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02-10

 ―――七星大学、貴重品保管庫へ至る廊下。



 「本当に可愛くないな……私って奴は」


 眉間の皺が癖になり、表情筋がこわばったまま。

 友人の前でつっけんどんな態度を取った事を後悔したまま、口実であるお使いをこなしていた。

 そう、口実だ。楠木飛鳥を見ていると、湧き上がる感情が日に日に増している。

 劣等感と、嫌悪感と、恋愛感情と、征服欲が、マーブル模様に入り混じった奇妙なものであった。

 初めて押し寄せる情念の波に耐えきれず、大月零は逃避を選択していた。それは、敗北の味に近かった。


 男子顔負けの気迫と根性で、欲しいものを掴み取ってきた彼女が、気付いてしまった聖域。


 非現実が魅せた恐怖という名のスパイス。いわゆる吊り橋効果だけではない。

 楠木飛鳥は気付いていないが、何度も何度も、大月零の堅牢な心に出来た僅かな隙間へと浸蝕を続けてきたのだ。

 幸運……? 否、身に備わりし霊格だ。

 妖狐と化したもう一人の楠木飛鳥が言っていた“霊格が違う”とはこの事なのかと、大月零は考える。

 楽天的で間の抜けた彼女を補佐するかのように、不可視の何かがバックアップしているような感覚すら覚える。

 少し前まではオカルティックな事だと一蹴していたが、魔術という理論体系が確立している以上、大月零が無学なだけだと推論もできる。

 楠木飛鳥っぽく言えば、今は分からないだけなのだろう。


 ともかく、大月零はやられっぱなしでムシャクシャしていた。

 挙句の果てに、彼女のステージに強大な役者が現れたのだから、情緒不安定にだってなる。


 「フレイムさん……アレはズルい、完璧超人じゃないの。

 何が“君は騎士か? それとも王か?”よ。アイツ絶対嫌味で言ってるわ。

 女子に不慣れな態度で近づいて、何人も口説き落としたに違いないわ」


 恋人や伴侶が王であるならば、身を引いて守り続けるのが騎士であろう。

 大月零から見れば楠木飛鳥は同性であり、普通に考えると叶わぬ恋だ。

 社会的にも常識的にも立ちはだかる障害は余りにも大きく、影ながら支えるのが自然と言える。

 だが、想いを伝える事もなく、ただ親友の真似事で一生を終えるのも釈然としない。


 そこに現れた男がフレイムだった。

 颯爽と大月零を救った……否、姿形にこだわらなければ何度も窮地を救われている。

 普段は男なんて歯牙にもかけないのに、彼女の心は鷲掴みにされていた。


 つまり、大月零は飛鳥とフレイムの両方ともに惚れている。

 嫌悪感とはふしだらな自分に対してだ。

 そんな事は頭で理解していても、態度に出せず苛立ちを余計に募らせる。


 本来大月零は恋愛に興味がないのではなく、女好きの男と女好きの女が嫌いなのだ。

 それがあれよあれよという間に掌返しなのだから、自分に対して不快指数がうなぎ上りだってする。


 男には掃いて捨てるほど言い寄られたが、顔や体目当ての俗物ばかり。

 自称レズは女社会の処世術として、敵を増やしたくない保身目的ばかり。


 モノトーンの影法師達が吐き続ける瘴気にあてられ続けた結果。

 気付けば、人間が嫌いになっていた……それなのに。


 ―――神は彼女を凡人に陥れる事を許さない。



 /*/



 「騎士か……王か……そんなの、決められないよ……」

 「ふふ、興味深い悩みだな」


 迂闊! いくら祖父の用事で通い慣れた大学内であれ、気を抜くにも程がある。

 件の研究成果は星の知識も狙っているのだ、追手が来ると考えるのが当然なのに、なんたる腑抜けか。

 眼前に立ちはだかるは青い髪と頬の刀傷が特徴的な、黒コートの男であった。

 大月は咄嗟に間合いを取り、周囲に人がいない事を確認して身構えた。


 「アンタ確かデッドエンドとか言う奴でしょ。話は聞いているわ」

 「なるほど、話が早い。だが、心配はするな、私は女性を斬る剣は持っていない」


 大月は思わず、うわっ……と声を漏らした。


 「え、何? 騎士道精神的なやつ? 人を平気で殺す結社がよく言うわ」

 「私は客人みたいなものでね。あくまで協力体制であり自由意志はあるのだよ。

 君の所にも一人いるだろう? 彼と同じだ」


 デッドエンドが発した断片情報が、点と点を線で繋いでいく。

 彼は根本まで綺麗な青髪が生えており、烏丸の見立てによれば、おそらく地毛だと言っていた。

 大月自身はファッションに疎いが、その筋に詳しい女好きな彼が言うのだから信用できる。

 そして客人……協力体制……こちらにも一人いる……もしや。いや、間違いない。

 大月は即興でカマをかけた。


 「ベラベラと喋り過ぎよ、裏切り者のフィリアさん。

 デッドエンド(終わった者)ね……お似合いの名前じゃない」

 「フレイムから聞いていたか……まあいいだろう。過程はどうあれ事実には違いない。

 元エッケルト王国女王親衛隊長、フィリア・トルネーズとは私の事だ」


 誰もそこまで聞いていないと言いかけたが、言葉を呑み込んだ。

 間違いない、奴こそが友人や愛する姫すら殺した男だ。

 だが何かひっかかる。大月は違和感の元を取り除く為、フィリアに問いかけた。


 「終わった者とか言いながら未練タラタラじゃないの。……まあいいわ、人生色々だからね。

 アンタ、人の悩みを口出しするなら私の疑問にも答えなさいよ」

 「先程のしおらしい表情から一転して、まるで別人だな。

 いいだろう、キミの事も知らない訳ではない。特別だ、言い給え」

 「(知らない訳ではない……?)まあ、いいわ。

 アンタさっき自由意志があるとか言ったわよね? 召喚されたのにそれっておかしくない?

