01-07
―――同刻、剣道部。
体育館の隣にあるは剣道部と柔道部がニコイチで使用している武道館だ。
ウォータークーラーには体操服や胴着に身を包んだ男子生徒達がごった返している。
運動場や体育館を利用する部活動者が交わるエリアであり、普段であれば文科系である楠木飛鳥の様な学生は近づく事もなく、遠巻きに眺めるだけに留めているのであるが、今回ばかりは話は別だ。
いざ足を延ばしてみると体操服を着た女子生徒の姿も目立ち、部活動を応援する一般女子生徒も散見される。
体育会系といえば男子の園という偏見は改めざるを得ないなと、飛鳥は一人勝手に頷いた。
「さて……聞けと言われたものの、どうやって言えばいいのだろう」
「先輩、何を聞けと言われたのですか?」
「んとネー、永守君に地元について聞こうかなーって、うひょあ!?」
両手片脚を広げ変な声が出た。
うら若き乙女らしからぬリアクション。まさに恥ずかしい姿で驚きを見せ、自然と笑みがこぼれる。
「ははは……これは申し訳ありません、先輩」
「永守くーん、後ろから急に声をかけるなんて反則ダヨー」
「ごめんなさい。ご無沙汰していたので、ついイジワルしたくなったんです」
無邪気に微笑む紺色の胴着姿の彼こそ、探し人である永守誠であった。
飛鳥の一年後輩ながらも身長は頭一つ高く、細身ながらも鍛え抜かれた体躯をしている。
休憩中だろうか、水道水を頭から被り簡易のシャワーを済ませ、頭髪が烏の濡れ羽色である。
端整な顔立ちと、言の葉の端々から受ける清潔さから、まさに好青年を体現していた。
「お詫びと言っては何ですが、美味しい和菓子のお店を見つけたんです。
店内で食事も出来ますので、宜しかったら奢りますよ」
「んー、剣道部の方は大丈夫ナノ?」
「はいっ、対抗試合が終わった後なので今日は殆ど来てませんから。
それに僕自身もそれなりに結果は出しましたし、先輩方に怒られる事もありませんよ。
サブクラブの打ち合わせが出来た、とでも言っておきます」
「なら行く行くー」
真面目そうな風貌ながらも飄々と立ち回る様はどことなく大月零を思い出し、飛鳥は彼の事を嫌いではなかった。
そこに慕情の念は一切なく、弟のような可愛さではあるのだが、他者の目からどう映るのかは別問題ではある。
とはいえ互いが世間体を気にするタイプではないので、噂話や陰口も小鳥の囀りといった所である。
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―――放課後、甘味処。
「奢り!なんと素敵な響きだろう!ホントに良い子だねぇ」
「はい、お気に召したのなら僕は幸せです」
三色饅頭と善哉や餡蜜に囲まれ、この世の春を謳歌している。
甘いものは別腹とはよく言うが、そんなに食べて大丈夫かと心配するほどだ。
「久々に永守君んトコに行って見るものネー。アリガタヤー」
「オカ研を不精しているお詫びの意味もありますし、気にしないで下さい。
それはそうと、地元について何とか……言ってませんでしたか?」
「へ、何それ?」
「ええぇ……」
「あ、ああ。大丈夫大丈夫、今思い出したから」
「忘れてたんですか……」
盆の上を平らげ、緑茶だけとなった頃、飛鳥は本題を切り出した。
「いやね、永守君って地元の名家って話だからサ、徳島や七星高校周辺のオカルト的な話も詳しいかなーと思ってネ」
「なるほど、灯台下暗しって事ですか。然しながら一点訂正する箇所があります。
永守家の本家は香川県になりますので、徳島に関する古い文献等は少ないですよ」
えっ。と、飛鳥は鳩が豆鉄砲を食ったような顔を見せた。
「でもでも、前に皆でお家行った時は大きなお屋敷だったじゃない」
「古屋敷の半分近くは空き部屋ですし、無駄に大きいのは否定致しません……。
僕が七星高校に進学するまで埃被ってましたから」
「え、もしかしてあのお屋敷に一人暮らしナノ?」
「いえ、使用人の何人かは住み込んで頂いておりますよ」
生活水準が噛み合わないタイプの人だと、さしもの彼女でも凄い家柄なのは理解を示した。
しかし徳島の文献等はさほど無いと言う。
残念ではあるが、庶民と価値観の相違があるかも知れないので、とりあえずは話を進めた。
「永守君トコがなんか凄いのはよく分かったヨ……。
だからこそ聞くけど、この高校周辺って特異点っていうか、龍脈っていうか、なんかよく分かんないけど、凄い力を感じるのよ」
小学生の様な説明である。
だが、永守は真剣な趣きで耳を傾けている。
「何故、そう思われたのですか?」
「うんとね、それは……それはぁ……。はい、ごめんなさい」
早くも白旗である。
言葉の返しを何も考えておらず、ただ謝るしか出来なかった。
結局、洗いざらい何もかも説明する事となった。
「何故謝るのですか」
「だって……信じてもらえないだろうなーが半分で、危険な目に巻き込みたくないなーが半分で……」
「先輩、それならば杞憂です。
先輩が嘘をつけない人なのは知ってますし、先輩達だけ命を賭ける必要もありません」
「とほほ……出来の良い後輩を持ってあたしゃ幸せだよ……」
弟分に気を使われるのが情けなくも申し訳ない。
上手いこと立ち回る話術が欲しいものだと心底恥じた。
かと言って全て大月零におんぶに抱っこになる気もない。
今の飛鳥に出来るのは誠実に向き合う事だけだ。
その心意気を汲んでか、永守は真摯に向き合った。
「長居しましたね。続きは帰り道がてら致しましょう」
―――話に夢中になっていたせいか、店から出ると夜の帳が下りていた。
「そこまで強力な魔道書が現存するならば、誰しも欲しがるのは道理。
努力の否定は凡人の身には誘惑が強過ぎます」
「まだ魔法は召喚以外使ってないけど、他のも使えると思うの。
魔術リストの中で使えるものかどうかは直感的に分かるんだ。
けどね、フレイムさんは魔法の素質が無いと駄目って言ってたの。
それでどれぐらい素質持ちがいるのか調べたら、学校内に相当いるのよ」
永守は暫し考え込んだ後、ぼそりと呟いた。
「その多くは、おそらく二流です」
皆目見当もつかず、飛鳥は頭が真っ白になっている。
「先輩は、本当に邪気のない人なんですね」
「そんなに褒めなくても良いのヨー」
「無用心、という意味ですよ。センパイ」
―――永守が胸に貼った呪符を剥がすと、魔力探知の羽が激しく輝いた。