01-09
―――同刻、市内繁華街路地裏。
野次馬の喧噪が聞こえる。
外傷は見受けられないものの、腹部を負傷した永守誠に肩を貸し撤退した。
如何に無我夢中であろうとも、平謝りで済む限度を越す大惨事に気が変になりそうになる。
「不相応な力の結果です……だから先輩には踏み込んで欲しくなかった」
「あ……はい。そうっスね……すんませんホントすんません」
「でも、諦めてくれないんでしょう?」
「うん。だって永守君を助けられたでしょ?」
「……まぁ良いでしょう。今日は助けて頂いた借りもありますし、ここは引き下がります。
ですが、忘れないで下さい。“悪銭身に付かず”……ですよ」
流石に永守を女子寮を連れて行く訳にはいかず、程よい所で解散した。
悪銭身に付かず……飛鳥は彼の言霊を繰り返すも、答えは出ない。
思慮深い人間であれば、それに越した事はないのだが、それこそ付け焼刃で叶わない。
どんなことになろうとも、後悔だけはしたくないと呟いた。
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―――夜更け前。七星高校女子寮。
「こんな遅くまで何やってんのよ! 大丈夫!? 怪我してない!?」
帰宅するや否や大月零からの機関銃のような質問攻めである。
それも無理もなく日付が変わりかけている。腕時計を見るのも失念していたようだ。
奥の方ではテーブル上にフレイムさんが鎮座している。わかる、間違いなく怒ってる。
「主よ、此方へ」
「あっ、はい……」
ここで先にお風呂入りたいとかほざこうものなら、明日の日の出は拝めない、間違いない。
両親から怒鳴られる子供のように、背を丸くしてフレイムの前に正座した。
「この“てれび”なるものの内容に心覚えはないか?」
部屋の片隅にある14インチのTVには徳島放送が映し出されている。
ほぼゲーム機専用モニターになっていたので、地上波が映る事すら忘れていた。
が、そんな事を言うとまた火に油であるので黙っておいた。
「臨時ニュースです。
今日未明、徳島市南新町にて、「爆発が起きたようだ」と119番通報がありました。
消防車が現場に駆け付けた所、出火し、怪我人が数人出ましたが軽傷とみられます。
出火元は懸命の消火活動により既に鎮火しました。
徳島県警東署や市消防局が事件事故の両面で原因を調べています―――」
「ウワー……タイヘンダネー……」
「飛鳥?脂汗が凄いわよ」
「何があったのか説明していただこう」
「ウン、ソウネー……」
フレイムが飛鳥の位置情報を追跡していたようで、彼女の行動は筒抜けであった。
嘘をつく気もつける性分でもないが、誤魔化す事など初めから不可能である状況である。
大月としても情報共有を済ませたいので、互いは洗い浚いに説明する。
永守と鬼の邂逅、烏丸属する報道部との交渉等々……。濃密な時間を打ち明けた。
どちらも貴重な一手ではあったが、劇的な展開を見せたのは永守の存在である。
鬼と渡り合う剣術や、魔術を込められた呪符、そして何より彼が持つ彼方側の情報量が大きい。
永守は飛鳥に“此方側に来て欲しくない”と言った言葉から察するに、先駆者として戦い続けているのは容易に推測はできる。
以後、歩を進めるのであれば彼と協力関係を結ぶのは絶対条件である。
飛鳥の持つ力と魔術書は確かに強大だが、正しく運用できなければ二の轍を踏むばかりである。
勉学を勤しむにしろ技術を磨くにしろ、独学は愚の骨頂だと学者の卵は特に信仰していた。
悔いたり悩んだりするのは失う前に済ませたい。
「やっぱり……自首とかするべきナノカナ……」
「馬鹿な事を言ってるんじゃないの。手作りの時限爆弾でも起爆しましたとか言うの?」
「あ、いや、その……ネ?」
「ネ? じゃないわよ。大丈夫、貴女が捜査の対象になる事はありえないわ。
話を聞く限り不可抗力みたいなものだし、申し訳ないと思う気持ちがあるなら腕を磨きなさい」
大月が窘めるも、口を尖らせて不満げな表情を見せる。
どうにもならないとは理解しているものの、納得できないようだ。
「主、そして大月君よ。何も悪い事ばかりではない。
主が魔道を触れるにつれ、確実に覚醒しているのは私が一番理解している。
時折見せる爆発的な魔力の昂りにより、私にも魔力が供給されているからね」
「そうなのよ。フレイムさんったら丸腰の私にこんなのを作ってくれたんだから♪
これ滅茶苦茶便利よ。あんたも持ってなさい」
「ああ……ピースケのハゲが進行していく……」
<<大月と飛鳥は火炎噴射の羽を手に入れた>>
大月が嬉しそうに黄緑の羽を飛鳥に渡す。
羽に念を込めると羽の穂先から勢いよく炎が噴射された。
まるでSF映画で見た、フォースで発現される実体無き剣そのものである。
魔力探知の羽にも言える事だが、魔化により常動化されたマジックアイテムは使用しても使用者に負担がない。
これにより大月零のような魔法の素質がない人間でも容易に使用できた。
なお、永守や鬼が用いた呪符も同等の性質を持つが、耐久度から察するに使い捨てであると推測された。
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「あ~……疲れた。零ちゃん?もうお風呂入っていいヨネ?」
「そうね、日も変わってるし流石に寝ましょうか」
「こんな事ならワガママ言わずに栄養剤を貰っておいたら良かったヨ」
「栄養剤?何の事かしら?」
「知らない?学年トップの神楽さんが言ってたんだけど、最近流行ってるラシーヨ。
集中力も増すからテスト前にもお勧めよーとか言ってたヨー」
即座に大月の顔色が変わり、飛鳥の肩を掴んで問いかける。
否、最早それは問いかけではなく尋問の様相を呈していた。
「飛鳥! まさかそんな出自不明の薬を飲んでないでしょうね!?」
「痛い……痛いよ零ちゃん……」
「どうなの!?」
「飲んでないよ……私、錠剤は苦手だもん」
「ならよし」
けほけほとむせる飛鳥をよそに、大月が何か考え込んでいる。
薬事に関しては専門外だが、集中力の増す栄養剤なんか聞いたことがない。
おそらくブドウ糖の類を無知な学生に売りつけているだけだろうが……万が一、違法薬物であれば一大事である。
それも、もしも……大月の疑問が確信に繋がれば、一連の騒動と無関係ではなくなってしまう。
神楽の背後に見え隠れする何かの裏取りを進める為、明日への算段を練っていた。