01-06
―――放課後、報道部。
ラジカセから流れるヘヴィメタルが部屋から漏れる。室内には壁一面に覚書が貼り付けられている。
中では制服のネクタイを緩め、ワイシャツの第二ボタンまで外した男達が口を曲げて喧々囂々と議題を進めていた。
その中でも明らかに異質な若者が一人。
ウェーブのかかった肩にかかる金髪が特徴的な碧眼の男、烏丸三十郎が上級生相手に物怖じする事無く場を掌握している。
ホワイトボードの前を陣取り、指差し棒を器用に回す。自信と確信に満ちた流暢な日本語である。
「はいはい、ちょっと失礼するわよ」
「なにこの白衣の子……」
「会議中に入るなんて何考えてるの……」
部室前の廊下には烏丸の出待ちをしている女子達の取り巻きが道を塞ぐ。
酷い人の山である。外野の妬み嫉みが籠った視線を受け流し、大月零は報道部の扉を開けた。
「大月先輩!わざわざ会いに来てくれるなんて嬉しいなぁ!」
「嬉しかったらオカ研にも顔出しなさいよ」
「行きますよ行く行く!」
「ああ鬱陶しい……そんな事より。今日は烏丸君と報道部の皆様に力を借りに来たの。
勿論タダとは言わないわ。見返りはオカ研が入手したスクープ情報の提供。どう?」
上座に陣取り、押し退けた烏丸三十郎に茶坊主をさせる様は嘆願する態度ではない。
初手からオーバーリアクションに徹し、相手に精神的動揺を誘発させる。
交渉におけるイニシアチブは大月零に傾いた。
「大月君。スクープ情報とは信憑性はあるのだろうね?」
「勿論。何せ私と楠木部長の実体験よ。部活動の都合上オカルティックではあるけどね」
「了解だ」
部屋の隅から声を挙げた報道部長の神宮寺哲郎は、傍若無人な彼女の問いかけに応じた。
情報の真偽の有無よりも、オカ研副部長といった肩書よりも、科学部の次期部長と噂に高い彼女とコネクションと持てる事に価値があると睨んだ。
大月零は昨日の出来事を“紅い魔導書に関する情報を伏せた上”で公開した。
羽の生えた獣、それを捻り殺した鬼……。
どれもが信憑性を期待できず、多くの報道部員に落胆の色が見受けられた。
だが、大月零のリターンを聞き、顔色が変わり始めた。
「では私の要求はこれ。
生徒教師を問わず、七星高校関係者における富裕層をリストアップして頂戴。
それは高額納税者であるか否かは問わないとするわ」
「それはどういう事だろうか」
「あー、だから。金が綺麗か汚いか問わないって言ってんの」
「そんな家族のプライベートに関する事は……」
「言えないって言うの?けど知らない訳ないよね~。
アンタ達はマスコミの卵でしょ?
取材前に“ややこしい相手”を下調べするのは当たり前じゃない。
私学の高校なんだから、それなりに金銭的余裕のある家庭の子が多いのは分かる。
けど、その中でも群を抜いてる家庭の子って、後々面倒臭いものねぇ」
大月は人差し指で頬に刀傷を作る素振りを見せながら、神宮寺哲郎に微笑みかける。
「大月君、そんな事を知ってどうするつもりだ」
「その中に犯人がいるからよ」
ざわめき。どういう事だと皆々の頭に疑問符が付く。
大月は馬鹿馬鹿しい前提を大真面目に推測に用いた。
「昨日の事件は伊達や酔狂で言ってるんじゃない。
私はオカルトを信じないからこそ在籍してる訳。
けど、我が目で見てしまったのだから、事実を前提としてカラクリを理論立てて解き明かしたいの。」
「うーん……」
「我らが部長の見立てによると、ガーゴイルぽいのは誰かの使い魔……つまり親分がいるって事。
現代日本において魔術で使い魔を使役するのって、途方もない時間と努力、それにカネがかかるのよね。
ノウハウを得るのだって一苦労だし、資料や機材や材料に至るまで全て現代では希少だし。
つまりね、犯人は金持ちのボンボンか、手下使って金かき集めてる輩の可能性が高いの。
革命はインテリが始めるって言うじゃない。それと似たようなものよ」
後から来た鬼が何者かは知らないけど……と、大月零は内心思っていたが、場の掌握に不要なので触れない事にした。
真っ当な神経をしていれば、この様な御伽噺は一蹴されるであろうが、大月親子の化学崇拝は他のクラスにまで広く伝わっており、その彼女が真剣に語るからこそ、ある種の不気味さを醸し出していた。
神宮寺哲郎ですら、ブラフか否かの疑心暗鬼に囚われている。嘘だとしても理解し難い。
はいはいと聞き流すだけでは二流であり、砂漠の中からダイヤを見つけるのが一流だと信仰していた。
それが青臭くも気高いジャーナリストの卵が信じる幻想でもあった。
「熱意だけは伝わったよ。しかし僕からも一つ要求がある」
「あら。何かしら?」
「記事にするにしてもゴシップにしか使えないからね。
次に遭遇した時に写真でも撮ってくれないかな?それで手を打とう」
「オーケイ。それに関しては続報を期待しておいて良いわよ。
こちらも危険な橋を渡ってるんだから、関係するような情報を仕入れたら教えてよね」
「良いだろう。君とは良い関係が築けそうだ」
報道部員の一人がワードプロセッサを立ち上げて、報道部が集めた膨大な情報からピックアップしている。
編集作業に数日かかるとの事で、資料はフロッピーディスクに入れて烏丸に渡しておく手筈となった。
「あ、そうそう」
神宮寺哲郎は烏丸三十郎を指差した。
「部長、なんスか?」
「烏丸。お前、今回の化け物騒動の担当をしろ。
大月君の護衛をしつつ、ちゃんと記事のネタを取ってこい。
次の学校新聞にゃ煽り記事書いておいてやるから続報持ってこいや」
「え、マジっすか!それおいしくないっスか!?」
「ああ、本当に化け物が出たら美人のナイト様も出来るぞ。その前に当然写真も撮れよ」
「うっす!ありがとうございます!光栄っす!」
男二人のやり取りに大月零は半ば呆れ顔であったものの、猫の手も借りたいのでよしとした。
報道部としては化け物の存在の有無よりも、私が何を隠しているのか気になるのだろう。
全部ホントなんだけど……誰も信じないからこそ、協力関係を結べるだろうと確信もしていた。
分の悪い博打ではあったが、とりあえずの第一歩を踏み出した。
これにより近々新聞経由で事件が公に晒される。
大多数の学生にはゴシップだと一蹴されるだろうが、当事者は別だ。
先方が動く前にどれだけのイニチアチブが握れるか……それが鍵であった。
下手をすれば逆上した犯人が本気で命を狙いに来るかもしれないのだから。