01-05
―――翌日、七星高校。
昨日の騒動はまるで嘘のように皆々は平穏を謳歌している。
二人は同級生に大きな物音や不審な人影等の聞き込みを行なったが、目撃者は皆無であった。
オーガが破損した窓ガラスは既に処分されており、新品と差し替えられていた……用務員が清掃したのだろうか。
なお、オカ研部室内で噴霧した消火器の薬剤だけは昨日のままであり、夢幻ではないと物語っていた。
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「はい……そうですか……ありがとうございます」
「……で、どうだった?」
ピピーピピーピピー。
七星高校職員室横にある公衆電話からテレフォンカードが排出される。
楠木飛鳥は実家に電話をかけてみたが、肝心の祖父は出張中であった。
だが、言伝で受けていた秘書から興味深い台詞を聞き出した。
「件の書が苦難を生むのであれば、島国の学び舎を選んだ意味があったというもの。
裕也の右腕になれるよう鍛錬に勤しめ……だって」
「何か分かってたような言い草だけど、弟の裕也君ってまだ幼稚園よね? 何の事かしら」
「男の跡取りが可愛いんじゃナイカナー。
私が七星に入学決まった時も“まるで島流しだな、お前にはお似合いだ”とか言ってたんだよ。
京都から見れば徳島は田舎だけど失礼過ぎるヨー」
「うっわ……アンタの家もややこしいのね……」
二人は昼時の行列をかき分けて学食に向かう。
購買部と学食に向かう合流地点でもある職員室は先輩後輩の垣根なく、毎日人混みで溢れかえっている。
差し入れや近所のコンビニで食料調達しているならば人混みを避けて部室で食べられるが、二人は学食の回数券をまとめ買いしているので、昼食の用意がない時は七星定食と決まっていた。
「飛鳥! 置いてくわよ!」
「ちょっと待ってヨー」
学食入り口。去年やっと食券制になったものの、相変わらず回転率が悪い。
普段ならば既に座席を取っているが、実家へ電話をしたお陰でタイミングがズレた。
今日はいっそ購買部で総菜パンにしようか悩んだが、大月零は先に先に進んでおり引き返す事もままならず、今から退却しても売れ残りの菓子パンが何個かあるだけだろう。
戦略的撤退は不可能であった。
肩を押され足を踏まれする中、飛鳥は身の毛もよだつ声を聞いた。
「……お前を見ているぞ……」
喧噪の中ではあるが、男性の声で確かに聞こえた。
慌てて周囲を見渡しても分かる訳もなく、場に流されるまま定食を受け取り、大月零の待つテーブルへと向かった。
「ねえねえ零ちゃん! 私誰かに見られてる!」
「お、人相や特徴は?」
「わかんない!」
「ああ、そう……」
七星定食を乗せたトレイをテーブルに置き、ありのままに説明したがいまいち伝わっていない。
零は日替わりメニューの唐揚げを頬張りつつ、ちょいちょいと椅子を指差し、まあ座れと指示している。
「そりゃ監視ぐらいされてるでしょうよ。そんな事よりこれを見てみなさい」
大月零の掌にはフレイムから受け取った魔力感知の羽が震え、極彩色に点滅している。
それは対象が絞れないほど不特定多数の魔力を持つ者が潜伏している事を意味していた。
「……ちょっと異常と思わない?
憶測を前提に推測する趣味は持ち合わせていないからまだ断定はしないけど……。
事実として複数の魔力を持つ者が潜伏しているようね」
「ほへー」
「そこでね、私としては七星高校自体を勘繰るのは当然の判断だと思うのよ。
私も飛鳥も県外の人間だけど、後輩の永守君は地元の名家なんだし、何か情報が出てくる可能性があると思うわけ。
他にもサブクラブに報道部を選択してる烏丸君も使えそうじゃない?」
「後輩を危ない事に巻き込みたくないんだけど……」
「別に全部喋らなくても断片情報をオカ研の次回リサーチテーマとかにすればいいし、真相ボカして報道部に情報流して相手を釣ってもよし。一石二鳥よ」
そんなに上手く行くだろうか……飛鳥は一抹の不安がよぎるも、代替案が浮かばないので頭脳労働を放棄した。
相手を知る為にも、まずは動かなくてはいけない……これは安全を買う為の危険だと大月零は言う。
少なくともガーゴイルの主とオーガの二人には目星をつけられている以上、多少のリスクを負ってでも友好的な仲間を見つける事は急務である。
複数の術者と接すれば勢力図も描け、組織として行動できれば自由は減っても安全は買える。
超人ではない以上、リスクヘッジの観点から一匹狼であるメリットは無かった。
最終手段として祖父に泣きつけば身の安全ぐらいは保証されるだろうと、楽観視している自分もいた。
「……で、飛鳥? 聞いてる!?」
「あっはい、私は今日も元気ですヨ」
「んもう、また放心癖が出てる。
考え事をするなと言わないけど、会話の最中は自分の世界に入らないように」
「そうなんだけどネー。ゴメンヨー」
それでも、私が凹んでる時は支えてくれる。
飛鳥はエンジンのかかりが遅いだけで、昨日も私を助けてくれた。
本気になった時に見せる、力強い背中が好きなんだ。
とは、口が裂けても言えないなと大月零は少し照れた。
「それじゃ放課後の方針だけど、私は……気乗りはしないけど報道部に顔出してくるわ」
「なら私は剣道部に行ってくるヨー」
報道部と剣道部。
二人の目当ては烏丸三十郎と永守誠と呼ばれる後輩だ。この四名でオカ研が構成されている。
しかし彼等はオカ研に在籍してはいるものの、出席率はそこまで高くはない。
報道部を異性交遊のツールと見る烏丸と、かたや剣道部のホープである文武両道の永守とはまさに水と油。
とはいえ別に仲が悪い訳でもなく飛鳥達から見れば可愛い後輩であった。
ただ……一見対照的な彼等ではあるが、互いに端正な顔立ちをしており、取り巻きの女生徒達に逆恨みされたくない本音もある。
故に積極的には彼等の元へ赴かないのであるが、虎穴に入らずんば何とやら、であった。