌、歌っていませんでしたか!」

思わず叫んでしまっていた。

すると森野さんはムっとした顔をして

「それ…嫌味?」

そう返したのだ。

「あ!こら!森野君、すぐ喧嘩売らない!

 ごめんね、森野君は酷い音痴なの。だから、歌は絶対に歌わないのよ」

困った顔をして言う杉野チーフに

「でも…」

思わず反論しそうになった私に

「誰と間違えてるんだか知らないけど…、俺と声が似てるなんて致命的な下手くそなんだろうな」

って、鼻で笑われたのにはカチンと来た。

「何も知らない癖に、馬鹿にしないで下さい!」

「馬鹿にするも何も、お前が勝手に間違えたんだろうが!」

大好きな「カケル」さんと同じ声が私を馬鹿にする。

「大体、その何だ?お前の好きな奴。カケルとかいう奴?名前も聞いた事無いわ」

森野さんの言葉に、私はグっと息を飲む。

「もう解散したアマチュアバンドのボーカルです。間違えてすみませんでした。

 私、顔もちゃんとした名前も知らなくて……。バンドの方々が「カケル」って呼んでいた名前知らないんです。でも…今まで誰も間違えなかったのに…」

そう呟いた私に、森野さんは鼻で笑うと

「アマチュア?結局プロにもなれない下手くそなんだろう?くっだらねぇ!」

そう吐き捨てるように言い放ったのだ。

その言葉に、私の中の堪忍袋の緒が切れる音がした。

「何も知らない癖に馬鹿にしないで下さい!そりゃ~、私が出会ったのは10年前ですし、それ以降にライブさえも行ったことないですよ。でも…カケルさんの声が…歌が私を救ってくれたんです。

だから、馬鹿にしないで下さい!」

森野さんを真っ直ぐ見て言い切った私に、杉野チーフが慌てて

「へぇ~。でも、そんなに大切な人と声が似てるなんて…。森野君の親戚とかじゃないの?」

とフォローに入った。

すると森野さんは冷めた目で私を見たまま

「アマチュアアバンドの歌が心を救う?馬鹿じゃね~の?

そんな素晴らしいお方が、俺と同じ声?たかが知れてるな」

って、再び馬鹿にしたのだ。

私は完全に頭に血が上り

「なんであんたみたいな嫌な奴が同じ声してる訳?本当にムカつく!」

「悪かったな!俺は生まれてこの方、この声で生きて来てるんだよ!」

「あ~嫌~!カケルさんの声で汚い言葉使わないで!」

「はぁ?知らねえよ!お前の都合を押し付けんな!」

とまぁ…、私と森野さんは、出会い頭で言い争いをしてしまったのだ。

…たしかに、私も悪かったとは思う。

思うけどさ…、ずっと大切にしていた人を馬鹿にされたら誰だって怒ると思う。

お蔭で、研修期間中に私と森野さんが口をきく事は一切なかった。

で、私は絶対に玩具売り場には配属されないだろうと思っていた。

…思っていたのだが。

「柊さんは、玩具売り場ね。で、教育係は森野君だから」

店長が笑顔で辞令を手渡した。

「う…そ…」

目の前が真っ暗になる私に

「いや~聞いたで~。出会い頭に喧嘩したんやって?」

店長が楽しそうに笑うと、私の肩をポンっと叩いた。

「店長…せめて教育係を杉野チーフに…」

「ダメ!森野君と仲良くなってな~」

そう言い残し、店長が笑いながら去って行った。

それから…鬼…もとい、森野さんの教育が始まった。



「柊さん、これ特売で出すからPOP書いてくれる?」

玩具売り場に配属されてからすぐ、杉野チーフに言われて生まれて初めてPOPを書いた。

が、翌日。

私の書いたPOPが無くて森野さんの書いたPOPが貼られている。

疑問に思ってPOPを裏返すと、私の書いたPOPの裏に森野さんがPOPを書き直していたのだ。

カチンと来た瞬間、森野さんが品出しの商品を抱えた状態で背後を通りすがり

「あ、汚いから書き直しといた」

と言われたのだ。

カッチーン!

汚いから書き直した?

はいはい、すみませんね!

こちとら、POPの書き方なんか全然知りませんよ!

今や全部パソコンで出しますからね!

たまに出す手書きPOPの勉強してなくてすみませんでした!

 私は腹が立ち、すぐに図書館へ行って「POPの書き方」という本を借りてPOP字の勉強を始めた。

そして、何気無く置いてある売り場のペンにも意味があった事に気付き、

「なるほど~。極太ペンが値段を書くのね…。それで、商品名が角ペンで、この丸ペンが商品説明を書くのね…」

家で画用紙に何枚も何枚も書き方を研究して、いつPOPを書いても大丈夫な状態にしておいた。

でも、不思議と準備していると中々POPを書く仕事が来ないのよね。

そんな出来事が忘れ去られた頃

「あれ?本部から送られて来たPOPが間違えてる…。

ごめん、柊さん。間に合わせにPOP書いてくれる?

森野君には、この間みたいな失礼な事をさせないから…」

と、杉野チーフからお願いポーズされて頼まれた。

「はい、わかりました!」

私は数か月、自主練した成果を発揮した。

「あれ?柊さん。POP上手くなったね~」

私がPOPを書いていると、杉野チーフが目を丸くして呟いた。

「これなら、パソコンじゃなくても良いかもね」

「かえって温かい感じがしますよね~」

木月さんと杉野チーフが話していると、森野さんが現れた。

「ほらほら、森野君。柊さん、POPが上手になったよ」

と、杉野チーフが私のPOPを見せると

「ふ~ん」

とだけ答えて、売り場へ行ってしまった。

でも、嫌味は言われなかったので「勝った!」っとばかりに、勝手に私はガッツポーズしていた。

品出しのやり方からカッターの使い方。

森野さんは細かい事まで注意をしてきて、その度に私の負けず嫌いが発動されて3か月が経過した頃には、同期の子達の中で一番評価されるようになっていた。


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