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02-07

 飛鳥は自分の顔が沸点を迎える前に、慌ててパイプ椅子を立て直した。

 その椅子に座ると、俯いたままおずおずと口を開いた。


 「……和希先輩、お久しぶりです……」

 「うん、久しぶりだね。卒業式以来かな? ごめんね、なかなか部室に遊びに行けなくて」

 「いいいいイイェエ! いいんです! 和希先輩、大学の研究とかで忙しいみたいですし!」


 飛鳥は激しく首を左右に振う。

 大原和希はくすりと笑って、右手を動かした。


 「ね、もう少しこっちに来て。手を握ってくれる?」


 彼に手招きされて、飛鳥はベッドに椅子を寄せた。

 差し出された右手にそっと触れると、思った以上に冷たい。

 手術の後で血の巡りが悪いのだろうか。

 飛鳥はますます彼を襲った賊に怒りを募らせ、握る手に力が篭る。


 「……うーん。飛鳥君、なんか前より体付きがよくなった?」


 その言葉に、我に返る。


 「へ? ……わぁあ! すみません! 痛かったですか!?」


 飛鳥は慌てて彼の手から離れたが、すぐさま握り返された。


 「いや、別に痛くはないよ。聞くところによると、相当ハードなトレーニングをしているらしいじゃないか」


 ……最悪だ。いつの間に先輩の耳に届くほど噂が広がっていたのか。


 「それにしても、ちょっと筋肉がつき過ぎかな。女の子はもっとふわふわしてる方がいいよ」


 確かに、筋肉ムキムキの女子を見て誰が喜ぶのか。

 特殊な趣味ならともかく、彼の感想はごくごくまともだと言える。


 「そうだ! 今度ケーキバイキングに連れて行ってあげる。甘い物好きだよね? 飛鳥君」

 「ケっ! ケケケ、ケーキバイキング!?」


 ただでさえ甘美な響きの言葉が、大原和希から紡がれるとなんと魅惑的な事か。

 しかしここ最近特別訓練の一環で、嘉納から食事指導までされている。

 ご飯やパンなどの炭水化物は控えめに、筋肉のもとになるたんぱく質は多めに、そして甘い物は控えめにと言われ、渋々それに従っているのだ。


 「あー、イヤー、でもー……ケーキバイキングなんか行ったら、私たくさん食べちゃうんで……」


 飛鳥は目線を泳がせながら答える。


 「なんで?たくさん食べるからケーキバイキングに行くんじゃないの? それとも……」


 和希は飛鳥の手を口元まで近づけた。


 「嘉納護っていう男の子との訓練は、僕とのデートより大事?」


 指先に息がかかってくすぐったい。唇が触れてしまいそうな距離だ。


 「い、いえ、そんな事は、ないです…….っていうか! デ、デ、デ……」

 「じゃ、決まりだ」


 しどろもどろになっている飛鳥をよそに、和希は約束を取り付けて満足した様子である。


 「そ、それよりも……先輩、なんで嘉納君の事知ってるんですか? まだ紹介してないはずですけど」

 「ふっふっふっ、僕は君の事ならなんでも知ってるよ。大体調べはついている」


 和希が浮かべるこのいたずらっぽい笑みには、どうしても勝てない。


 自分より二つ年上で、背が高い所為かやけに大人っぽく見える。

 だのに時々無邪気にはしゃいでいる姿は、少年のようにすら映る。

 二重瞼の大きな瞳は一点の曇りもなく、まっすぐ見つめられると吸い込まれそうになる。

 おそらく、自分が今までに出会った男性の中ではトップクラスにカッコイイ人だ。いや、ナンバーワンとも言える。

 少なくとも飛鳥はそう思っている。


 ……高校の入学式で初めて会った時、彼にこう言われた。


 “君に興味があるんだ”


 それは春風に誘われた慮外りょがいの言霊。

 本当は文芸部をファーストクラブに選択するつもりだったが、彼の魅力に取り憑かれてそれを蹴ってしまった。

 彼とオカ研で過ごした一年は、自分の高校生活の中で最高に幸せだった。

 と言っても、最初の一年生がそれで、彼が卒業してしまった二年生はまだ始まったばかりとも言えるのだが。


 「あの……大体調べがついてるって事は、私がここに来た理由もわかってるんですか?」

 「眠りの森の王子様を目覚めさせる為に来た」


 和希がさらっと答えるので、飛鳥の目がきょとんとなった。


 「まぁ、それは冗談として……君が特殊な組織に身を置いている事は知ってる。で、僕と大月教授が謎の連中に襲われた。そいつらは君が所属する組織と敵対関係にある。そこで僕や教授と面識のある君が護衛に回された。違うかな?」


 見事な推測。

 ……いやいや、微妙に違うのだが、妙に自信たっぷりに語るので思わず頷いてしまいそうだ。

返答に困っていると、和希が手を伸ばして頰に触れてきた。


 「できれば、君にそんな事させたくないけどね。女の子に守られる王子様じゃ、格好がつかないから」


 ……自分の顔が熱い所為だろうか。彼の手が冷たく心地良い。


 「で、でも、私……和希先輩や零ちゃんのおじいちゃまを襲った奴らは許せないけど……こうして、和希先輩のそばにいられるのは、嬉しいです……」

 「うん、僕も嬉しいよ。ありがとう、飛鳥君」


 そう笑顔で返されると、誤解しそうになる。

 ……だが、彼から本心の言葉は何一つ聞いた事がない。

 それが、飛鳥を足踏みさせている。


 「さてと、それじゃ情報の整合性を取ろうかな。僕や教授を襲った連中が、君たちの敵なのかどうか……ひょっとすると、全く関係ない過激派テロリストという憶測も捨て切れないからね」


