01-04
大月零に事の顛末を説明すると、学生寮へと向かった。
後から現れた異形の……そう、まさに鬼としか形容できないものが割った窓ガラスや、逃走時に噴霧した消火器等、放っておくと不味そうではあったが、立て続けの出来事に二人とも疲れ果てていた。
「それじゃあね」
「あ……やっぱり待って」
飛鳥は大月零が自室のドアノブを回すのを遮った。
「疲れてるとこ悪いんだけど、大事な話があるんだ」
隠し事はいけない……いや、もうできない。
召喚儀式と今日の一件が無関係とは思えない。
過程はさておき友人を巻き込んでしまった事実は揺らがない。
これから何が起こるか分からないのだから、お互いの為にも情報共有はするべきだろう。
それに……理系人間の大月であれ、今ならばすんなりと受け入れてくれると思った。
「昨日何かやってた事、関係あるのね」
「私もよく分かんないんだけどネー。
それについて詳しい人? がいるから、三人でお話ししたいと思ったの」
ルームメイトはおらず個室なのが幸いした。飛鳥は隣部屋である自室に大月零を招き入れる。
壁のスイッチをオンにすると、天井灯が辺りを照らした。
「よく分かんないってあんた……まあ、いいわ。聞かせてもらおうじゃないの」
「では、そうするとしよう」
誰もいないはずの室内から男の声が聞こえ、大月零は目を丸くした。
しかし人の気配はしない。咄嗟に玄関先に立てかけてあった箒を掴み、棒術のように身構える。
「こちらだよお嬢さん」
「ん? ……え、んにゃー!!」
頭にふんわりともふもふとしたものを感じるや、男性の声が確かに聞こえる。
驚きのあまり間抜けな声を漏らした大月零の顔の前でぱたぱたとセキセインコが飛んでいた。
「この馬鹿! どうして先に言わないのよ!」
「だってガーゴイルみたいなのが飛んでたの見て泣いてたし……」
「地味眼鏡!なんか言った!?」
「オオ、オッパイコワイネー」
楠木飛鳥はつねられて腫れた頬を押さえながら、電気ポットの湯を急須に淹れている。
ワンルームの室内中央ではガラステーブルの上でピースケもといフレイムが小松菜を啄んでいた。
「……嘘っぱちを論破してやろうとオカ研に入ったのに、なんなの今日は……」
「我が主が迷惑をかけたようだね。伏してお詫び申し上げる」
「あっ、うん。フレイムさんだっけ? ご丁寧にどうも」
「お茶とおせんべ持ってキタヨー」
間の抜けた声を聞いた一人と一羽は互いを見つめ合っている。
はぁ……と、深い溜息の後、大月零が口火を切った。
「先程、羽の生えた猿のような化け物……ガーゴイル? だっけ? まぁソレに襲われたわ。
その場は逃げ切れたのだけど、飛鳥が赤く光る魔導書みたいなのを持って引き返したの。
すると、別の大きな鬼みたいなのがガーゴイルを倒してたのよ。
私達は心当たりも無ければ、化け物の存在すら知らないわけ。
これについて何か思い当たる節はある?」
「ふむ……まずは共通認識を広げよう。
私も彼女の召喚儀式によってダイアー大陸にあるエッケルト王国の王都リレウドより呼び出された身であるが、こちらの世界の事情は存じ上げないのでね」
飛鳥はベッドの上で靴下を脱いでごろごろしている。
「しかし、奇妙な話ではあるな……」
「奇妙?」
「この訓練校全域から感じる高い魔力から鑑みて、ここはエリート兵養成校と認識していたのだが。
そんな君達が魔物の存在すら知らないとは理解に苦しむ」
「いや、そんなんじゃないから……というか、学校内から魔力を感じる?」
「如何にも。
室内から魔力探知を試みていたが、高い魔法の素質を持つ者が一人や二人ではないのでね。
勿論、我が主も素質自体は相当高い。全く使い切れていない様子ではあるがね……」
大月は飛鳥を覗き見する。
寝転がりながら煎餅を食べている姿にそれらしい様子は感じられない。
釈然としない中、沸々と怒りが込み上げてきた。
「飛鳥!そもそもアンタの問題でしょう!なんでゴロゴロしてるのよ!」
「えー、話は聞いてるヨー。
それに適材適所っていうかー、わたし零ちゃんほど頭よくないしー」
「会話に混ざる! アンタ凄い魔法の素質あるらしいわよ!」
「はーい、そんな怒んないデヨー」
「怒るに決まってるでしょ!」
飛鳥の頭に拳骨が落ちる。痛い。
「さて……フレイムさん。
一つ確認なのだけど、私達も魔力探知って使えないかしら?
どうも相手さんは一枚岩ではないようだし、敵は少ない方がいいしね」
「当然の帰結と言える。
我が主も魔導書を用いれば使えるだろうが、余計な疑念も生むだろう。
二人とも、これを肌身離さず持ち歩くと良い」
フレイムは脚で器用に黄緑色の羽を取り出すと、テーブルの上に置いた。
<<楠木飛鳥と大月零は“魔力探知の羽”を手に入れた>>
「これは……?」
「先程我が主から想定以上の魔力の供給があったので、必要になるだろうと作成しておいた。
魔化物品ならば毎回魔力を消費を浪費しなくて良いのだ。
作成に通常時以上の魔力と時間が必要なので余裕がある時しか使えないがね」
「ピースケがハゲちゃうから抜け落ちた羽を使ってヨー」
「……余裕って、私達さっき全然余裕なかったんですけど」
「ふむ。ここでお嬢さん本来の問いに繋がる。私も君達に死なれると困るのでね。
救援には向かっていたが、その時は既にオーガとガーゴイルが交戦中であったので様子見していたのだ」
「鳥籠と窓の鍵を器用に開けたもんダネー」
フレイム曰く件の二匹の内、ガーゴイルと呼んでいる獣は何者かの使い魔である可能性が高いという。
おそらく召喚儀式に反応した第三者が楠木飛鳥の腕前を試すべく送り込んだのだろう。
しかしオーガに関しては同一種は見た事はないらしい。
が、彼の居た故郷には姿形の似た魔物がいたが、生物としての性質が違うと言っている。
純血種ではなく、混血種かそれとも合成生物か、そういった可能性を示唆していた。
「後は……なるようにしかならないか。とりあえず隣から荷物取ってくるわね」
「へ? 何の?」
「布団に着替えよ。二人身を寄せてシングルベッドで寝たくないでしょ?」
「ほら、ガーゴイルがいつの間にか部室に忍び込んでいたじゃない。
なら寝込みを襲われる可能性だってある、というかする。
標的は飛鳥だろうけど、対応策を持たない私に搦め手を使うでしょ、普通」
「あー、なるほどね。って、ここで寝るの!?」
「当たり前じゃないの、私だって死にたくないし。
かといって、やられっぱなしは絶対嫌だもの」
「あっはい……そっすね」
大月零はそそくさと自室に戻り、両手で布団を抱き抱えてきた。
起きて半畳寝て一畳の覚悟である。
非日常の高揚感からか、背や腕の痛みを忘れている程だ。
それとは対照的に、楠木飛鳥は乗り気な友人をよそに遠い目をしていた。
日本の安全神話とかテレビで言っていたのを思い出す。
警察に通報しても頭おかしい子と思われて終わりだよねと、乾いた笑いしか出なかった。
まずは……魔道書の持ち主であるお爺ちゃんに相談しようと心に決めた。