 従者スレイブって術者に絶対服従とかじゃないの?」

 「ふむ。キミ……というか、君達のチームには魔術の専門家がいないのだな。

 いや……おそらくは、フレイムが意図的に隠しているな」

 「フレイムさんが隠している? そんな馬鹿な。秘匿するメリットなんか……多分、え、いや……」


 大月は即答できずにいた。

 仲間だから、従者スレイブだからと、無意識の内に身勝手な信頼を押し付けていたのだ。

 とはいえフレイムと紅い魔導書は運命共同体なのだから、嘘をつくメリットがない筈であった。

 正しくは、大月達はフレイムが嘘をつくメリットを見抜けないだけかも知れない、とも取れた。


 「ったく、塩を送り過ぎると流石に気まずくなるのだが、まあいいだろう。

 召喚魔法はキミの考えるほど万能ではなく、複数の目的毎に細分化されている。

 何々の召喚、何々の従属、何々の支配、何々の退去……と言ったようにだ。

 召喚とは対象を呼び出す事しかできず、退去の魔法を知らずに喰い殺される事もよくある。

 なので本来であれば、最低限“召喚と退去”の二つは知らないと痛い目に合うわけだ。

 もっとも、全てのカテゴリーを埋めるのは低級な魔物だけで、高位の存在になるほど独立した魔法が必要になる上に、従属や退去の魔法そのものが存在しない事もよくあるがね。

 魔神デビルゴッド不死者イモータルクラスになれば召喚魔法しか存在しない。

 そして、我等のような精霊の四騎士エレメンタルナイツも、同じく召喚しかできない」


 フィリアの説明が事実ならば、フレイムはあの戦闘力を持ちながら自由意志を持つ事になる。

 彼とて協力体制が必要不可欠なのは事実だが、そんな事は一言も言っていなかった。

 撃てば立場が悪くなるとはいえ、出来ないとやらないとでは全く意味が違う。

 彼はいともたやすく彼女達を殺す力があるのだ。

 気が変われば? 協力する必要がなくなれば? 暴発すれば? ……やらないとは、そういう事だ。


 「何を言おうがキミと私は敵同士、言葉にいかほどの意味を持つかは知らぬ。

 しかし、彼の元友人としての忠告だ。あまり背中を向けない方がいい」

 「それでも……私はフレイムさんを信じてる!

 何をしてきたか、じゃない! 何をしていくかが大事じゃないの!?」


 誰もいない廊下で少女は吠えた。

 不自然に人の気配が消えているので、おそらくはフィリアが人払いの魔法を行使したのだろうが、大月零にそれを調べる術は持たない。

 今はただ、信じる人を信じたい気持ちだけで吠えた。そこに論理もへったくれもない。

 理屈を捨てた等身大の少女の姿がそこにあった。


 「……ああ、それもまた道か。話が長くなったな。」

 「あ、うん。なんだかごめんなさい」

 「構わない。本来ならばキミの悩みを聞いてやりたかったのだがね」

 「はぁ? アンタが盗み聞ぎしたんでしょうが! 聞いてやるだなんて上から目線な」

 「先人の言う事は聞くものだ。知らずに同じ道を歩みたくなければな。

 良いか。騎士とは主君のめいを守るのが最優先だ。

 彼女の希望のぞみを叶えた後に、間違っていれば救えばいい。例え泥水をすすってもな。

 王の生き様なんぞ知らぬが、あんなものはロクなものではない。ただの人柱、生贄だ」


 フィリアは呪いを込めるように吐き捨てた。それは自分の半生から来るものであろう。

 騎士としての彼の瞳には、確かに情熱の灯火がともっていた。彼は終わってはいないのだ。

 少女は詳細を知ろうとしない。これは踏み込んではいけないと、心の奥の何かが囁いていた。


 わからないが、わかったからだ。この男も、大月零本人も、似た者同士の馬鹿者なんだと。


 「行け! お節介はこれまでだ。この先にある物を取りに行くんだろう。

 星の知識もそれを欲しがってはいるが、最優先ではない。

 お前が楠木飛鳥の騎士となるか王になるは知らん。だが、どちらにせよ私には意義がある。

 できる限りの応援をしたくなっただけだ」


 「アンタが私に何を見てるか知らないけど、私はアンタじゃないわよ。

 だけど……ありがと。意外と良い奴なのね、見直したわ」

 「それは仕方のない事だ」

 「ははっ、バッカじゃないの!」


 大月は笑顔で彼の背中を追い越していく。

 研究資料がどれほどの物か知らないが、祖父や大原和希のリアクションを鑑みるに、万が一もありうる。

 今はまず、楠木飛鳥の横に並ぼう。自分自身、そして、支えてくれた皆に恥じないように。

 少女はどこまでも前を向き、混沌の恐怖へと走り抜けていった。

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