 和希の表情が真剣になり、頰に触れた手が離れていく。

 一瞬寂しさを感じるとともに、飛鳥は現実に引き戻された。



 /*/



 「昨日は珍しく、教授も僕も自宅に帰ろうとしてたんだ。いつもは研究室でそのまま寝ちゃったりするんだけどね」


 大原和希曰く、連中は深夜の研究室に突然押しかけてきたという。

 廊下の照明はすでに消えており、警備員も懐中電灯を片手に巡回する状況で、彼等は音もなく現れた。


 「相手が銃火器で襲ってこなかったが幸いだったかもね。さすがに防弾チョッキなんて持ってないし」

 「デスヨネー。あ、そういうのだったら、うちの関係者ですぐ用意できると思いますヨー」

 「ほんと? 今後の為にもお願いしようかな。それって、今回のような研究室を吹き飛ばす代物でも対抗できるの?」

 「ウーン、いろいろ用途に応じてあるので、できると思いますヨー」


 というか、用途に応じて作るという方が正しいかもしれない。

 飛鳥の返答に、和希は感心している。


 「すごいな。教授もびっくりしてたけど、爆薬以外であんなエネルギー量をどこで作り出すのやら……」


 そして不意に辺りが明るくなり、相手の両手に光源が見えた。その光源そのものが光の球のように飛んできて、一瞬にして研究室を破壊したという。


 「おかげで僕も教授も身の安全を確保するのがやっとだった。でも相手が自分から光らせてくれたから、バッチリ姿は見えたよ」

 「ンー、どんな格好してたか見えました?」

 「黒っぽい、スーツ姿かな。三人、全員同じ格好をしてたな」

 「ンー、見えたのはそれだけですか?」

 「確か……胸元に、あれはピンバッチかな? 銀色で二つ、奇妙な星の形をしてたよ」


 飛鳥はそこまで聞いて、頭を抱えた。


 「飛鳥君、心当たりがあるのかな?」

 「はい。十中八九、というか間違いなく星の知識って奴らですね……」

 「ふぅん、星の知識、か……しかし随分派手な手段を講じる奴等だね。大学の研究室を爆破したりしたら、テレビのニュースにもなってただろう?」

 「ソウデスネー……でもあいつら、そういうのお構い無しって感じですよ。この間だってうちの高校で無関係の生徒を何人も巻き込んで……」


 言いかけて飛鳥は口をつぐんだが、和希の表情が変わるのを見てしまった。


 「聞き捨てならないな。無関係の生徒を巻き込んで、何をやったんだい?」

 「うーん、えーと、それはー、カクカクシカジカー……」

 「誤魔化そうったってそうはいかないよ。君が嘘をつけない性格なのは、僕が一番知っている」


 結局、今までの経緯を洗いざらい話してしまう事になった。

 ひとしきり話を聞いて、和希は長い息を漏らした。


 「全く……わからないな、僕には」

 「へぇ? 何がですか? 先輩」

 「なんでそんな危険な奴等を相手に、飛鳥君自身が戦わなきゃいけないかって事だよ。特に君と同じ所属の……嘉納護君か。彼は君の護衛を司っているんだろう。ならば彼が矢面に立てば済む事じゃないか」

 「あーイヤーでもー、そもそも私がこの本を手に入れなければこうはならなかったカモしれないですしー……」


 飛鳥は遠慮がちに手元から紅い魔道書を見せた。

 和希の表情には苛立ちすら滲んでいる。


 「どうして? そんなに責任を感じるほどの事なのか? 君は女の子なんだから、こんな危ない事に足を突っ込んじゃいけないんだよ」


 彼から向けられた言葉に、飛鳥は椅子から立ち上がった。


 「それでも! 私の所為で、誰かが傷ついたり苦しんだりするのはイヤなんです! だから、私は私のできることをする為に頑張ってるんです!」


 大きな声を上げてしまった所為か。和希が驚いた表情で見上げている。


 「……ぅわわっ! ごめんなさい、先輩! びっくりさせちゃって……」


 飛鳥は何度も繰り返し頭を下げた。


 「……いいよ。君なら、そう言うと思ってた」


 諦めたような声色に、顔を上げようとした瞬間だった。

 強く腕を引かれて、視界が激しく動いた。

 夕闇が迫る中、耳元に響くのは彼の心臓の音だった。


 「……君が、もっと僕を頼ってくれたらいいのに……」

 『……お前が、もっとオレを頼ってくれたらいいのに……』


 それは、大原和希の声であり、大原和希の声ではなかった。

 自分を抱きとめているこの青年は確かに彼なのだが、彼ではない声が聞こえた。


 その顔を仰ぎ見ようと試みたが、彼の左手に頭を押さえつけられていて動けない。


 「……さて、と。あまりのんびりもしてられないな」


 和希の声が聞こえたかと思うと、彼はようやく手を離して開放してくれた。

 見ると、自嘲気味な笑みを浮かべている。


 「そろそろ、僕も本気を出さないといけないかな。まだ負けを認めるわけにはいかないし」

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